最近、ひどい雨に打たれた
青森から友人が遊びに来ていた。推しのライブがあるとのこと。
彼女はそうして定期的に遠出をしているのだが、この度わたしの在住する地域へ久しぶりに来るという連絡をもらった。小洒落たレストランなんかでディナーをば。
ところで、この夏から秋にかけた日本はどうなってしまったのか。
あっちで土砂降り、こっちで落雷、そちらで猛暑と熱帯夜。10年15年ほど前までとは、もう一段階違う。あはれもをかしも吹き飛ばす勢いで、件の再会当日も、そんなゲリラ豪雨の中だった。
待ち合わせは駅構内にて。
SNSで頻繁にやりとりをしていたとはいえ、対面は数年ぶりのため、ぎこちない挨拶を返しがえし歩き始めた。
すると何やら地上へと出る階段が騒がしい。人の声ももちろんするが、それを上回る水音が重なりまくっていた。昇るごとにノイズが大きくなる。
実は階段下で、爆笑しているずぶ濡れギャル二人組とすれ違ったのだが、その時点で嫌な予感はしていた。
そしてとうとう階段を昇りきると、視界を遮るほどに雨が激しく降っていた。予感的中である。
あまりの景色に顔を見合わた。お互いが電車に乗っていた間は、やや曇っていても降りだしそうになかったからだ。すぐ隣にいるはずなのに大声で声をかける。
「どうする!?」
「行くしかない!」
そう、これを切り抜けないと、せっかく予約した店には辿り着けない。
覚悟を決め路上へと踏み出した。
もうその一歩目で既にずぶ濡れである。おまけに風もあり、傘の意味がほとんど無い。台風の中を、諦めて傘もささずに歩く人の気持ちが分かった。むしろ傘のおかげで空気抵抗が増している気さえするのだ。
本来はものの5、6分という距離を、大きめの屋根があれば伝い歩き休みやすみ進んだため、道のりはずいぶん長く感じられた。しかしそうしたうちにやっと、目印の角を曲がった路地で、一際輝く看板を見つけた。実際に雨粒でキラキラしていた。やっと目的地に辿り着いた感動もそこそこに、足早に入店する。
振り返った店主の呆気にとられた顔。濡れ鼠2名の来店に、いらっしゃいませの語尾も、その先の言葉も失せたように彼の時間が止まったのが分かる。
そりゃそうだよ床も席も濡れるよなスイマセン、と心の中で高速で謝った。気まずいような空気の中、我に返った店主が「雨ですか!?」とようやく発した。雨です。
彼はそのまま店の奥に消え、すぐまたバタバタと戻ってきた。手には大量のおしぼり。
「濡れていないタオルが無くて…
おしぼりならいくらでも使ってください!!」
と我々へ、ずいと差し出してくれた。こんなにありがたくも申し訳ないのに、少しおかしくて笑いだしそうになるのを堪え、おずおずと受け取った。
たぶん意味は無いが、ひとまず座席におしぼりを敷き、その上でせっせと服やら鞄やらを拭かせていただいた。拭いたというより、ぽんぽんと押さえつける程度だ。それでも放置していて乾くわけがないので有り難かった。
数年振りの再会がとんだことになった、と思いつつ手を動かしていると、向かいの席で友人が、ぴたりと固まった。どうしたのかと顔を上げると、ものすごい形相をしている。それはそれは、外でそんな顔をしては怖がられるぞという程の表情だった。彼女の目線を追う。窓。
の、外を見た瞬間、わたしも驚いた。そうかあの形相は驚いていたのかと冷静に考えつつ、口からは「えっ」と感嘆詞が漏れた。
雨が上がっている。
それどころか、雲間から陽が射してきた。一体どういうことなのか。
どういうことも何も見たままで、通り雨に運悪く当たっただけということなのだが、それにしてもわたしたちが外を走っていた間だけってのは、ひどくないか?
なんだか、ほんの少しだけ、腹が立ってきた。天に。
そろそろ落ち着いたと思ったのだろう、店主が水を運んできてくれた。さっきまで散々わたしたちに降り注いでいた、水を。
静かにグラスを置いて引っ込もうとした店主を呼び止める。
「ビールをください、二人分。」
友人も力強く頷いていた。
ものの30秒ほどで用意されたこの雨上がりの一杯が、とんでもなく美味かった。後からよくよく調べてみると、この店はクラフトビールに力を入れているとのこと。最近よく目にする単語だ。苦労して、びっちょびちょになったのが少し報われた。
更に運ばれてきた料理がどれも美味しい。何より、あたたかい。
酒のつまみにと頼んだオリーブまで全てが美味しい。このお店を選んだことは正解だった。
まだ服は乾いていないけれど。
お店に着くまでの道中も、店内での幸福も、落差があれどそれぞれ現実味が無いような時間だった。帰り際にコンビニに寄り日常に触れ、あの時間は夢ではないとふたりで確かめ合わずにいられなかった。
とうとう乾かなかったため揃いの靴下(コンビニブランド量産品)を購入し、駅で履き替え、上がりきったテンションを抑えられずに何故か靴下ふたりぶんの写真を撮った。
最後の最後にかなり強引な手段を以て、この日を最高の一日として締め括る。笑顔で解散できてよかった。
食事をしながら交わした会話は、つい先週会った知人と話すような何でもない、取り留めのないことばかり。しかし面と向かって声でやりとりし、今起きたことも全て思い出となるように話し込むことができる相手がいる。
その事実がわたしを最も笑顔にした。
ということにしておこう。
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