サウナの二人

紗梨奈

1

 下宿先の近くに小さな銭湯がある。大学3年である私は、週に何度かその銭湯に通っていた。利用者のほとんどは地元の年配の方ばかりで、たまに若い人が入りにくるような銭湯だった。

 若いと言っても30代から40代ぐらいで同年代に遭遇したことはこれまでにない。私がここに通うのは単純に大きな湯舟に入りたいという理由もあるが、一番はサウナがあるという理由だった。

 この銭湯には4人ほどしか入れない小さなサウナが併設されている。年配の方はまず入らないので、ほぼ私の独占状態だ。

 今日も例外ではなく、サウナには私しかいない。

「ふんっふん、ふん」と外に漏れない程度に鼻歌を歌う。

 今日の夕飯は何食べようかな......。

 そんなことを考えながら、私はジッと暑さに耐えていた。じんわりと汗が流れてくる。サウナ特有の、バニラのような甘い匂いが室内に立ち込めていた。

 その時、ふわっと風が入り込んでくるのを感じた。冷気だ。

「え」

 そこで私は気づく。ドアが開いたのだ。だから外の空気がサウナに入り込んできた。私は開きっぱなしになっていた膝を慌てて閉じ、その入ってきた人物を見る。

「......っ」

 うっわっ......すっごく綺麗な体してる......。

 入ってきた女はおそらく同年代、片手にタオルを持ちちょこんと一人分の距離を空けて私の隣に座る。「ふぅ......」と彼女は息を吐き、目を閉じた。

 たまに興味本位で年配の方々がサウナに入ってくるが、暑さに耐えきれず苦い顔をしながら1,2分で出ていくのが大抵のパターンだった。

 けれども彼女はどうやら違うようだ。そのまま居続けている。座り方が上品でなんだか育ちが良さそうだなと私は思った。

 少し伸びをするフリをしながら、私は彼女の方を見た。彼女の体は豊満というほどではないが、少女というほど貧相な体つきでもなかった。華奢で全体的にほっそりとしているが、肉付きが全くないわけないその体は、女性特有の肌のなめらかさと柔らかさを感じさせる。そのまま視線を顔に移す。正面からは入ってきたときにチラッとしか見ていないが、その顔立ちも端正だった。セミロングの髪がしっとりと濡れていて、額から垂れた汗が彼女の首筋を通り手の甲に落ちていく。思わず美しいと呟いてしまいそうになった。

 その時、視線に気づいたのかパチッと彼女と目が合う。

「......っ」

 どうしよう。

「......」 

 ずっと見ていたら、いくら同性とはいえ不審に思うよな......と私は思う。

 やましい気持ちでみていたとかでは断じてない......多分ない。

「すみません......同年代はあんまりみないので......珍しいからつい......」と私は曖昧に微笑む。変に思われていないだろうか。彼女のことを上手く見ることができない。

「......私も、ちょっと驚きました。若い方がいるとは思わなかったので」

「え」

 思わず私は顔をあげた。彼女の声のトーンが思っていたよりも明るかったので驚いたのだ。彼女は垂れていた髪を手に取って耳にかける。そしてニコッと微笑んだ。

「私、エミっていいます」

「あ!わ、私は、ユズ○○大学の三年」

「へぇ......私は二年だから先輩ですね」

 エミちゃんっていうんだ......一個下か......とぼんやりと考えていると急にエミちゃんが「柚先輩」と私の名前を呼ぶ。名前を呼ばれたからといってどうこう思ったことなんてこれまではなかったが、今回はなんだか気恥ずかしさを感じた。

「えっ!あっ、何?」

 誤魔化すように私は瞬きをする。

「私、サウナに入ったことがなくて......やり方とかってあるじゃないですか......?教えてもらえませんか?」

「やり方?あぁ、初心者ならまず五分ぐらいここに入って、二分程度冷水を浴びる。五分休憩したら、またここにきて......を三セットとかで始めたらいいんじゃないかな。時間とかセット数は徐々に増やせばいいと思うよ」

「柚先輩はどれくらいでやってるんですか?」

「私?えっと、十分入って二分冷水、五分休憩でセット数は四セットかな」

「すごいですね!」とエミちゃんは目を見開く。

「私もそれぐらいになれるように頑張ろうかな」

 口元を抑えながら、ふふっとエミちゃんは笑う。

 まだそんなに話したわけではないが、エミちゃんの仕草はその一つ一つが洗練されているように感じる。自分がどうすれば魅力的に見えるのかわかっているかのようだった。自然と身についていたものなのか意識しているのかはわからないが違和感は感じない。綺麗な人ってこういうところから違うのだろうなと私は漠然と思う。

 それにしても、どうしてエミちゃんはここにきたんだろう。サウナがあるからなのだろうか、それだったらちょっと嬉しいけど......。

「エミちゃんさ、なんでこの銭湯に来たの?サウナに興味あったとか?」

「えっ?」

 ビクッとエミちゃんの肩が動く。

「......特に理由はないですよ、ちょっとした出来心?ですかね」

「ふぅん」

 エミちゃんの答え方が消極的だったので、ただなんとなく来てみただけなのだろうなと私は思った。それ自体は別にいい、でも通う気がなさそうに感じたので少し残念に思った。

「私、いつも大体この時間にいるんだ......曜日は決めてないんだけど......」

「そうなんですか」

「うん」

 まぁ、もう来ないんだろうなぁと思いつつ「また会えたらいいね」と私は言った。


 *


「めちゃめちゃ好みの子と一緒だったの!すっごい美人でさ!綺麗な体してるし」

 私がそう言うと友人の奈美子ナミコがジトッとした目でこちらを見てくる。呆れたように奈美子は溜息をついた。

「......つまり顔と体が好みだったってことか」

「言い方っ!や、間違ってないけど」

「でも一個下で名前がエミってこと以外何も知らないんでしょ」

「そ~なんだよ。今思うと二年ですって言ってただけでウチの大学かもわからん。あ~また会いたいな!!!もっと聞いておけばよかった、せめて何かのアカウント......」

 学食のうどんをすすりながら私は嘆く。エミちゃんと会ってから三日たったが、それから銭湯には行っていなかった。もう会わないかもしれないと思うともうちょっと色々と聞いておくべきだったなと思う。

「あの銭湯に行く人があんた以外にいるのも珍しいと思うけどね。同年代で」

「そうなんだよね......でもなぁ......来ないよなぁ......」

「また会えたらラッキーぐらいの気持ちでいなよ」

 ポンポンッと奈美子は私の方を叩く。

 そのまま私たちは席を経って、講義に向かった。


「え、いる」

「あっ、どうも」

 しかし、私の後悔とは裏腹にあっさりとエミちゃんとは会うことができた。奈美子と別れてから家に帰り、銭湯に向かったところ普通にいたのだ。

「きっ来たんだ」

「?」

 きょとんとエミちゃんは首をかしげる。

「もしかしてもう来ないかもって思いました?」

 試すような目線をこちらに向けながらエミちゃんは問いかける。

「う、うん。私、エミちゃんのこと聞いておけば良かったって後になってから思って......初対面で何も知らなかったし」

 そう言うとエミちゃんは固まった。何か変なことを言ってしまったかと私は焦る。そんな私の様子に気づいたのか、エミちゃんは微笑んだ。少しだけ私の方に距離を詰める。

「......じゃあ、会うたびにちょっとずつ私のこと教えますよ」

「ちょっとずつ?」

「そうです。私、ちゃんと通うつもりなので、会った時に聞いてください。それで柚先輩のことも教えてください」

「......うん」

 膝を触りながら、エミちゃんは私の顔を除きこむようにこちらを見た。汗がその長いまつ毛にかかりそうになっている。

 のぼせそう......と思ったので「冷水浴びてくるね」といって私は一旦サウナ室を出た。出る瞬間、サウナ室をみるとエミちゃんは体育座りになって膝に顔を埋めていた。

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