名残惜しい遊び

晴れ時々雨

そうなってしまったのはほんの偶然だった。偶然、瞬間的に顔が近づいて、会社の倉庫で私たちはキスをした。落とした備品を拾おうと伸ばした手は何となく作業を中断した。彼女の唇は小さく、いかにも女の子のものらしく甘く、けれどキス自体は今までのどの男よりも上手くてつい本気になってしまった。


彼女とは部署が違うので勤務中はほとんど関わりを持たなかったが、社内で顔を合わせるたび、どちらともなく人目を避けた場所へ縺れ込んでキスを交わした。

誰も想像の及ばないところへ逃避行するような後暗い心地良さと、単純に身体的な快感を得る恍惚感に病みつきになった。

会話など要らなかった。彼女のことに興味がなかった。ただキスの上手さを褒めると彼女は、キスが好きなのだと言った。

彼女のキスは唐突に始まるわりに荒々しさからは程遠く、こちらから追わせるような奥ゆかしさがある。適度なツボを押し、こちらを反応させる技に長けている。奥ゆかしいとは良く言ったもので、その心地良さに慣れると酷く狡賢く感じた。でももうそんなことはどうでもいい。一刻も長く彼女に口をあずけていたい。どうせ誰も気がつかないなら。そして夜は一人で部屋へ帰る。少しでも長く、と思いながら、早く一人になって昼間の余韻を味わいたくて家へ帰る足が早まるのだ。


そんな関係が続いても、彼女のことは唇以外を知ろうとは思わなかった。あまりしたくはないが、自分の心理を掘り下げるなら、意識的にそのことについて考えるのを除外していたふしがある。自分のことなのではっきり判るが、私はレズビアンではない。彼女がどうなのかはもっと知らないし知りたいとも思わない。けれど知ったほうがいいのかも知れないと思うようになった。でも尋ねたりしないだろう。彼女の気持ちなんかを聞いたらとても良くないことが起こるに決まっている。嫌ならやめたらいいのだ。こんなハイリスクなこと。なんの価値もないこと。そんな理性的な思考の裏で、私の舌が彼女の濡れた唇についばまれて悦んでいる。彼女は見かけ以上に甘い。経理部だって知らない。

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名残惜しい遊び 晴れ時々雨 @rio11ruiagent

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