第2話『テストエンジニアってなに!?』

――テスト、という言葉は知っている。

学校のテストではない。正確にはソフトウェアテストだ。

例えば私がコード、つまりプログラムを書くときの話だ。

多くのプログラムではメソッドや関数と呼ばれる、小さいプログラムの部品を書く。

その部品に対して「想定したデータが来たとき、想定した通り動くか」というテストをするためのプログラム――テストコードというものを書く。

このテストコードを実行しグリーン――つまり想定した通り動けばオッケーだ。

この辺はユニットテストなんて呼ばれていたりする。


その他に、そのプログラムの部品を組み合わせたりデータベース――データが保存されている場所と接続しても想定した通り動くか確認するテストもある。

ひとつひとつの部品だとちゃんと動くのに、組み合わせると急に動かなくなったりするんだよね……。

大体はやりとりするデータの想定漏れだ。

この辺はインテグレーションテストなんて呼ばれていたりする。


最後に乙女ゲーであれば、全部のプログラムをくっつけて完成品とほぼ同じ状態にしてテストプレイを繰り返し行う。

例えば、攻略キャラのフラグがちゃんと立ってクリアまでいけるかといった通し確認もあれば、フラグを立てた後に前の選択肢に戻って違うフラグを立ててセーブ……といった、少しイレギュラーな操作や機能の組合せを行うことでバグ――うまく動かない問題――を発見し修正をしたりする。デバッグと呼ばれる活動だ。

この想定してないことを考えるというか、今まで気づかなかった問題に気づくのが本当に本当に大変なわけで……。

思い浮かんでたら最初から実装してるっつーの。

と言いつつ、この段階で色んなうっかりを思い出したりするのも確かだったりする。

私はテストプレイと言っているけど、ゲーム界隈ではベータテスト、一般ではシステムテストと呼ばれていたりするらしい。


実際に私もそういう「テスト」を繰り返しながらファンに自信満々でお届けできるゲームにまで錬磨して、もはや手塩にかけた我が子ともいえる乙女ゲーを世に送り出していたわけだ。




「テスト」エンジニア……名前的にこの辺のことを専門でやるエンジニアってこと?

私の頭にハテナがたくさん浮かぶ。

個人開発していた時はバグを見つけながら修正してゲーム開発を進めたものだ。

特にテストコードはプログラムを書いた本人が書く方が理解しているし速いと思うんだけど。

開発とセットじゃないと効率が悪そうだけど、それをわけてるの?

けどプロダクションコード――ゲーム本体のプログラムよりテストコードの方が普通は多くなる。ひとつのプログラムの部品に何通りもテストを行うからだ。

量も多いから手分けした方がいい……とか?

うん、なんもわからん。

全く知らない業種なだけに、疑問だけが頭を駆け巡っていた。



***



「――というわけで、本日入社のみなさんのオリエンテーションを終わります」

あ、しまった……。

考えている間に1時間の入社オリエンテーションが終わってしまった。

オリエンテーションといっても会議室に集まっている今日入社の社員全員で交流するといったものではなく、人事の人が社用パソコンの扱いや勤怠の方法をレクチャーすることに終始していた。

どうやら今日会議室に集まっている30人ほどの中途入社の社員は全員契約社員のようだ。

渡されたWindowsのちょっと古めなノートパソコンと社用スマホに目を落とす。

これが今日からの私の仕事道具。

各種設定は考え事をしながらでもちゃんと終わらせた……はず。

「部門の方が迎えに来ますので、みなさんしばらくお待ちくださいね」


しばらく待っていると、「〇〇さんいますか~」と他の入社者の迎えが来て、どんどん人がはけていく。

私は『テスト第9部』に配属されるらしいが、どんな人が来るんだろう?

これからの私の新生活!

楽しみだな~。

楽しみだな……


………………

…………

……

――30分後。


「いや、遅いですよね!?」

ついに言ってしまった!

「ひっ!? ご、ごめんなさい! 担当者に何度か連絡しているんですが「今行かせます」からレスがなく……」

今や広い会議室は私と人事の女性だけだ。

私の中で入社早々イヤな予感が広がっていく。

SNSでたまに見るブラックな現場の話が脳裏をよぎる。

大丈夫なのか、これ……。


――ばたばたばた!


人事の人と話をしているうちに、バタバタとした足音が近づいてきて――


――ガチャ!

扉が勢いよく開いた。


「テ、テ、テスト第9の、ハァ、ハァ、ハァ、ひ、ひ、日野です~っ」

肩で息をしている女の子が飛び込んできた。

「えと、えと、早乙女美月さん、早乙女美月さんはいますか!?」

「あ……私です」

椅子から立ち上がり手をあげる。

ようやく迎えが来たようだ。

「よ、よ、よかった~~~! 帰っちゃってたら、ハァハァ、どうしようかって~……」

いやいや、さすがに仕事だから帰ったりはしないけど。

フラフラとしながら女の子が近づいてくる。

「わたしは、テスト、第9から、来まして……」

……ゾンビ映画のゾンビ?

言っちゃ悪いがそんな動きだ。

「あ、あの、少し休まれては……」

思わず椅子を差し出した。

「あ、ありがと~~~」

ペタンと椅子に腰を下ろす女の子。

「コマさん、飲みかけの水でよければ」

人事の方がすかさず水を差し出す。プロのタイミングだ。

「永田さん、ありがと~」

人事の人は永田さんと言うのか。

ゴクッ、ゴクッと水をあおって一息ついたのか女の子は

「ぷはっ……今日リリースの前日で、全然動けなくてェ……」

もはや椅子と一体化してそういう生き物にさえ見える。

「あ~……コホン」

仕切り直すように、女の子が椅子と一体化したまま私を見つめてきた。

「えと、わたし、日野小毬(ひの・こまり)って言います。テスト第9部の人してます」

椅子に座りながらペコリとする日野さん。

身長は私よりも大分小さい。150センチくらいじゃなかろうか。

顔は十代でも通りそうな童顔だ。

髪の毛はフワッフワで、髪の下の位置で両サイド結っている。

いわゆる「おさげ」だ。三つ編みにしてないやつね。

見た感じはゆるフワ系。

「私は早乙女美月です。これからよろしくお願いします」

彼女の正面に立ち頭を下げた。

頭を上げたときに、かかった長い黒髪を手でサッと流す。

ずっとロングヘアなので、癖というよりもはや一連の動作といっていいかもしれない。

「ふぁぁー……」

日野さんの目が私の頭のてっぺんからつま先、そしてまた頭のてっぺんへと流れる。

……?

なんとなく顔が上気しているように見える。

「カ……」

「カ?」

「カッコいいですねっ!」

はにかんだ笑顔が咲いた。

「ぐぬぅッ!?」

うっかり乙女非ざる声が出ちゃったじゃない!!

人事の永田さんとも「ですよね!私もそれ思った!」「だよね~!」なんて盛り上がっている。

私へのその評価は毎度毎度なんなの?

いやまぁ……悪い気はしないのもあるけど、反応には困るわけで……。

「はぁ~落ち着いたし、じゃあ美月さん、時間もないし行こっか」

ぴょこっと椅子から降りる日野さん。

しれっと名前呼びになってるし。



***



――業務をする執務室までの廊下を日野さんと脚を進める。

「私、テストエンジニアって仕事をはじめて聞いて」

「大丈夫、わたしも新卒で入った時そんな感じだったんだけどすぐに慣れたよ。それに」

ポンと自分の胸を叩く日野さん。

「わたしたちで色々教えるし!」

小さい先輩、頼もしいような……不安なような。

「日野さん――」

「あ、みんなは私のことを小毬さんとかコマちゃんって呼ぶよ」

「……」

「……」

あ、期待したような目で見てきてる。

子犬っぽい。

「……」

「……」

これさ。

そう呼べってことだよね?

「……小毬さん」

「なぁに、美月さん?」

フフフと嬉しそうにする日野さ――小毬さん。

距離の詰め方がエグいけど、これが小毬さん流なのだろう。

まぁ、いきなり引かれたり距離を取られるよりいいか。

そんなことよりも。

気にしてることは開発に使っているプログラミング言語だ。

テストコードの書き方も言語によって異なる。

それにフレームワーク――言語が同じでも使っている環境によって変わったりする。

返答によっては技術書を帰りに数冊買って帰らなければならない。

「業務で使ってる言語は何ですか?」

「言語?」

キョトン。

その表現が的確だろう。

ハテナがいっぱい並んだ顔が私に向けられていた。

「えーと……んと……」

首を可愛く傾げた。

「日本語?」

「あ、いや、それはそうでしょうけど」

冗談なのかとぼけているのかわからん……。

私の緊張を解こうとしているのかも。

まぁ、別に今聞かなくてもあとからわかるか。


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