第33話 芝居をする娘

「初めまして、野地春奈です」

 恵美と一緒に喫茶店に入って来た少女は、心をくすぐるような声で自己紹介をした。

 小柄でいながら大きな胸を花型のワンピースで包んでいる。いかにもお嬢様といった雰囲気があった。

 今時珍しく、髪を三つ編みにして後ろに垂らしている。


「ね、かわいい子でしょ、住谷君、今彼女がいないって言ってたから、会わせたくって」

 恵美もなかなかの役者だと思う。

「じゃ、私はこれで、お邪魔虫はこれでドロンします」

 普段は絶対言わない言葉を残して、恵美はパフェを食べると帰ってしまった。もちろん、亮のおごりなのは言うまでもない。


「住谷君って、住谷先生の」

「うん、恵美に聞いてなかった?」

「あんな素敵な人がお母さまなんて羨ましいな」

 春奈は上目遣いで言う。成程、馬鹿な男はこれでイチコロに違いない。必殺の武器の一つだろう。


「あのね、外見に騙されちゃ痛い目に合うから、男はわからないだろうけど」

 恵美は前もってそう話しておいてくれたが、なるほどと思った。その恵美は彼女が好きではないらしいが、学校ではうまくやっているらしい。となれば、亮は恵美の方がより危険なような気はする。

 それはどうでもいい、今は恵美の忠告をもう一度頭に叩き込む時だ。失敗すると多分ややこしいことになる、亮は気を引き締めた。



「なんで、そんなことないよ。きついし、うるさいし」

「それって亮くんの、ためでしょう。悪いわそんな言い方をしちゃ。あ、私ったらあ、亮君なんて、なれなれしすぎる? いいでしょそう呼んでも」


 背中にざわっとしたものが走った、亮は実はこの手の物言いは苦手なのだ。けれど亮もそれを表情に出すほどお子様ではなかった。

「そうかなあ、でも、素敵っていえば、野地さんの方がずっと素敵だよ、赤毛のアンみたいで」

「あ、わかります? よかった、お気に入りなんです」

「赤毛のアンが?」

「ええ、あ、春奈って呼んでもらっていいですよ」


 どうやら、春奈は自分を落とそうとしている、亮は確信した。

 加賀谷が他の女子生徒に乗り換えても、亮を通じて住谷先生をバックにできる、そう考えたのだろう。


 ならば、乗ってやろう、言葉通り彼女の体に。

「春奈さんは、彼氏は?」

「私なんてもてないから、恵美ちゃんみたいには」

「恵美は彼氏がいるんだ? 知らなかった」

「え、そうなんですか、大人の彼氏がいるって、噂ですけど、羨ましいです」


「そっかあ」

 亮は明らかにがっかりした表情をつくった。

「え、もし借りて亮さん、本当は、恵美ちゃんが好きだったんですか」

「いや、そんなことはないけど」

「そうなんですか、ごめんなさいつまらないことを言ってしまって」

 春奈はそこでいったん言葉を切って亮をじっと見つめた。


「私は、私じゃ恵美ちゃんの代わりにはならないでしょうか」

 春奈は、頬を染めながら言うと、うつむいた。

 控えめに積極的、なかなかの役者だと思う。

 亮は、心底驚いたという顔をして見せた。

「え、代わりだなんて、春奈さんは恵美よりずっと」

「恵美ちゃんより?」

 小首をかしげる、徹頭徹尾役者だ。


「はるかにすてきだから、俺なんかと、あ、もしかしてからかってる」

「どうしてですか、私はそんなことしません、亮さんってなんていうか、大人っぽくて素敵だから」

「そうかぁ、そんなこと言われたことないから、嬉しいな」

「あの、このあと今日の予定はなにか」

「何も考えてない、恵美から急に呼び出されただけだから」

「そうですか、よかったあ、じゃあ、大阪城でも行きませんか」

「大阪城? いいけどなんで」

「行ったこと一度もないんです、いつか彼氏と行ってみたいなって思ってたから」


 亮はうれしさ全開という表情を作った。

「俺、中三まで京都だったから、一度も行ったことないんです。彼氏とは光栄だなあ」

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