第7話 星空の下

 魔物、ブラッディベアから逃げる兵士たちを守るために私は狙撃を行った。二度目の戦闘であり、殆ど初めて自分の意思で行った、命を奪うという行為の精神的な重圧に私は気持ちの悪さを覚え吐き出してしまった。 しかし、それでも私の意思は変わらず、改めて私は町のために戦う事を決めた。



「それではミコトさん。今後について、改めて大まかな予定をお話しておきます」

「お願いします」

「では。ミコトさんにはこれから、数日おきに騎士団や私たちと共に森へと向かっていただき、そこで間引きを行ってもらいます。調査の方は、今のところは考える必要はありません。最優先は魔物の討伐による間引きを最優先してください」

「分かりま、んっ?今、私たち、っておっしゃいました?もしかして、マリーショア王女も?」

「はい。以前話した通り、私も軍略についてはある程度学んでいますし。何より度重なる戦闘で部隊を指揮する者たちが傷を負い、今は療養中で動ける状況にありません。それに王女たる私自身が戦闘に参加することで少しでも兵たちの士気が上がれば。そう考えての事です」

「な、成程。でも大丈夫なんですかっ?最前線なんて、その、危ないんじゃ」

 流石に、『死ぬ危険があるのでは?』とは言えず私は言葉を濁した。


「問題ありません。護衛としてリオン達が居りますし、私も弓や剣をたしなみ程度ですが学んでいます」

「そ、そうなんですか」

 お姫様自身が大丈夫って言うし、ここで私が反対したところで何になるんだろうって気がした。だからこそ、私は頷く事しか出来なかった。


「それで、間引きはいつから行う予定なんですか?」

「可能であれば、明日からすぐにでも。ですがこれから行われる間引きはミコトさんを中心に行われる物です。いわばミコトさんが間引きを行う部隊の主力。当然主力抜きでは間引きを行う事は危険です」

「つまり、間引きを行うかどうか、それは私の調子とか次第、って事ですか?」

「そう捉えていただいて構いません。それで、如何でしょう?明日から早速間引きにご協力いただけるかどうか、という質問をしたいのですが」

「そう、ですか」

 う~ん、はっきり言って責任重大。まぁ、今のところこれと言って疲れてるとかそういう感じはないし、体力は問題なし。これと言った不調の前兆らしき咳とか頭痛とかも無し。となれば……。


「分かりました。じゃあ明日からで構いません。幸い、体調とかには問題ありませんし」

「そうですか。では、明日の朝から早速ミコトさんには私の率いる討伐隊に参加していただきます。明日の詳細な予定に関しては、出発前、明日の朝という事で構いませんか?」

「は、はいっ、分かりました」

「ではミコトさんは、今日はもうお休みください」

「わ、分かりました」

 私が頷くとお姫様も頷き立ち上がった。


「では、私たちはこれで。私たちは基本的に駐屯地の中におりますので、ご用がありましたら私かリオンをお探しください。では」

「は、はいっ」


 私は立ち上がって部屋を後にする二人を見送った後、再びソファに腰を下ろした。

「……いよいよ、かぁ」

 明日から討伐開始、と聞いて私は緊張していた。これまでの戦闘は平野部で見通しがよかったけど、今度は森。しかも初めて見る、初めて戦う魔物が何種類もいる。どんな危険が待つのか?もしかしてパワードスーツの防御を突破できる敵がいるんじゃないか?

 尽きない疑問が恐怖となって私に襲い掛かるけど……。


 私は両手で自分の頬を叩いた。要は気合の入れ直しだね。

「っしっ!やるぞっ!」

 恐怖を押さえつけ、自分を鼓舞するために私は声を上げる。とにかく、やるべき事は決まってるんだから。あとは、戦うだけ。 私は自分にそう言い聞かせた。


 ……んだけど……。


「ね、眠れないっ!」

 夜、夕食も取り終えて、今日使った狙撃装備のスーツの、クイックバースへの保存も終えて、さぁ明日のために早寝しようっ!ってなったんだけど緊張で眠れないっ! 

うぅ、どうしよう?明日の事もあるから早く休みたいのに。 数秒考えて、とりあえず水でもお手洗い行って水でも飲んで来よう、ってなった私は部屋を出てお手洗いに行き、食堂にも寄って水でのどを潤し、さぁ部屋に戻ろう、と歩き出した。が……。


「ん?」

 ふと、廊下を歩いていると窓の外に人影が見えた気がした。足を止めてそちらに向けた。人影の正体は、お姫様だった。 夜の月に照らされながら、寝間着らしい服装でお姫様は夜空を見上げていた。 こんな時間に何してるんだろう?、という興味から私は近くにあったドアから外に出て、彼女の元へと向かった。


「こんばんは」

「えっ?」

 外に出て、近づいても気づいた様子が無かったので私は声をかけた。お姫様はわずかに息を飲んで振り返った。驚かせちゃったかな?

「あぁ、ミコトさんでしたか」

 しかし相手が私だと気づくと、安堵したように息を付いた。


「ごめんなさい。お水を貰いに食堂に来たんですけど、帰り道にお見掛けして。何してるんだろうって気になってしまって」

「そうでしたか」

 そう言って頷いたお姫様は視線を夜空に向け、私もそれに続いた。


「おっ!お~~~~~!」

 そして夜空の星々を見上げて驚嘆の声を漏らした。 夜空は、月と無数の星によって彩られていた。それは、例えるのなら天然のプラネタリムだった。都会で育った私には、これほど美しく輝く星空を見たことがなかった。


「綺麗~~!」

「そうですね、とても美しいです」

 私たちは二人、並んで星空を見上げていた。けど……。


「本当に、綺麗です。こういう物を見ていると、不安が和らぎます」

「……え?」

 不意に聞こえてきた不安、という単語に私は視線を星空から隣にいたお姫様に向けた。

「あの、不安って、もしかして明日の?」

 まさかと思い、深く考える前に私は問いかけてしまった。


「……」

 お姫様はしばし無言だったけど、最後は小さくこくりと頷いた。

「お恥ずかしい話ですが、私にはこれと言った実戦経験はありません。軍略こそ学んでいますが、それは安全な王城で、軍師から教わった物。安全な場所で学んだだけの事です」

 お姫様は俯き暗い表情を浮かべ、話し始めた。私はそれを、傍で静かに聞いていた。

「兵たちの士気向上のために、王族である私自身が前線に立つ。今のこの町に生きる人々には、希望が、旗印が必要なんです。そして現状、その役目を担えるのは私くらいなのです。けれど、いくら王族としてふさわしい姿で振舞おうとも、この心を蝕む不安だけは……」


 お姫様はどこか怯えた様子で、自分の右腕を左手でつかんだ。見ると、お姫様の手は震えていた。 その表情を、震えを見てしまったら、見て見ぬふりなんて出来ない。


「大丈夫」

「えっ?」

 私はお姫様に歩み寄り、優しく声をかけながら震える彼女の右手を握り、そして抱き寄せた。

「み、ミコトさん……っ!?」


 なんか色々不味い事をしている自覚はあったけど、今は、それよりも。

「大丈夫。あなたは、私が守るから」

「ッ」

 私の言葉を聞き、お姫様が息を飲む音が聞こえた。


「絶対に、守り抜いて見せる。私にはその力があって、何より私は、誰かの悲しむ顔なんて、見たくないから」

「ミコト、さん」


 私は、理不尽な死を経てこの世界にやってきた。だから死ぬ恐怖も、別れの辛さも分かってる。だからこそ、そんなことはさせない。お姫様を抱き寄せたその手に、自然と力が籠る。


「私は私の力を使って、全力で、あなたを守ります。マリーショア王女殿下」

「ッ」


 再び息を飲むお姫様を私はゆっくりと離すと、一歩、後ろへと下がった。

「……≪チェンジアップ≫」

 そして小声で、スーツの起動ワードを呟く。 


 コアから流体金属があふれ出し、私を覆う。そして銀色のパワードスーツ、CSA-01となる。

「ミコトさん?」

 私の突然の行動に、お姫様は戸惑っていた。


「……私の体を覆う、この鎧は、パワードスーツは、圧倒的な力を持ちます。装甲はあらゆる攻撃を跳ね除け、この足はどこまでも駆ける力を持ち、この腕は、あらゆるものを引き裂く力を持ちます。そして、この備わった武器はあらゆる脅威を打倒出来るだけの力があると、私は思っています。だからこそ……」


 私はその場で、つまりお姫様の前で膝をついた。 それはまるで、姫君の前で膝をつく騎士のように。童話のワンシーンのように。


「どんな状況だろうと、どんな敵が相手だろうと、必ず王女殿下をお守ります」

「……どうして、ミコトさんがそんな。あなたは私の家臣でもなんでも無いんですよ?いえ、協力してくれることも、守ってくれる事も感謝はしていますが、なぜ?」


 私の突然の行動に、お姫様は戸惑ってる様子。まぁいきなりこんな事されたらそうなるよね?でも、だからこそ理由を話さないと。


「私は、以前親しい人との別れを経験したことがあるんです」

「ッ!……そう、ですか」

 その言葉にお姫様は驚き、次いで悲しそうな表情を浮かべた。以前、と言ってもほんの数日前の出来事。未だにその時の悲しみは私の心の中で燻っている。


「運命の悪戯を嘆き、怒り、それ以上に悲しみました。でも、だからこそ……」

 私はギュッとこぶしを握り締める。


「私の目の前で、かつての私と同じように悲しんだりする姿を見たくない。もし、王女様に何かあれば、リオンさんや多くの人が悲しみます。そうならないよう、私はここにいる者として全力で、あなたをお守りします。マリーショア王女殿下」

「ッッ!」


 私の言葉を聞くと、なぜかお姫様は顔を真っ赤にしてしまった。………もしかして私、なんかやらかした? 待ってそう思うとだんだん恥ずかしくなってきたっ!?うわ~~顔が熱いっ!マスクしててよかった~!じゃなかったら真っ赤な顔見られてたよっ!?ってでもこれじゃ今の状況どうしようっ!?


 ご、ごめんなさいして逃げるっ!?いやそれもダメかなっ!?あ~~~どうしよ~~~! と、思っていると……。


「そ、その」

 お姫様が顔を赤く染めたまま、少しあたふたした様子でこちらに手を伸ばしてくる。


「ど、どうか、よろしくお願いします」

「はい、こちらこそ」

 私はその手を優しく握り返した。………必死に真っ赤な顔をマスクで隠し、出来るだけ穏やかな声で。……若干裏返ってたの、お姫様に気づかれてないと良いなぁ。



 その後、お互い赤面しながら別れた私は自分の部屋に戻って、さぁ寝るぞってベッドにもぐりこんだんだけど……。


『寝られるかぁ~~~!』

 さっきやらかした事を後から思い返すと滅茶苦茶恥ずかしいしっ!しかもそのせいで心臓がうるさいのなんのっ!!あ~~~!私またやらかした~~~!


 結局、私がそれから何とか眠りにつくのに30分以上かかってしまった。ちなみに……。


「ね、眠れません……っ!」


 同じようにお姫様もドキドキして眠れなかったという事を、この時の私には知る由も無かった。



 翌朝。色々あって睡眠時間が短かったけど、何とか目覚めた私は身だしなみを整えて食堂へ。そして朝食を取り、部屋に戻ってしばらくすると……。


 コンコンッとドアがノックされた。

「はいっ!」

「ミコトか。私だ、リオンだ。姫様がお呼びだ。来てくれ」

「分かりましたっ!」

 いよいよだ、と思いながら私は部屋を出て、呼びに来たリオンさんの後に続いた。


 やってきたのは駐屯地の一角。そこでは既に、幾人もの兵士の人たちが忙しなく動き回っていた。馬車に荷物を積み込む人、鎧を着こんでいる人、馬の調子を確認している人など。

そんな人たちを後目に、私はリオンさんに連れられてお姫様のところにやってきた。


「姫様、ミコトをお連れしました」

「ご苦労様、リオン」

 と、お姫様の傍まで案内されたけど、私はお姫様の姿を見て息を飲んだ。


 今のお姫様の姿は、初めて会った時のドレスとは違う服装に身を包んでいた。それは、鎧だった。眩しく銀色に輝き、所々を金色のレリーフが装飾している鎧だった。羽飾りのついたヘルメットも被った今のお姫様の姿は、まさしく北欧神話のワルキューレと見まがう程だった。


 その、カッコよさと美しさが両立したような姿に私は彼女に見惚れていた。

「ミコトさん」

「あっ、はいっ!」

 と、そこに声をかけられ私は返事をしながら咄嗟に姿勢を正す。


「いよいよ、ですね」

「っ、はいっ」

 お姫様の真剣そのものの表情に、私も表情を引き締め頷く。


 その後も、準備は続き馬車は武器、兵士の人たちの準備が終わると、皆がお姫様の前に集まった。彼らを見回すお姫様の後ろで、私はリオンさん達と並んで立っていた。


「それでは、これより北の森における魔物討伐作戦を行いますっ!」

 お姫様の澄んだ声が響き渡る。


「皆の奮戦と成果こそが、この町に住まう人々の明日であり、希望である事を胸に悪しき獣を打倒するのですっ!皆に、戦神の加護があらん事をっ!」

「「「「「うぉぉぉぉぉぉぉぉっ!!!!」」」」


 姫様の激励を聞き、兵士たちが雄叫びを上げる。 すごい、流石は王族。言葉だけでみんなの士気が上がってる。


「では、出陣っ!」


 それが号令となり、兵士の人たちは馬車や騎馬へと乗り込んでいく。私も1台の馬車の荷台へと乗る。 やがて、準備が整うと馬車が動き出した。


 ガタゴトと揺れる馬車の中で、私は『やってやる』と考えながら静かにこぶしを握り締めるのだった。


 いよいよ始まる本格的な戦闘の気配に、私は緊張を覚えながらもお姫様を守り抜く決意を何度も頭の中で再確認するのだった。


     第7話 END

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る