甘い響きは雨音のように

SACK

甘い響きは雨音のように

甘い響きは雨のように

予報では明け方からのはずだった。

残業で遅くなったとはいえ、今日中は降らないと思い傘を持たずに家を出た自分と、天気予報アプリに舌打ちをする。

ゲリラ豪雨のような大雨に、ミユキは会社のビルから一歩も動けずにいた。

暗いはずの夜空が、シャワーのように降り続ける雨のせいで白んで見える。

数分前に「もう信じない」と仲違いしたはずの天気予報アプリを何事もなかったかのように再び開き、いつまで降り続けるのかを調べるとあと3時間はこの調子のようだ。

雨が止むのをここでで待っていたら終電を逃してしまう。

娘と旦那はもう家で寝ているだろう。

愛する娘の寝顔を思い出し、よしっ…と小さく気合を入れ、ミユキはビルの外に足を踏み出した。


「マジ!?」

思わず声に出してしまうほど、雨は予想以上に強かった。ビルから出てまだ約10メートルしか進んでいないのにもう全身ずぶ濡れになってしまった。

最寄りの駅まであと5分くらいかかる。5分くらい、と思うが天気の良い日の徒歩5分とは訳が違う。

小走りで駆けながら、職場まで引き返すか、タクシーを捕まえるか(果たして捕まるのか)、コンビニで傘を買うか(ビニール傘に700円の出費は痛いな、とか)どこかで雨宿りをするか、を頭をフル回転させ考えたが、ここまで濡れてしまった以上もうどうにでもなれ!と駅まで進み続けることを決意した瞬間、一軒大きなテントのついた店が目に入った。

カラフルなテントに、同じくカラフルなガーランドはカラベラのイラストが書いてある。

「メキシコ料理屋さんだっけ…」

毎日店の前を通ってるはずなのに全然気にしたことがなかった。

店内は明かりがついているが、透明のガラスのドアノブにはcloseの札が掛かっている。

それもそのはず。今は平日の23時過ぎで、周辺はオフィス街。この辺りの飲食店は店じまいが早いのだ。

店内に掛かってるブラックボードのメニュー表に書かれてる料理名は、メキシコ料理なのだろう。馴染みがなさすぎて、料理名からどんなものなのか全く想像できないものばかりだった。

「ソフトタキトス…ケサディア……って何だろう」

雨宿りできているのをいいことに、誰もいない店内をしばらく眺めていると厨房から出てきた1人の男性と目が合った。

「あ…」

すぐ目を逸らして雨宿りしている振りをする。雨宿りしていること自体は間違いないのだが、本来の目的は最寄り駅まで向かうこと。

するとカランカランと鈴の音と共にドアが開いた。

「良かったら入りますか?」

低くて心地の良い声だった。身長は180センチはありそうな高さで、目を合わせるためにだいぶ顔を上げた。緩いウェーブの掛かった長めの髪はオールバックに纏められ、真っ直ぐ通った鼻筋と切長の二重の瞳がこちらを見つめていた。

「あっ、ごめんなさい。雨がすごくて…でもすぐ行くので大丈夫です!」

最近お腹が出てきた旦那や、冴えない中年男性に囲まれて普段仕事をしているせいか、久しぶりの見目麗しい若い男性にドギマギしてしまった。

「でもまだ降り続けますよ?服も濡れてるし、風邪引いちゃうから」

改めて言われ、自分が今ひどい状態だったことを思い出し、急に恥ずかしくなった。朝コテで巻いた髪は跡形も無く伸び切って、毛先からは雨が滴っている。

「…でもお店もう閉まってますよね?申し訳ないので…」

「従業員、僕しかいないので大丈夫です」

優しく微笑まれ、思わず「ありがとうございます」と呟き店の中へと入った。


「これ、良かったら使ってください」

テーブル席に座り、渡されたカラッと乾いた大きめのタオルで濡れた毛先と服を拭った。

正直このタオル一枚では何も変わらないくらい濡れているが、気持ちが嬉しく心が温まる。

「少し寒くなってきましたよね。コーヒー飲めますか?」

「あ、すみません。本当お構いなく!」

と一応断ったものの、店に入ってる以上お金を使うべきなのか?とも思いホットコーヒーをお願いした。

「予報、明け方からでしたもんね」

厨房で、彼が困ったように笑っている。

「雨のせいで今日お客さん全然来なくて。バイトの子には早上がりで帰ってもらいました」

「お兄さんが店長さんなんですか?」

「一応。オーナーは別なので雇われ店長ですけど」

「そうなんですね…」

会話をしながら、ホットコーヒーが運ばれてきた。

ポーションミルクだけ入れたコーヒーが喉の奥を通り過ぎると、自分の体が意外と冷えていたことに気付く。体が温まり自然とため息が溢れた。

「美味しいです」

「それは良かったです」

トレーを厨房に下げた彼が斜め向かいの席に腰を下ろす。


「家はここから遠いんですか?」

座ったことで目線が自然と合うようになり、やけに照れ臭い。できれば出勤前の髪もメイクも完璧な状態で出会いたかった…と心の中で嘆いた。

「ここから電車です。つくしが丘なので」

「つくしが丘か。あの辺り住宅街で住みやすそうですよね」

「割と住みやすいです。大きなスーパーも駅前に二軒あるし。お兄さんは?」

「僕は最寄りここなので、店までは自転車です。あ…名前言ってなかったですね。キョウヘイです」

キョウヘイ、と名乗った彼が手を差し出した。これは握手の流れだろう。

「ミユキです」

差し出された手を握り返すと、骨張った大きな手に優しく包み込まれた。

男性の人肌に触れたのなんていつぶりだろう。

旦那とは、娘が産まれてから手も繋がなくなったから…なんて考えながらキョウヘイの手をそっと離した。離した手にまだキョウヘイの温もりが残っている。

「もし甘いものが好きだったら…クリームブリュレが残ってしまってるんですけど食べてもらえませんか?」

「甘いものは大好きです」

けど、閉店後に押し掛けてコーヒーまで出してもらってるのにデザートまでお願いして良いのだろうか?

どうすべきか悩んでるミユキの顔を見て、何か察したのかキョウヘイは苦笑いした。

「さっきも言った通りうち今日全然お客さん来なくて…。このままだと廃棄になっちゃうんですよね」

「捨てちゃうってことですか?」

「はい。全然食べられるんですけど、明日また出すってなると若干味が落ちちゃうんですよ」

小さい頃から食べ物を粗末にするな、と教えられ育った。

昨今SDGsやフードロスなんて言葉が流行っているが、そんな言葉が出る前からミユキは、自炊する場合も食材は余すことなく使い、出されたものは絶対に残さない主義で生きてきた。

そんなミユキにとってまだ食べられるものを「廃棄」とするという事実は、飲食店ではよくあることとはいえ衝撃だった。

「そんな、もったいない…。私、責任をもって頂きます!」

突然の固い意思表明にキョウヘイは吹き出した。

「ありがとうございます。じゃご用意しますね」

再び厨房へと姿を消す恭平を見送ってから、ふと携帯電話で時間を確認した。終電まであと2時間をきってきた。

ガラス張りのドアの外はまだ雨が降っていて、その強さからしばらく止みそうにないことが想像つく。

デザートを食べたら本当に帰らなくては。そう思っていると、キョウヘイが戻ってきた。

「お待たせしました。クリームブリュレです。お口に合うといいんですが」

ひんやりとした白い陶器に、焦げたカラメルの香ばしい香りが食欲をそそる。

スプーンで硬いカラメルの層を割ると、中はなめらかなクリームで、優しい甘さとカラメルのほろ苦さが口いっぱいに広がった。

「美味しい…なめらかさと表面のパリパリが絶妙で、シナモンの香りもすごくいいです!」

「めちゃくちゃ嬉しい食レポ!ありがとうございます」

「スイーツもキョウヘイさんが作ってるんですか?」

「基本的に店の料理は全部僕が作ってます」

「すごい。尊敬しちゃうな。私はスイーツ全く作れないから」

以前プリンを作ったら、蒸した温度が高すぎたのか卵液がぶくぶくと泡立って謎の食べ物ができたことがある。チョコレートクランチを作るためにマシュマロを電子レンジに入れたら、マシュマロが爆発して電子レンジの中がマシュマロだらけになったこともある。

それ以来ミユキは、スイーツ作りと犬猿の仲になってしまったのだ。

「私も娘にこんな美味しいスイーツが作れたらなぁ」

そう呟くと、キョウヘイは驚いたように目を丸くした。

「お子さんいらっしゃるんですか」

「あ、はい。4歳になる娘が」

「こんなに綺麗なお母さんで、娘さんも旦那さんも幸せ者ですね」

お世辞だと思いつつも、真っ直ぐな褒め言葉に顔が熱くなるのを感じた。思えば最近誰からも褒められていない。

照れを隠すように、いやいや…と頭を振りながら喋り続けた。

「でもこんなに美味しいのに廃棄されそうになったなんて。もしまたこういうことが起きたら、連絡いただければ私買取りにきますので」

キョウヘイの目がまた丸くなり、そこでヤバいと気付く。これでは遠回しに連絡先を教えて、と言ってるようなものではないか。

「あ、いや別にLINEを教えてほしいとかそういうのではなくて、っていや、本当違うんです!」

丸くなっていた目元が下がり、笑われてると分かるとさっきよりも顔が熱くなった。どんどん墓穴を掘ってしまっている。

「本当そういうことじゃなくて…私本当料理を残すのが嫌いで。この間も旦那が、胃の調子悪いとかで私が作った料理を残したんですけど、旦那の胃の心配より料理残されたことに苛立ってしまって。旦那に(冷たいね)って言われました」

「うーん…旦那さんの気持ちも分からなくもないけど、僕も毎日料理を作ってる立場だからこそミユキさんの気持ちも分かるかな」

「栄養とか考えながら献立を決めて、買い出しして、子供の遊びに付き合いながら一生懸命作ったご飯を残されると、努力が無駄にされた気分で」

「分かりますよ。愛情込めて作ってるご飯ですもんね」

「でも…確かに冷たいと思います。もう正直旦那に対して愛情はないし。娘を一緒に育ててる仲間として大切、って感情はありますけど」

何でこんな事、さっき初めて会った人に言っているんだろう。そう思いながらも、キョウヘイなら否定せず聞いてくれる気がして、包み隠さず吐き出してしまった。

「キョウヘイさんは結婚は?」

「僕はまだ独身です」

「そっか…。ビックリしますよ。昔はめちゃくちゃ好きだった人でもどんどん気持ちって冷めていく。今じゃ(この日出張で帰れない)って聞くと心の中でガッツポーズしちゃうんです」

きっと笑ってくれるだろうと思ってキョウヘイを見ると、意外にも真面目な顔をされてしまった。余計なことを言ってしまったか…と少し焦った。もしかしたら今キョウヘイには、ミユキが言う(めちゃくちゃ好きな人)がいてその人と結婚を考えていたとしたら、水を差す一言を言ってしまったことになる。

慌てて訂正しようとすると、キョウヘイは表情も変えず真っ直ぐミユキを見つめて口を開いた。

「じゃあセックスもない?」

えっ…と口に出したつもりが言葉になっていなかった。さっきとはまた違う感情で顔が熱くなり、心臓の鼓動が相手に聞こえるのではないかというくらい耳に響いた。

「愛情がない相手とはセックスするのも苦になりますよね?」

(セックス)という言葉をキョウヘイの声で聞くたび恥ずかしくなってしまう。出産まで経験しておいて、そんなウブな女ではないのに。

「はい、娘が産まれてから一度も。産まれた当初は子育てでいっぱいいっぱいで、決してそんな気分にはならなかったし。それで気付いたら触られるのも嫌だなって思うようになっちゃって。嫌いではないんですけど、男としてはもう見れないかな」

「したいな、って気分には?」

「人間ですからもちろんあります。でも旦那とはしたくないし、だからといってそういう相手もいないし」

ママ友とのファミレスでの会話の方が過激な内容なのに、なんでこんな気分になるんだろう。相手が男性だからだろうか、もしくは自分のことばかり曝け出しているせいだろうか。

そう言えば自分のことばかり話していて、キョウヘイのことを聞いていない。知っているのはこの店の店長で、独身、ということだけだ。


「名前しか知らない相手とセックスするのは嫌ですか?」


次はキョウヘイのことも教えてほしい、と思った思考回路はこの言葉で完全に消された。

「ど、どういうこと…?」

「言葉通りです。お互い名前くらいしか知らないけど、僕とセックスしませんか?」

何故だろう。表情も声音もこんなに優しいのに、返す言葉が出てこない。

今キョウヘイは一体どんな感情なんだろう。探るようにただ見つめることしかできなかった。

斜め向かいに座っていたキョウヘイが静かに立ち上がりこちらへ近づいて来る。

背が高いな…と能天気に思う自分と、この状況はヤバい!と危機を感じる自分がいる。

緊張して無駄に姿勢が良くなっているミユキに視線を合わせるようにキョウヘイは前屈みになると、「いいですか?」と囁いた。そして、きっと返事など聞くつもりはなかったであろうタイミングで唇が重ねられた。

薄い唇からキョウヘイの体温が感じられる。久し振りのキスに呼吸の仕方が分からなくなり、苦しくなったミユキはキョウヘイの胸をそっと押し唇を離した。一見細いのに厚い胸板だった。近くで見ると肩幅も広いことに気付く。

一瞬離れた唇が再び重なった。今真剣に拒否しない限りきっとこのまま流されてしまうだろう。僅かに残っている正義感が時々頭をよぎるが、さっきとは違う何度も重ねられる唇に、その思考はかき消される。

筋肉質な腕に抱きしめられ、舌先が歯列を撫でミユキの舌を捕らえた。

「はっ…」

開いた口から思わず吐息がこぼれる。そしてその吐息さえも逃さぬようまた唇に覆われた。

熱い舌を絡め合いどちらのものか分からない唾液が顎を伝う。混ざり合う唾液の音がやけにいやらしくて、時々合うキョウヘイの目線が熱くて、脳が蕩けてしまいそうだった。

ちゅっと軽く音を立てて唇が離れた。

「丸見えなんで、ホテル行きましょうか」

どこか違う世界線にいた気分だった。現実に戻ってきて思い出したが、店の入り口はガラス張り。

数時間前、ずぶ濡れになりながら外から店内を眺めていた自分が遠い過去のように思えてくる。

「でも、洗い物が」

空になったコーヒーカップと陶器に視線を落とし、こんなときでも洗い物の心配をしてしまう自分の主婦魂に若干嫌気がさした。

「そんなの明日やるから大丈夫です」

ニコリと笑い、キョウヘイはSTAFF ONLYと書かれた扉の奥から鍵と上着を持ってくると、手際よく店内の照明とエアコンのスイッチを切り、戸締りをし外に出た。

まだ止まない雨の中、手を繋いで走った。

会社の誰かに見られたら…と少し不安になったが、こんな土砂降りの雨の中誰も通り過ぎる人間のことなんて興味ないだろう。と一瞬でその不安は過ぎ去った。


「僕の家もすぐそこなんですけど、なんか生活感あると嫌でしょ?」

ラブホテルに行くのかと思いきや、普通のビジネスホテルにたどり着いた。

「チェックインしてくるんで、ちょっと待っててください」

キョウヘイがフロントの受付で手続きをしている。誰も座っていない長椅子に腰掛け、ホテルの壁に掛かっている時計を見た。

ついに終電がなくなった。

携帯電話を取り出し、「仕事が終わらなくて終電逃した!今日は漫喫に泊まって、始発で帰るね」

と旦那にメールをLINEを送った。カジュアルになるように、謝っている可愛いキャラクターのスタンプも添えて。

旦那が家を出る前に帰って、娘を保育園に送り届けられれば問題ないだろう。

携帯電話をカバンにしまうと、キョウヘイが鍵を持って戻ってきた。

「お待たせしました」

立ち上がり、先を歩くキョウヘイについて行く。これからこの男に抱かれるのか。そう思うといろんな感情が胸に渦巻いた。

エレベーターで3階まで上がり、静かな廊下を歩く。

(306)と書かれた扉の前で止まり、部屋に入るとダブルのベッドと1人がけのソファがあるだけのいかにもビジネスホテルというような内装だった。

「先シャワー浴びます?僕テレビでも見て待ってるんでゆっくり暖まってきてください」

「あぁ、うん。じゃあお先に…」

バスルーム入り、暖かいシャワーで顔以外を洗う。ポーチにはメイク直しが軽くできる程度の道具しか入っていないので、さすがにすっぴんになれない。

明日キシキシになるだろうな…と思いながらも普段は使わないホテルのシャンプーとリンスを使った。それでも、雨でじとっとしていた髪がすっきりして気持ちがいい。

2つあるうちの1つのバスタオルで体を拭き、置いてあった部屋着に袖を通した。長いシャツのようなサイズフリーのパジャマ。これってホテルでしか見ないよな…と思いながら、髪を乾かした。

「シャワー、先にありがとうございました」

部屋を出ると、キョウヘイがベッドに胡座をかいて座りテレビを見ていた。

「ちゃんと暖まりました?」

「はい、お陰様で…」

「冷蔵庫に飲み物色々入ってたから、飲んで待っててください。僕もシャワー行ってきます」

通り過ぎる瞬間、頭にポンと手を置かれた。ドキッと心臓が高鳴り指先まで熱くなる。

バスルームからシャワーの音がし始めた。ミユキは冷蔵庫を開け、だいたいどこのホテルも無料のミネラルウォータを取り出し一気に飲んだ。緊張のせいかやたら喉が乾く。

キョウヘイが電源を入れたテレビではバラエティ番組が流れている。ベッドの上だと何だかやる気満々っぽくて、ソファに腰掛けテレビを見た。楽しそうな雰囲気の番組なのに、バスルームから聞こえる音が気になって、内容は全く頭に入らない。内容がわからないまま一応視線だけ向けているとシャワーの音がぴたりと止んだ。そして次にドライヤーの音が聞こえ始めた。

キョウヘイがバスルームから出てきてしまう。心臓の音がうるさい。


男のドライヤーは一瞬で終わる。

ついにガチャリとドアの開く音がし、キョウヘイが出てきた。

「はぁー、すっきり。雨の日って体がベタつくから嫌ですよね」

いかにもテレビを楽しんで見ていたかのような顔をして振り向きキョウヘイを見ると、ミユキと同じ部屋着を着ていて、その姿に私服とのギャップを感じ思わず吹き出してしまった。

「えっ?どうしたんですか?何が面白い?」

焦る姿がまた面白い。

「いやっ、パジャマの丈が…短いから」

笑いながらキョウヘイの膝を指を刺した。

ミユキが着ると足首まで隠れる部屋着が、背の高いキョウヘイが着ると膝が見える。

さっきまでの、黒いTシャツにジーパンとシンプルな服装なのに持ち前のスタイルの良さで格好良く着こなしていた姿と比べると、あまりにも可愛らしくて…

「いやっ、これダサいよね…てかミユキさん笑いすぎ!」

「ごめんなさい!でも可愛らしくて…」

「これしかないんだから仕方ないでしょー」

もう!と言ってキョウヘイがミユキが座るソファの前に立った。ふわりと自分と同じボディソープの香りがすると一気に顔が近づきキスをされた。

「もう笑わない?」

優しく微笑まれて、小さく頷く。正常な速度を取り戻していた心臓がまた速く動き出した。

何度も唇を重ね、腰を抱き上げるようにミユキを立ち上がらせた。シャワーの直後だからか、キョウヘイの舌が店でキスをした時よりも熱い。

そのままベッドまで誘導され、腰を下ろすとゆっくり上半身を倒された。

息が上がりながらも何度も舌を絡め合い頭がクラクラする。

愛おしそうにミユキの髪を撫でていた手が、部屋着のボタンにかかった。一つ一つゆっくりボタンを外され、ついに下着姿になってしまった。

決して自信のない体がキョウヘイの前に晒された。妊娠中に失い、産後も戻らなかったくびれのないウエストが恥ずかしく、お腹を手で隠すとその手は呆気なくキョウヘイに捕まってしまった。

片手でミユキの両手を頭の上で掴むと、もう片方の手が上半身を弄っていく。

ブラジャーの上からミユキの胸を優しく包み、ゆっくり動かした。たいして大きくない胸が、仰向けになることで余計になくなり虚しさと恥ずかしさで顔が熱くなる。

ブラジャーの上から乳首を探すように指が動き、ピンポイントで当たると思わずうわずった声が出た。声のせいで位置がバレるとそこを集中的に弄られる。

「んっ…あぁ…」

腰が無意識に動きキョウヘイの腰と当たると、股間が固くなっているのに気付いた。キョウヘイも興奮しているんだ。そう思うと、より感度が上がってしまう。

背中に手を回しブラジャーのホックが外され、開放感と共に直接キョウヘイの手のひらが胸を包んだ。

いつの間にか開放されていた手でキョウヘイの肩を掴む。骨張った男らしい肩は、押してもびくともしない。

円を描くように乳輪をなぞり、ツンと立ち上がった乳首を最後に指先で触れる。

「あっ…」

耐えきれず声が漏れてしまう。長いキスで敏感になった体がキョウヘイの愛撫に耐えられるわけがない。

キョウヘイの手のひらは別の生き物が宿ってるかのようだった。脇腹や腰をいやらしい手つきで撫で上げ、まるで口の薄いカクテルグラスの縁を触るように乳輪を指でなぞり、最後に固くなった乳首を優しく摘む。

「はぁ……あっ…!」

絶え間なく出てしまう声に、せめてもの抵抗で手で口を抑えた。

「我慢しないで」

そして案の定、その手はすぐ捕まえられてしまう。

再びキスで口を塞がれ、その唇は胸にたどり着いた。どんどん熱を増す舌がミユキの乳首を捕らえる。

「あぁ…やっ…」

腰の揺れが止まらない。舌先でころころと転がされ、時々ちゅっと音を立てて吸い上げる。上目遣いでこちらを見上げる視線と目が合うと恥ずかしさが蘇る。ミユキはこんなに乱れているというのに、キョウヘイは何も変わらない調子で攻め続けている。

舌の動きを止めることなくキョウヘイの手がショーツにかかった。

「待って…」

「…やっぱりいや?」

「違う…キョウヘイさんも脱いでほしい。私ばかり、恥ずかしくて…」

一瞬心配そうに揺れた瞳が、今度は柔らかく微笑んだ。

「そっか。ごめんね」

キョウヘイがボタンに手をかけた。一つ一つ外されるごとにキョウヘイの上半身が露わになっていく。衣服に隠されていたその肉体は想像していたより筋肉質で、無駄な脂肪がなく細いのに胸板は厚く、しっかり6つに割れている腹筋に思わず釘付けになってしまったが、その下のボクサーパンツの中心の盛り上がりが視界に入り目を逸らした。

そのまま抱きしめられ、肌と肌がぴったりと触れ合う感覚が心地いい。

耳たぶを啄ばむようにキスをしながら再びショーツに手がかかった。片方ずつ足を抜き、ついに一糸も纏わぬ姿になってしまった。

頭を撫でていた手がゆっくりと下半身に降りる。陰毛を掻き分け恥部の中身にたどり着くと、思った以上に濡れてしまっていたことを知った。

「んっ…やっ…」

湿っている割れ目を何度も往復され、キョウヘイの腕を掴む手に力がこもる。粘度のある水音が聞こえる中で、柔らかい指先が芯芽に触れる度腰が跳ねるように動いた。

最初は、かろうじて残っていた羞恥心で閉じていた膝も今では緩くなりミユキの下半身は淫らに投げ出されている。

割れ目をなぞっていた指が小さな穴の前止まった。これから起こることを想像して思わず唾を飲み込む。周りの粘液を絡めながら、ゆっくりと長い指が体に侵入してきた。

「あぁ…っ!はぁ…んっ」

長い間セックスレスの生活を送っていたせいで少し痛みを感じ、息が止まる。

「大丈夫?痛くない?」

「うん…」

ゆっくり息を吐くと次第に痛みより快感の方が高まってきた。体全体の感度が上がっているせいか、中で動くキョウヘイの指の関節までも感じることができる。男らしい、間接の太い指だ。その関節が出入りするたび体が悦ぶように跳ねる。

だいぶ柔らかくほぐされた中に、もう一本指が追加された。

指をくの字に折り曲げ、指の腹で上壁を擦るように動かされているのが分かる。優しく、でも同じペースで出入りする指のせいでどんどん体に力が入らなくなる。

キョウヘイの指は少しずつ速度を上げていく。喘ぐばかりで、うまく息が吸えない。水から上げられた魚のように腰が跳ね、キョウヘイの空いてる指に指を絡めぎゅっと握った。

(どうしよう、何も考えられない…頭がぼーっとする…)

キョウヘイの指をとかして飲み込んでしまいそうなくらい中が熱い。

上目遣いでミユキの反応を伺ってることはなんとなく気づいてはいるが、恥ずかしくて視線を合わすことは出来なかった。

キョウヘイの視線と、部屋に響くいやらしい水音、早くなっていく指の動き。

「あっ…だめっ…だめ!」

腰を動かして自分でキョウヘイの指をいいところに導く。するとキョウヘイも理解したかのように、そこを重点的に攻めた。

「だめ…だめ…!」

限界を感じる。狂ったように同じ言葉しか発することができなくなった。

腰が反り返り、中に入っているキョウヘイの指をぎゅーっと締め上げる。

「いっ……あぁっ…!」

今までで一番長く声が漏れたあと呼吸が一瞬止まり、呼吸の解放と共に腰が大きく跳ねた。

自分の意思では止められない膣の痙攣と腰の動き。頭は真っ白になり、手にも足にも力が入らない。

(イってしまった…)

徐々に戻ってくる意識の中、思った。

痙攣が止まってきた頃、キョウヘイの指がゆっくりと抜かれた。

目が合うとにこっと微笑み、唇が重なる。こんな状況なのに、高校生がするような爽やかなキスだった。

そしてキョウヘイは自分のボクサーパンツに手をかけ、ついにお互い一糸も纏わぬ姿になった。

服を着ていたときからなんとなく想像はついたが、細い腰と引き締まった臀部。所謂セクシー筋と言われる腸腰筋のラインから繋がるように大きく反り返った性器が目に入った。

腹に付いてしまいそうなくらい立ち上がり、その先端は少し潤っていた。

自分ばかりではなく、キョウヘイも興奮してくれていたことに安心と嬉しさを感じる。

キョウヘイはベッドの枕元にある小物入れから小包を手に取ると、袋を破り中から透けるように薄いゴムを取り出した。

ビジネスホテルでも、こんな備品置いてあるんだ…と冷静に思う。小さくくるまったそれを器用に性器に装着する猫背が可愛らしい。

そして再び覆いかぶさりミユキの膝を持ち上げ左右に大きく開いた。

自分の性器を握り、穴を探すように先端でミユキの割れ目をなぞる。

焦らすようなその行為に、ついさっき絶頂を迎えて熱りの冷めたはずの体がまた熱くなってきた。

目的の場所を捉えると、キョウヘイはミユキの両手を握り、指を絡めた。

少しずつ腰が前へ進み、さっきとは比べ物にならないくらいの圧迫感が下から襲ってくる。

少し割けるような痛みはあったが、一番太い部分が通過した後もキョウヘイがゆっくり腰を進めてくれるお陰で、繋ぐ指に力を込めることで痛みを逃せる程度のものになった。

苦しさで息が詰まっていたミユキの呼吸が自然になってきた頃、全て入ったのかお互いの股間がぴたりとくっつきひとつになった。

「はぁ……」

キョウヘイの吐息が初めて漏れる。

目が合うと唇が重なり、舌を絡めると腰が動き始めた。

角度が変わっても、擦れる場所が変わっても、どこを攻められても感じてしまう。キョウヘイの手によって、全てが性感帯に変えられてしまったようだ。

舌の絡みを止めることなく、さっきとは人が変わったように胸を鷲掴みにされる。荒々しく揉みしだかれ、指先で乳首を摘まれるたび大きく声が漏れる。

ミユキのことを気遣ってか、ゆっくり動かしてくれていた腰の動きが徐々に早くなっていく。舌を絡め合い聞こえる唾液の音がいやらしく脳内に響き渡り、もう何も考えられなくなっていた。

「あっ、あっ…はっ…」

閉じることを忘れてしまったミユキの口から、腰が打ち付けられるリズムで喘ぎ声が漏れる。

大きく膝を開かれ体へ近づけられると、さらに奥へとキョウヘイが入り込んでくる。

「あぁっ…!」

こんな奥まで感じたことがない。初めての快感に体が支配され、それを振り解くように頭を左右に振り耐える。

最奥を突き上げられ喘ぐことでしか呼吸ができない。圧迫感と快感で、再び大きな波が襲ってくるのを感じた。

膣の中がキョウヘイを離さないとばかりにキツく締め上げる。四肢にはこんなにも力が入らないのに。人間の体は不思議だ。

「だめっ…また…っ!」

女は視覚でも快感を覚えるというのは本当で、額に汗を光らせ、眉間に皺を寄せて苦しそうな表情をしているキョウヘイが色っぽく更に膣が締まった。

キョウヘイの形を記憶するように収縮すると、簡単に2回目の絶頂を迎えた。

キョウヘイはまたミユキの痙攣と呼吸が正常になるまで腰を動かさずに待つと、ゆっくり引き抜きミユキの体勢を変えた。

四つん這いにされキョウヘイが見えなくなる。

「体勢、辛くない?」

「うん大丈夫…」

背中の窪みを下から上にと舌が這い、思わず腰を突き出してしまった。後ろからその骨盤をぐっと掴まれ、再びキョウヘイの熱いものが入ってくる。

仰向けで受け入れていた時とはまた違う角度。シーツをぎゅっと握りしめた。

ミユキの腰を引き寄せるのと同時にキョウヘイも腰を押し進める勢いで強く深く突き刺さる。

突っ張って上半身を支えている腕に力がが入らなくなり、がくがくと震えてくる。

それでもリズミカルに打ちつけられてくる腰についに敗北し、とうとう肘が折れた。

「あぁっ…やっ…あっ」

腰だけ突き出すようなポーズをとる羽目になってしまったが、もう恥ずかしがる余裕などミユキにはなかった。

「んっ…」

時々漏れるキョウヘイの小さな吐息に胸が高鳴る。尻を鷲掴みにされても、強く胸を掴まれても、もう何をされても感じてしまう。

キョウヘイも余裕がなくなってきたのか、ミユキの腰を掴む手の力が強くなってきた。

「はぁっ…はっ…」

「あっ!あっ、あぁっ…!」

2人の荒い息が重なる。

リズミカルに動く腰の速度がどんどん速さを増して、次々と襲いかかってくる快楽になす術もなく、ミユキは恐ろしいほどの快感をただ受け入れることしかできなかった。

キョウヘイが更に力強く中まで入り、ぐっと腰を押さえつけられた。腰の動きが止まったと思うと、中でキョウヘイの性器が脈打つのを感じた。

「はぁ…はぁ…」

キョウヘイの吐息が背後に聞こえる。キョウヘイはどんな表情で果てたのだろうか。きっとひどく色っぽかったに違いない。勝手に想像すると、また膣がぎゅっと締まった。

柔らかくなったものが引き抜かれ、中から溢れた自分の愛液が太ももを伝う。

キョウヘイはゆっくりミユキをベッドに横たわらせると軽いキスをし微笑んだ。

「気持ち良かった…ありがとう」

面と向かってセックスの礼など言われたことなどなく少し照れたが、ミユキも小さく(私も…)と返した。

右側にキョウヘイも横たわり、左腕を差し出され腕枕をされている状態になった。恋人同士だったら最高のシーンなのに、2人はかけ離れている。

(やってしまった…)

家族の寝顔を想像し、裏切ってしまったことの罪悪感が蘇る。

「後悔してる?」

キョウヘイが隣で目を瞑りながら聞いてきた。

「うん…今更だけど」

「…ごめんね」

「そんな…お互い様なんだから謝らないで」

「そっか」

小さく笑って、それからキョウヘイは何も聞いてこなかった。ただ目を瞑っているだけなのか、寝ているのか分からないけど、ずっと黙って逞しい腕だけを貸してくれていた。

後悔しても時間は戻らない。

眠れるか定かではないが、ミユキもそっと目を閉じた。


4:30に携帯のアラームが鳴った。

キョウヘイを起こさないようにすぐ止め、シャワーを浴び昨晩の余韻を洗い流した。

すっかり乾いているスーツに袖を通し、髪型とメイクを整える。

大丈夫。いつもと同じ表情だ。

荷物を持ち部屋を出る前にベッドで眠っているキョウヘイを見た。

気持ちよさそうに眠っている表情はあどけない。

年齢はいくつなんだろう。その時何かを思い立ち、ミユキは自分のバッグから財布を取り出した。

ビジネスホテルの相場的にこのくらいあれば足りるだろう。

おそらく年下の男にホテル代を払わせるのは、性格上気が引けた。

一万円札をルームキーの下に敷き、今度は振り返ることなく部屋を出た。


雨はすっかり止み空が明るくなってきている。

始発に乗り込み、最寄り駅まで戻り自宅までママチャリを飛ばした。

帰宅すると、朝食を食べている2人の「おはよー」という呑気な声が胸に刺さった。

「…おはよう。ごめんね、昨日は帰れなくて」

「いいよ、お疲れ様」

朝のニュースから目を離さず、ミユキに興味のなさそうな声だ。

「ママ大変だったね。疲れたでしょ?」

汚れのない一言が余計に苦しい。目を直視できず、頭を撫でた。

「ありがと。朝ご飯食べ終わった?保育園行こっか!」

「うん!」

娘の支度を済ませ保育園に送り届け、そのまま再び駅へ向かった。

数時間前に乗った電車にまた乗り込み、職場へ向かう。

改札を抜け駅を出ると、きっかけを作ってしまった大きなテントの店が目に入った。

足は止めずに中を覗くと、暗い店内に昨日ミユキが食べたままの食器がテーブルに残っていた。

この後ホテルに駆け込んだんだっけ…

記憶を追い払うように頭を振り、足早に店の前を通り過ぎる。

仕事終わりに通ればきっと開店している。でももう二度と会うことはないだろう。


本当に名前以外知らなかったな…


水溜りを避けるように歩くミユキの胸に「キョウヘイ」という甘い響きが昨日の雨のように強く、長く、残った。

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甘い響きは雨音のように SACK @sack_ss_

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