第3話『入社初日から人間関係構築に失敗しました』

「ここがわたしたちのお部屋です」

ドアの前に可愛らしいプレートが下がっていて、そこに

『テスト第9部』

とこれまた丸っこい字で書いてある。

これ、絶対小毬さんが書いたやつ。

「そのプレート? わたし書いたんだ~」

ですよねー。

「失礼します――」

ガチャリ、とドアを開ける。


そこそこ広い部屋だ。壁際にはAndroidやiPhoneと書かれたキャビネットが置かれている。

他にも、検証用macやwindows、海外端末と書かれたキャビネット、使われていなさそうなディスプレイも床や棚に置かれている。

その他にはロッカーと洋服掛けだ。

中央には4台の机が向かい合わせで計8台並んで、最後にエライ人の席と言わんばかりの席が一番奥――列の中央をまたぐように置かれている。

8台のうち奥側3台の机にはディスプレイなどが並んでいるが、残りの机は使われていないのかスマホや充電器が無造作に置いてあった。


その広い部屋に2名の男性が座っていた。

「おー日野、ゲットしたか」

エライ人席に座る、40代半ばであろう男性が立ち上がった。

中肉中背で、髪は立てているような無造作のような、無頓着そうな髪型だ。

よれたワイシャツを腕まくりしていたりする。

顔は覇気がないというか、いかにも「仕事をやる気なんざありません」というような顔。

イメージでしかないけど、競馬場では気合いが入っていそうな雰囲気。

アレか……。

私のマンガ・ゲーム脳からはじき出したタイプでは「普段はやる気がないけど、いざという時にイイ感じのことを言うオジサマタイプ」!

まぁタイプ分けは悪いクセなんだけど、私の商売柄(?)ついつい妄想してしまうというわけだ。


「吉村リーダー、美月さんゲットです!」

小毬さんが元気よく返答していた。

私はポケモンか。

「いやー助かったわ」と言いながらオジサマが近づいてきた。

「吉村だ。このテスト第9部のリーダーをしている。よろしくな」

「早乙女美月と申します。これからよろしくお願いします」

ペコリと頭を下げる私に吉村リーダーが「あぁ」と言って、ディスプレイとマウスだけの机に目線を送った。

「おまえの席そこな。今日はリリース前でクソ忙しいんでな。早速貢献してくれ」

それだけいうと、話は終わったと言わんばかりに自席へ戻って行った。

戻り際も「いやー助かったわ」と言っているあたり、歓迎されていないわけではなさそうだ。

ちなみにリリースとはサービスやアプリを世に出すことを言う。

つまり、サービスを出そうとしている前日のバタバタしているときに私は飛び込んできたわけか。

「吉村リーダーはいつもこんな感じ。けどね、ヒルアンドンっていう恐竜っぽいあだ名もあるんだよ」

――昼行燈。

それ絶対いい意味で使われてないから……。

行燈(あんどん)を昼に灯してもうすぼんやりしてるところから、ぼんやりした人、役に立たない人を指す。

よほど古い本を読んでいないと出てこない言葉だ。

転じて言ってもバレないといったところか。


「で、こっちが――」

小毬さんがもう一人の若い男性の方へ案内する。

「ナグくんです」

説明雑な!

「はぁ……」

紹介された男性が、ワザとらしく大きくため息をついた。

「俺は南雲青之助(なぐも・せいのすけ)。新卒1年目でココ配属。ココではあんたより先輩だから」

座ったまま「もういいでしょ」と言わんばかりに興味なさそうにディスプレイに目を戻した。

……前の会社では言葉遣いを逐一直されたものだが、ここはさすがIT企業。こんな感じか。

背は私よりちょっと低めかな。170センチいくか、いかないかくらいだろう。

黒髪で波巻きパーマが特徴的だ。

ゆったりした服を着こなし、これで愛想もいいものなら女性が殺到しただろうに。

もしかしたら影で黄色い声はあがっているかもしれない。想像だけど。

雰囲気は言ってしまえば、唯我独尊、我が道を行く猫っぽさがある。

「私は早乙女――」

「さっき聞いた」

塩対応な!

……私、入社初日から人間関係でつまづきそうです。

「今日さ、リリース前日なのにテスト全然終わってなくて忙しいわけ。準備整えたらさっさと入ってほしい」

はぁ、とまた大きなため息。

「前に入った人、すぐ辞めちゃったんだよね。あんたにはがんばってほしい」

それだけ言うと、もう我関せずでパソコンで作業を始めていた。

彼なりのねぎらい……?

「ナグくんはね、いつもこんな感じなんだ~」

フフフと小毬さんが笑顔をこぼす。

あなたは包容力の化身かなんかですか?


「美月さんの席はここね」

さっき吉村リーダーが指した机をペチペチと小毬さんが叩いている。

机の上には接続されていないディスプレイ、マウスが置いてあった。

あとは『ウェルカム!』と書いた可愛らしい付箋がついたキットカット。

これ置いたの、絶対小毬さん。

私の席のお向かいは、ちいかわグッズがあがってたり造花が飾っていたりよくわからないグッズが置かれているファンシーな机――これまた間違いなく小毬さんの机だろう。

ちなみに小毬さんの横の机が南雲くん。

そんな私たちの机を見張るように置かれているエライ人用の机が吉村リーダーの席だ。

「みんな、ノートパソコンにディスプレイとマウスをくっつけて使ってるんだ。準備ができたら、業務チャットを立ち上げてね」


言われるまま、さっきもらった古めのノートパソコンに机にあったディスプレイとマウスを接続し起動。

業務用チャットはパソコン起動時に起動するようにさっき設定済みだ。

「チャットつけた?」

向かいに座る小毬さんから呼びかけられた。

「はい、今立ち上げました」

「そしたらね――」

スコココ、とチャットにURLが送られてきた。

「それをね、それをね――」

と小毬さんは言いながら席を立ちあがり――

「それをね、それをね」といいながら並ぶ机を迂回して――

私のホントすぐ後ろに立って――


「クリックするの」

ってチャットの意味ーーー!!


私が心の中でツッコミを入れている態度をわからない態度と受け取ったのか、

「ここ。これをクリックね」

もう私にくっついちゃうんじゃないかというくらい、私の後ろから覗き込むように体を寄せてディスプレイを指さしている!

物理的にも距離の詰め方がエグい!!

もうシャンプーのいい匂いまで漂ってくる近さ――

……?

視線を感じて顔をあげた。


――キシャーァ!


南雲くんがそんな擬音が似合いそうな形相でこっちを睨んでいた。

ネコが毛を逆立てている、そんな雰囲気。

私の視線に気づくと


――プイッ


あ。目をそらした。

「…………」

なんだ?

「美月さん、これね。クリックはマウスをカチってすることで――」

「あ、あぁ、これをクリックと……」

小毬さんはグイグイくるな!

このままだとマウスに手と手を重ねられかねない。

最終的には二人羽織になるんじゃないの?

その間も突き刺さるような視線があるわけで……。


………………

…………

……


ハッ!?

ゲーム脳のお姉さん気づいちゃったよ!!


南雲くん……。

さてはキミ……。

小毬さんに惚れてるな!!


南雲くんは乙女ゲーでいうところの『世の中うがった見方をしてるけど、奥手で自分の気持ちに素直になれないタイプ』!!

言いたいけど、今の関係を壊したくなくて言えない!

俺は彼女を見ているだけで幸せなんだ……。とかなんとか一人で納得しちゃっているタイプ!!

けど近づく奴は許さないといったヤンデレの側面も!


あーなるほどーなるほどー。

しかし、これは大変だぞ。


私の見立てでは小毬さんは『少女マンガによく出てくる天然で引くほど鈍感な主人公タイプ』!

性格的にやたら優しいし、なんの得がなくてもなぜか人を手伝わなければ気が済まない謎の世話焼きさんだ!

そのくせ自己肯定感が妙に低くて、「好き」と言われても「友だちとしてかしら?」とか思っちゃうやつ!!

マンガではそのヤキモキした関係性を読者は楽しむんだけどね。

ちなみに乙女ゲーの主人公でも天然鈍感系は王道タイプのひとつだ。

ただ、やりすぎると

「いやいやいや、普通気づくやろ……」

とプレイヤーがドン引きして離れてしまうのだ。

加減が難しいタイプだと言えよう。


『好きとなかなか言えない南雲くん vs 好きといってもたぶん気づかない小毬さん』

なんという悲劇的な組み合わせなのだ。


…………。

……。


「美月さん、次はそれ開いて――」

「はい……」

いやもうアナタ、私の背中から覗き込むというか私の背中に被さってますやん……。

このエグい距離の詰め方……。

南雲くんにやったら、彼即死だよきっと。

……いや。

南雲くんの雰囲気から察する。

……もうそれやっちゃったな、これは……。

もしかして新卒配属以来ずっとこの距離の詰め方をされてる……?

自分の気持ちを言い出せない人にとってはもはやゴーモンでは……。


顔をあげた。


――キシャーァ!

完全に私、敵認定されてますやん……。


「でね、美月さん、ここなんだけど――」

グイグイ。

――キシャーァ!


「ここはお気に入りに入れて――」

グイグイ。

――キシャーァ!


……。

いやもうね。

お姉さんキミらのこと応援してるから、ホント。

だからもう解放してちょうだい……。


「――で、美月さんにはまずはここにある仕様書の把握からお願いします」

って。説明が始まっていた。


「仕様書の把握?」


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