片目だけでみる満、月
晴れ時々雨
🪼
お互いの癖や心地良いことと悪いことなどをかなり知ったある日、彼は思い詰めた顔で言うのだった。
君一人でやってるところを僕に覗かせてほしい──
要は私のマスターベーションをこっそり見たいらしい。はっきり言ってこの申し出には気乗りしなかったが、生真面目な彼の眼差しから断りきれず曖昧に肯定してしまった。
「僕はドアの隙間から覗くから、君は自由にやってくれていいんだけど」
本音を言えば気色悪かった。彼のことは好きだ。けれども「こっそり」という部分に引っかかりをおぼえ、今まで年単位の付き合いがあったのに、こんなにいやらしい癖を持つ人だと初めて知ったことに対する驚きと不信感で虫酸が走りそうになった。私は彼のことをそういう意味でノーマルな男だと思い込んでいたのだ。言い淀んでしばらく黙っていると、
「驚くよね。ごめん。だけどどうしても君のそういうところが見たいんだ。君じゃなきゃ意味がないんだ」
私の足元に跪いて囁く彼の無防備なつむじを見下ろしていると、唐突にむらむらと嗜虐心が芽生えた。
私でなければ。このセンテンスにまたしても引っかかった。私のあずかり知らぬところで、他人を使って試したな。今の私には、些細な言い間違えや言葉のあやを許容する気持ちのゆとりはない。どの句が何の語に掛かり、どんな助詞で纏めるか、気を付けた方がいいわよ。
それからも黙っていると彼は徐ろに顔を上げ私の表情を見て慌てた。
「違うんだ!いや違わないよ。白状します。そうです僕は汚れた欲望を満たすため、そういうことを有料で許してくれる場所へ行った。ああいった場所は薄暗く非日常的で、初めは胸が踊ったが、僕はもう知らない他人では満足できない。他の人は知らないけど僕は。君がいいんだ」
彼の言葉の最後のほうは若干湿り気を帯び、震えていた。あからさまに不機嫌な態度をとる私に泣き落としをする気か。無意識のうちに、怒りに任せ、屈む彼の肩口を蹴った。彼はよろけながら体勢を保ち、私のふくらはぎに縋りついた。
「お願い!一生のお願い!」
肌がざわざわとする。いったん言い出してしまったものを収めることもできず、或いはこの機に乗じて何とか決着をつけようとしているかのように、彼はしつこく食い下がる。掻き捨てられるはずの恥を強引に押し付けてくる。隠れなくてもよくなった恥はみるみる巨大化し、折れ曲がった彼の体の中央の位置で、エレクトしたペニスとして隆々と屹立した。
こんな時に、こんなことを言いながらこの人は!
ざわざわが止まらない。
「まぁいいわ。あなたが他所へ行ってまで成就させたかった望みを叶えてあげようじゃありませんか」
そう言い放って彼を室外へ追いやり、一人ベッドに横たわった。
私だって、言葉にしたことはないけど自慰くらいしたことあるわ。でも見られていると思うと緊張する。こんなこと、恥ずかしいけれど、それでいいんでしょ。
私は無料の女なので拙さは否めないだろう。見られる用の手つきがわからない。でも、さっきさらけ出された彼のどうしようもない欲望に真のリビドーを感じ、私の体も呼応してしまった。あんなタイミングであんなに勃起していた彼のペニス。物欲しそうに涎を垂らし、どんな隙間でも捩じ込めそうなほど尖って。それは私の重要性を確実に認識したからであって。そこがだいじなの。私は閉じた目の裏の視線で、完勃ちした彼のアソコを何度も弾いた。
だいぶ朦朧としてきたとき、勢いよく部屋のドアが開いた。ぼうっとしながらそちらを見ると、仮面をつけた何者かが部屋へ乱入してきた。何事かと思わず悲鳴をあげた。仮面の主は「僕だよ、僕だよ」と言っていたので彼なのだろう。確かに声とペニスはそうだが、仮面が異常に不気味だった。面というより木の板状のそれは、目の部分に片側だけ穴が空いていて、キラキラと光る眼球が見えた。
「実は試作品なんだ」
そう言って仮面男は私の上へ乗るといきなり膣に割り込んできた。充分に潤っていた私の性器は気持ち程度の抵抗をみせたあとすぐに侵入を許し、そのうえ奥へ招いた。
私の声は何の声だっただろう。自分でもわからないまま男の性を受け入れ、自由にさせた。
「なんなの」
やっとのことで意味のある言葉を発すると、木版で声をくぐもらせながら彼は答えた。
「覗きながらできるんだこの装置は。凄い、凄いよ。千春ー!」
私の名を叫びながら、未だかつてない激しさで私を抱いた。頭の中でこの状況を俯瞰視しそうになるのをなんとか堪えた。木の板をかぶった男が私を犯している現実。けれどその激しさは、二人にとって目の眩むような快感をもたらした。出したことのない声が物語っている。それに異存はない。ないが、今度からこれなのかと思うとそれはそれで考えものである。
片目だけでみる満、月 晴れ時々雨 @rio11ruiagent
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