立ち上がれ銀玉回顧録
大造
生活
「お客様先ほども申し上げましたが台を叩く行為はおやめください。次は警察に・・・・・・」
店員の男はやや興奮気味にそう言った。隣にいる背の高い店員は一歩下がった位置でぶっきらぼうにこちらを見ている。我関せず。立ち位置や表情から注意する店員より明らかに無関心である。大方客の迷惑行為には2人1組で対応するのがマニュアルなのだろう。貧乏くじを引いたな。そんな気持ちが顔から体から滲み出ている。
薄暗いパチンコ屋の店内、この並びで遊戯しているのはたったの3人だけで入口に近い新台こそ満席だが他の台は選びたい放題といった客の入りだ。
「--もうしませんよ」
店員の耳に届いたかどうかは分からない。
もうしないと言ったものの、本当は財布の中身は素っからかん、一万円札を五本丸々呑まれたところだった。文句のひとつでも言ってやろうかとも思ったがやめた。
皿の上の玉だけ打って店を出た。まだ昼の3時にもなっていなかった。
渋谷センター街のパチンコ屋を出たのが午後3時前、仕事が始まるまで2時間近くある。こんはずじゃなかった・・・・・・。サクッと勝って借金を少しでも返そうか。軽い気持ちがあだになった--。
演出に起伏のある台だった。熱いリーチが連続して掛かる事もあればピッタっと何も起こらない時もあった。信頼度の高いリーチを外した時はさすがにカッとなって皿を拳で叩いてしまった。
あまりにも強く何度も叩くので近くにいた店員が慌ててやってきて注意を受けた。四万ほど注ぎ込んでいたので、頭に血が昇っていた。程なく激アツリーチがかかる。高信頼度の演出を経由している。さすがにこれは当たるはずだ。しかし、一抹の不安がよぎる。当落ボタンを祈るように拳で叩く。シュン・・・・・・。風船から一瞬で空気が抜けるような音がしてハズれた。カッとなりまた皿をバチんと1発。店員が気にして僕の周りを行ったり来たりしているが、こっちは腹の虫が収まらないので、気にも留めてないふりをした。たまに舌打ちしてみたり、仰け反って座ってみたり不満を態度で爆発させて打ち続けた。そうするしかなかった。
まさか財布の中身を全部使い切るなんて・・・・・・。最後の最後で当たったことは当たったが単発。ほどほど程度に熱い演出で、外れて当然といったリーチだったが図柄が揃った、さすがに腰が浮いた。よしっこれからだ。気分を入れ替える意味で姿勢を正し打ち始めるもその後は全くダメでうんともすんとも言わず、時短を抜けて出玉も砂の上の水が如く静かにのまれていった。
せめて確変に入っていれば結果は違ったはず。後の祭りだが熱くなった頭はそう簡単には冷ませない、とりあえず駅に向かって歩いていく。ああ腹が立つ。
小銭でパンとコーヒーを買い仕事先の事務所で軽い食事をとった。パチンコ屋での怒りと後悔はまだままだおさまる気配がない。
「おはようございます」
しばらくすると職場の者が出勤してくる。
中野にある大手の物流倉庫、ほぼ毎日朝昼晩24時間稼働し続け、絶えず荷物を仕分け、梱包、出荷を繰り返す。働いている人の年代、性別、国籍もさまざまで入れ替わりも多い。その中で僕は三年以上も続けていて社員の下につき中堅として新人にノウハウを教えながら作業にあたるような役割を担っていた。もっとも雇用はバイトではあるが。
夕方から日付の変わる時間まで作業はぎっしり詰まってる。特別好きな仕事かと聞かれるとそうではない。バイトとしては時給が良い事、仕事もたくさんあるので時間が経つのが早い点では文句がないので今まで続けてこれた。職場の人間関係も自分にとっては恵まれていた。色々な事情があってこの仕事を選んでいるような人達が多いので互いに干渉しない。それが暗黙となり、休憩も同じ空間にいるだけで各々壁を向いて携帯をいじり、缶コーヒー片手にタバコをふかしている。これから先も特にやりたい事もなく、当面は今の仕事を辞めるつもりはなかった。
終業の時間が近づくと引継書を僕がまとめて記入し、次の夜間の作業班へ渡す。完全な夜間作業はさらに良い時給だそうだが、到底やる気にはならなかった。それは従業員の顔を見れば明白で、誰もが一様に青白い顔をして声も小さかった。
仕事を終えて足早に駅に向かえば終電を待たずして西荻窪に帰れる。ワンルームだが駅からそれほど離れていない所に家を借りている。家賃は安くないが遊びながら暮らす上では困っていない、住むところとしては不満はなかった。
駅前でラーメンでも食べて帰ろうかと考えたが財布に小銭しか入っていない事を思い出しやめた。と同時に昼間のつまらない負け方を思い出し腹が立った。四万もあればビール片手に好きな物を食べて楽しい一夜を過ごせたのにな、、、
銀行で金をおろそうかとも考えたがやめた。
明日は新宿の大型パチンコ店の開店の日だ。
前から狙っていた新台が並ぶ。今日の悪い運をおろした金につけてはならない。信心深い方では無いが、ことギャンブルにおいては少なからず運の良し悪しは勝敗に大きく影響すると自分なりに考えていた。
大人しく家に帰ってシャワーを浴びて冷凍炒飯を温めて腹に入れテレビを見ながら布団に入った。布団に入ってから戸棚に入っている安い焼酎を思い出したが布団から出ることはしなかった。テレビからはプロ野球で首位の巨人がどうのこうのと話している。大して頭に入っていない。テレビを消してしまうとどうにも昼間の負けが頭いっぱいに拡がって腹が立って寝るどころの話ではないからだ。
都内の駅はどこも人でごった返しているが、新宿駅ともなればその数は他の比ではない。目の前を通る人から十円の通行料が取れれば1時間でいくら貯まるだろか。温い炭酸水が入ったペットボトルを握りしめ、そんなどうしようもない事を考え駅の近くで時間を潰していた。
今日はバイトもなく金が無くなってしまっては他にやる事もない。次の給与まであと1週間、ICカードのチャージ額三千円と小銭二千数百円これで凌いでいかないといけない。金を借りる友達もいやしない。負けが続くとギャンブルは心底辞めたくなる。時間を戻せるなら足を入れた10代の頃に戻りたい。いつも同じような事を考えて後悔をする。それでもまた手元に金が入れば行ってしまう。『同じ轍は二度踏まない』果たして何度同じ事を考えたことか。
出足は悪くなかった。開店前の抽選こそ良い番号が引けず目当ての新台は座れなかったが、新台の樋面にある打ち慣れた台に座れたのでしばらく打ってみることにした。
八本目で当たり確変に突入、出玉は8000発を超え、その後も深いはまりなく、単発と確変を繰り返し持ち玉も10000発を超えた。
時間も昼の1時を過ぎてキリも良い事もあって昼食をとろうと席を立った時、斜め後ろの新台が空いた。すかさずポケットのタバコを置いた。通路の端から駆け寄ってくる真面目面のメガネ男が、小さく舌打ちしてそのまま通り過ぎていく。男の背中が通路を曲がったところを確認してゆっくりデータを確かめる。当たりが2回、1回目は112回転、2回目は700回転を超えてひとハマりしていて、今も400回転を超えたところだ。共に単発で終了していた。初当り確率としてはオーバー気味。確変突入率も規定値でいえば6割を超えるはずなので不調な台である。
右の台は対照的に好調で着実に当たりと連チャンを重ね20000発を超えている。左の台は朝イチ軽くハマっているものの、その後当たりを取り繋ぎ収支的にはプラスになっているような台だった。
今日はこれを目当てに来たものだからと、早速台を移動した。昼食はやめにしてまずは打ってみる。およそ125玉で12回転、よしっと意気込み打ち続けた。
緑色の縁のついたメガネを掛けた5.60代くらいの男がしばらく僕の顔をまっすぐ見ていた。表情から感情が読み取れない。ただ見られていた。しばらくは他所を見てやり過ごしていたが、しつこく見てくるのでだんだん腹が立ってきて睨み返してやった。向こうは、一瞬ハッとした表情を浮かべて、そそくさとその場を後にした。僕もこれ以上ここにいる事もなく歩き始めた。携帯の画面を見ながら中央線に沿って下っていった。
パチンコを打つ人なら誰でも経験があるだろうが、いわゆる大ハマりという大当たりせず1000回転以上回す深いハマりがある。※中には2000回転を超える事も。ざっくり一万円で200回転弱が普通の回転数とすると単純計算で五万円以上注ぎ込み続けるという危険な状態で、側から聞けば何でそんな事するんだと感じるかも知れないが、打ち手は打ち手でその間様々な考えが入り乱れ結果打ち続けてしまう。ただその多くは焦りと後悔であるのだけれど。
最近は同じ台をずっと打つという事は避けていたのでそういった事は無かったが、今日に限っていえば前半の余裕と新台という特別な条件下なので打ち続けてしまった。700回転を超えるハマりを一度喰らっているにも関わらず、ここにきてすぐ大ハマりするなんて。絶対はないというギャンブルの世界において、自分なりの経験から導き出されたルートとは大きく外れる結果に後悔は隠しきれない。この後悔の念が作用し同じ台をだらだらと打ちづつけさせてしまう。
手持ちの玉はみるみる減っていき1200回転を超えたところで追加投資に踏み切る。右の台は好機の波は過ぎつつも出玉は軽く見積もって25000発は固い。左にツキが回ったようで連チャンを重ねてドル箱が7つ積まれていた。周りの台に気気を取られるとその後も気になってしまうが今は自分の台に集中しなくては。
熱い演出は何度も見ているうちに特に何も感じなくなる。どうせまた・・・こうなったら危険なサイン。それも分かった上での続投。結果は惨敗。追加投資の三万も無駄に終わった。
もう後がなかった。せめて一万使わずに残しておけばどうにかなったものを・・・足取りは重く仕事場のある中野に着くのに二時間もかかってしまった。
職場の前を身をすくめて通り越して駅に向かった。中野からは定期券があった。
なんだかな・・・・・・。また小銭を確かめて家に帰ることにした。
金もなくしばらく家と仕事を往復する日々を過ごした。不思議なものでパチンコで大負けをしても二、三日経つと焦りや後悔といった感情は薄れていく。かき集めた資金で給与日までの生活を試算することに集中する。いつも大体はどうにかなってしまうから怖くもある。
趣味みたいなものはなく時間と金があればパチンコに行ってしまう。勝てばその次も、またその次も・・・。負けが込んで金が無くなると家にいたり、またブラブラと何するわけでもなく外に出たりする。これでは金が貯まるどころか借金ばかり増えてしまうわけである。友人と会う事もあるが歳を追う毎にその機会も減っていった。友人が仕事で上手くいってるなんて話を聞くのが辛かった事もあるだろう。自分は他と比べて狂っている。そう思うと少し気が楽になった。しばらく前に見出した対処法だ。
パチンコに行かない日が続くと不思議と仕事に熱が入る。人間同時に二つの事を真剣に考えるなんてとても無理なことなんだと思う。問題は一つづつ解決して進んでいく、これが至極真っ当な事で単純な近道なんだろう。仕事しかやる事がなければ真剣に仕事にあたる。効率があがりミスも減る。周りにも気が向けられる。ほんの二、三日の間だが、職場の管理者に最近動きがいいね!なんて事も言われた。自分でもそう思う。仕事以外にやる事がないもので。そう言いたいが口には出さない。3日後は待ちに待った給与日だ。
高校の頃の同級生A君、そいつも僕と同じく東京で一人暮らしをしている。イベントを企画する会社で働いていて、唯一と言って良いくらいの付き合いのある友人だ。そいつから飯でもどうかと連絡が入った。ちょうど給与日だったので、1日中パチンコ三昧などと考えていたので断ろうか迷ったが結局友人と会うことにした。そいつは立川に住んでいたのだが、たまには新宿で遊ぼうという話になり、昼過ぎに集まることにした。
昼過ぎに東急ハンズの中で落ち合った。三ヶ月ぶりの再会という訳だが30過ぎの男がぺちゃくちゃ話をするわけでもなく、ちょっと時計がみたいというので時計売場についていった。
「最近どうなの?」
Aがエスカレーターに乗っている時に聞いてきた。
「別に何も変わらないよ--、お前は?」
「俺か・・・・・・」
Aは、飄々とした顔になってこちらを見た。
これは何かあるな。直感的にそう感じた。
「彼女ができました」
「ええ」
これは意外な事だった。
Aの色恋沙汰はまったくと言って良いほど聞いた事が無かった。パブだの風俗だのそういう類の店に行く事は聞いていたが特定の女性と付き合うなんて事は、過去10年間で僕が知る限り一度きりだ。
容姿が特別悪い訳ではない。性格だって明るいし、ギャンブルもほとんどしない、外遊びが好きでサイクリングだの、釣りだのして休日を過ごしている。逆に言えば今まで彼女が出来なかった事が不思議なのかもしれない。もっとも背は低めで酒とタバコは少々嗜むが。女運が良くなかったということだろうか。
へへっと笑って、携帯の画面をこちらに向けて差し出した。そこには髪が長く少しふっくらしている、明らかに僕たちより若い女性とAが顔を寄せて映っていた。ふたりの目に違和感があるのは、カメラの機能性だろう。
「可愛い子だね。まだお若いの?」
「四つ下」
「いつから?」
「まだひと月も経ってないよ、ああ、明日でちょうどひと月か」
「ふーん」
初耳の色恋話になると色々質問するのは女子も男子も同じであろう。好奇心と一部礼儀みたいな要素も含んでいる。
とっくに時計売場は通り過ぎて、ハンズから高島屋を抜けて新宿駅の東口周辺をウロウロ歩いている。この時間だと適当な飲み屋が開いていない。ジャラジャラネオンを光らしたパチンコ屋は昼夜関係なしにオープンしていて否応なしに視界に飛び込んでくる。
Aは携帯を時折気にして数分おきに少し隠すようにメールか何か操作している。仕事かな?と思ったが砕けた表情から例の彼女だと推測した。
急にそわそわしたAを見て、どうかした?僕の方から声をかけた。
「んっ・・・・・・いやあ。急に会いたいって言うんだよ。俺は今日友達と会うよって伝えてあったのにさ」
「そうなの。それなら俺は気にする事ないよ。まだひと月なんだし、彼女優先してよ」
心もちAの顔が明るくなった。照れくさそうだ。
「なんだかこっちから誘っておいて悪いな」
Aと分かれてパチンコ屋に入ったが、つまらない打ち方をして特に何も掛からないまま二万ほどつっこんでしまった。気乗りしないまま続けても金の無駄、普段はあまり考えない事が頭に浮かびパチンコ屋を後にした。まだ5時にもなっていない。タバコに火をつけて一息ついて帰ることにした。
きつけにリポビタンDを一本一口に飲み込んだ。実家では、試験や運動会など大きなイベントがあると朝に母親からリポビタンDを手渡された。金色の液体が体内に入ると、心臓がバクバクし覚醒したような気分になれた。もっとも飲んだ直後は良いが頑張りすぎて後から来る疲労感は相当なものではあるが。
家の近所に大型のパチンコ店が今日オープンする。朝7時身なりだけ整えて家を飛び出した。以前から何が出来るんだろうと気に留めていた広い土地によもやパチンコ店がオープンするなんて。その話を耳にした時さすがに胸が熱くなった。仕事も今日は休みを入れていた。財布には五万ほどの軍資金。そこまで使うつもりはないが、念のためである。
現場に着くと早朝とは思えぬ人。少なく見ても100人は並んでいる。列に並び前を見ている者、座りながら雑誌を読んでいる者、携帯をいじっている者が1番多いか。若い人達が同じ格好して並ぶコンサートや興奮した子供と一緒に家族で並ぶディズニーランドの開園待ちとは全く違う、土色の肌の漢どもが無表情に、少し苛立ったように並ぶ様は異様だ。側から見たら少し怖い。一時よりパチンコの人気は確実に落ちている。度重なる規制によって魅力が失われてしまったからという意見が多いが、僕は単にユーザー側の資金が枯渇したからだと思う。パチンコをやる人間は限られている。定職について給与が毎月入り、ある程度自由に金も時間使える人がもっとも多い。その他、単純にお金持ちで時間がある人もいるが、二番目として多いは借金までして通う中毒者であろう。そこに入るとなかなか抜け出せない。僕の周りでもそういう輩は何人もいる、いや、いた。結局は続かずどこかで借金で首が回らず強制的に辞めさせられるようになってしまう。パチプロがいない事はないが、それは本当に、ある意味では宝くじで一等を当てるより難しい事のように思う。
朝9時抽選が始まった。13時のオープンの入場番号を決める抽選だ。店側としては、単純に早くから並んだ人から順に入店出来る方がクレームも少なくお客としても分かりやすいが、ここ何年かは混雑緩和などと銘打って入店抽選を行う店が多い。さすがは近所にあって欲しくない業種、不動のナンバーワンである。近隣への配慮は惜しまず行う。その為業界全体でイメージ改革を行い、タバコの煙が充満した以前のパチンコ店はどんどん淘汰されている。
『73』僕が引いた番号だ。600台近く設置される店なので、余裕を持って台が取れる順番である。
列を離れて驚いた。最後尾が見えないほど行列が出来上がっていた。番号札を握る手に自然と力が入った。
オープンまでは家に帰ってテレビを見たり、食事をして過ごした。ここしばらく感じなかった時間軸のずれが生じ実際の時間が経つのが遅い事。強者ともなると、この待ち時間も別のパチンコ店へ行き前哨戦と銘打ち一興してしまう。さすがに実行しないまでも頭を掠めたあたり僕も中毒である事認めざるを得ない。
オープンの40分前に集まれとの事だったので時間に合わせて家を出た。これは近所迷惑という他ない、幹線道路の歩道はほとんど通れないほど人でごった返していた。順番を叫ぶ声が遠くから聴こえてくる。『73』はずいぶん早い方で入口が手に届きそうだ。赤と白で塗り分けられた店舗カラーの入口はいかにもパチンコ店という感じだ。正面入口を見ていると、自分達の列とは別の列が反対側に伸びている事に気がついた。開店を待つ様子も少し余裕があるような感じだ。嫌な予感がした。会員特典の優先入場者の列である。ざっと見積もっても200人はいそうだ。200+73、選べる台も一気に絞られた。スロットでもパチンコでもとにかく1円でも多く勝ちたい。先月は10万近く負けていた。ミドルリスク、ミドルターンの機種をいくつか選んで頭の中で今日のシナリオを簡単に考えた。閉店はおそらく夜9時前と見積り、目標を八万円勝つ事とした。パチンコ屋のオープン日の営業時間は通常営業時間と比べてかなり短い、これは赤字営業覚悟の上の事で、あまりに出玉が嵩むと急に『あと1時間で閉店です』なんてアナウンスが流れたりする。今日もこの店の閉店時間は張り出されていない。誰もが皆財布を膨らませて帰る事を真剣に妄想しているというわけだ。
入場が始まった。案の定奥の列は優先入場者らしく我々の前を足早に店内に入っていく。散々焦らされる形でこちらも入場が始まった。息も荒くドカドカと入店していく、途中ひとりの男が店員に捕まった。
「整理券を見せてください」
「あれ、どこかにあるんだが、出てこないんだ」
「それでは困ります」
男は列から離され隅で店員数名に囲まれた。
男が本当に番号札を持っていたのか、いないのか真意は分からないが、気持ちは分かる。しかし邪魔だ。
ようやく入店出来たと思うと店内の明るさに面食らった。高い天井、爽やかな空気、ギラギラ光るパチンコ台を除けば清潔感のあるイベント会場のようである。
入り口付近は新台が固まっていて、優先入場組の独占状態、いまや遅しと開店のアナウンスを待っている。新台島を通り越し、少し前から稼働している人気台の島へ。この辺りの手頃な台が空いていればと思ったが残念ながらここもいっぱい。隣のバラエティコーナーへ、ここはわずかに空き台があり、打った事は無かったがロボットが活躍するアニメの台を取った。台が取れた事にホッとした。はてさてこの台でいくら稼げることやら。へそ周りの釘は素人目にも良く開いている。開店までまだ少し時間ある。狭い喫煙所で一服しながら携帯で台情報を調べペットボトルのお茶を買って台に戻った。どの列もびっしりと人で埋め尽くされ新台付近は通路にまでハイエナ共の群れで埋め尽くされていた。こんなに人が入ったパチンコ屋をここ数年見ていない。店舗の派手なイベントに対する規制が入ってからパチンコ屋の開店待ちの列は明らかに減った。昔はオープンで無くても大きなイベントなんて日は何百人もの人が並んだ事がよくあった。
さあいよいよ時間だ。BGMもかからず静かな店内、店員の慌ただしさを除けば皆一様に台に向かって真剣な顔で静かなものである。玉が皿に流れる音が一斉に聞こえてくる。気持ちが高揚してくる。僕も貸出ボタンを押して準備にかかる。普段は聞こえない、パチバチパチという鉄の玉と玉がぶつかって皿に流れ出てくる心地よい音が、普段のパチンコとは違い一層気持ちに拍車をかける。打った事のない台だが今日はお前に賭けるぞ。
静まり返る店内パチンコ、スロット合わせて600台600人が同じスタートラインに立ってそのスタートの合図を待っている。
『お待たせいたしました。〇〇〇〇只今より、開店致します』
放送が掛かると一斉に玉を弾く音、そしてさまざまなデジタル音が空間を埋め尽くす。店内のBGMも特大の音量で鳴り響く。店長と思しき黒シャツの男がマイク片手にああだこうだと講釈をたれているが、誰もそんな事には耳をかさない。喋り方は滑らかで声の低いトーンボイスも良い。店は清潔感があって最新式の作りだが、開店と同時に始まるガヤガヤ感はそう昔と変わらず良い感じだ。その空気感を満喫しつつ僕もハンドルを回して玉を打ち始めた。玉の道筋も良く、ヘソの周りにしっかり集まって良く回る。後はどれだけ早く初当たりを拾えるか。1発目でどこまで出球を増やせるか。さあここからだ。
午後4時、現在4箱と少し、持ち玉は7000発程度。12000円の投資で初当たり3連チャン、その後少しハマって5連チャン、次は早めに掛かって単発、今時短含めて250回転。流れは悪くない、大きな波が捉えきれていないだけだ。こういう時僕は気分転換に外で一服する。同じような輩が外に集まっていた。収支はプラス、良く回る台でボーダーより2回転プラスとコンディションは良好。波を掴んでまとまった連チャンが引ければ目標の8万も夢ではない。どの島を見ても概ね箱を積んでいる台が目立ち3時間でこの状況なら総出玉としてはかなり良さそうだ。閉店は夜の8時頃になると考えを改めた。そうなると後の4時間回せるだけ回して・・・。
休憩も早々に切り上げ自動販売機でドリンクを買う。普段はコーヒーにするが、今の気分は炭酸それもとびきり強い炭酸が飲みたい気分だった。席に着く前に周りをさらっと確認する。自分の列で今あたりを引いている台は無い。こういう時は大当たりが引きやすい、これは自分なりの経験論から導き出した私見のひとつで、他にもパチンコをする上での私見をいくつかストックしている。座ってすぐに点滅した保留玉がストックされた。点滅だけならどうという事は無いが回転が近づくにつれて台が異常にザワザワ賑やかになってくる。この時間がパチンコの大いなる魅力のひとつだ。当該の回転が始まっても保留をしっかり4個貯めて打止めする。これも私見のひとつである。いざ期待する回転となった時画面がプツンと暗転する、2、3秒後大きな音と共に台の役物が大きく動き巨大なロボを形成、リーチのタイトルが金色で表示された。ここまで熱い演出でも外す事はままある、それは今までの経験上何回もある。虹色など大当たりが確定する演出でない限り安心は出来ない。演出の最終、当落ボタンで台に付いているボタンが赤く発光しブルブル震えた。ようやくここで確信できた。ボタンを押さないでそのまま放っておく。台が激しく発光し画面には大きく『6』の数字が3つ並んだ。よしっ。その後の昇格演出で奇数の『5』へ昇格。このタイミングで確変を引けたのは良い流れだ。
この大当たりが今日の転機となった。確変が1時間以上も続く13連チャン、出玉は15000発を超えた。これで持ち玉は20000発を超えた。椅子の後ろに13箱も積んだのは久しぶりの事だ。時刻は午後6時、ドル箱に山盛りの玉を優しく撫でながら考えた。ここでやめるべきか、追ってもう一山当てるか。データロボ確認する。スランプデータ的には早いあたりは十分考えられそうだ。周りの台もよく見てみる。左右の台は今でこそ2、3箱積んではいるが、収支的には±0か少しマイナスくらいだろう。真後ろの台は好調のようで15箱は積んでいてまだ当たりが続いている。少し離れて見ると後ろの列は総じて良さそうだ。一方僕の座っている列は良し悪しがはっきりと分かれているのがみて取れる。考えた結果続行することにした。結局のところ真後ろの台に負けないという意味のない対抗意識が作用した。
打ち始めて50回転で、台に変化があった。入賞と共に枠がピカピカと発光、今日はじめてみる演出だ。保留も入賞から緑で進むにつれて赤へと変化した。金色の演出も経て掛かったリーチは本機最強リーチ。期待度は8割にのぼる。演出の終盤の当落ボタン、まず当たるだろうと高を括っていたものの、正直胸に一抹の不安はある。
ボタンを大事そうに時間いっぱい使ってそっと押した。ガシャンと画面が割れるような演出で画面には『4・5・4』一瞬面食らった。たがパチンコを打つ方なら理解あるだろうが、復活演出というものがある。熱いリーチで外した時の方が出やすいのは、これも周知の事実である。画面は『4・5・4』のまま動かない。サッと画面が変わり何もなかったようにデジタルが回転し通常の画面に戻ってしまった。
あれれ。まさか。
腑に落ちない。昂った気持ちも行き場を失い胸の中をぐるぐると中速で回転している。激アツはあくまでも熱いの延長線上にあって、プレミアムや確定とは一線をかく。そんな事は百も承知だが、今回の場合の熱い演出の信頼度を重ねていけば、限りなく100に近く、よぼよぼの老人やよちよち歩きの幼児が玉を投げても当たりにあたるような状況で、まさかまさか僕が外すなんて・・・
この外れたリーチから徐々にペースを崩され、しばらく大人しい時間が続いた。閉店時間が迫っているので悠長に構えてられない。3箱がストレートに飲まれ4箱目を持ち上げた時に放送が入った。
「ご来店中のお客様に本日の閉店時間のお知らせですー」
時計を見ると夜の7時を少し回ったところだ。
「午後19時30分をもちまして本日は閉店させていただきます」
急だ。予想より30分も早い。今辞めるのはキリが悪い、しかしこのタイミングで当たったとしても消化しきれるのか?打ち続けながらしばらく頭の中でごちゃごちゃと考える。ギャンブルの肝はヤメ時だ。あきらめ時ともいえるだろうか。それはパチンコに限らず全てのギャンブルにおいて共通して言えること。パチンコに来た客がやめ時を正確に読み当ててきっぱり帰ったらおそらくパチンコはここまで繁盛していないだろう。あとちょっと、もうちょっとという心理が強く作用して腰を上げることが大体の人には困難だ。それは雨が降ろうが槍が降ろうが、閉店時間が近づこうが言える事なのである。
つまらない事を考えているうちに閉店の時間が迫って来た。手前の箱も空になったので清算にまわることにした。
16500発の66000円、収支は54000円のプラス。目標の8万まではいかず、最後のハマりは勿体無かったが結果は良好である。膨れた財布片手に駅前の焼き鳥屋へ。
「ビールと馬刺し、あとその盛り合わせちょうだい」
あいよー、大将のいい声が店内に響く。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます