ナツの思い出

@Gpokiu

感謝

8月 3日


「ヴィーン、ヴィーン、ヴィ〜ン……」

「は?なんそれ、」

「セミのマネ。」

「いや、セミは『みーん』でしょ。普通」

そうだろうか。確かに『ヴィーン』とは聞こえないかもしれないが、『ミーン』よりかは正確な気がする。いや、そもそも名前がミンミンゼミなのだから、ミーンミーンと聞こえる方がマジョリティなのかもしれない。

「ってか暑くない!?いよいよ夏って感じ!」

「そうだね、暑い……というより、夏いね。」

「なんそれ。んふふ、おもろっ!」

ユキはよく笑う。ころころ笑うという言葉がよく似合う笑い方をする。とても聴き心地の良い、綺麗な音だ。

「ってかもうこんな時間!?もういくね、また明日!!」

「うん。ばいばい、ユキ。」

廊下を急いで走っていく音が聞こえる。ユキは吹奏楽部に入っていて、昼休憩の時間だけ、この教室に来て私と話している。この学校の吹奏楽部は強豪らしく、夏休みの間は吹奏楽の練習が毎日行われている。

(忙しそうだな……)

そんな中でも私に会いに来てくれるのは嬉しいが、こちらとしてはユキの体が心配だ。

(まあでも、もう私は何もできない。)

できることといえば、ユキと楽しく会話するくらいだろうか。

(なんだか今日は、いつもより3倍増しで元気だったな……、疲れちゃった。少し、眠ろう___)


11月 12日


「私さ〜、吹部入ろうと思うんだけど、どうかな!」

「いいんじゃない?」

「なんか冷たくな〜い?」

冷たい冷たくないではなく、話が唐突すぎる。大体、まだ部活に入っていないユキが、なぜ土曜日に学校に来ているのだろう。

「でもさー。ここの吹部、強豪なんでしょ。大丈夫かな〜、私。付いてけると思う?」

「大丈夫でしょ。ユキ、上手だったじゃん。」

そう言った途端、ユキが驚いたような顔で私の顔を見た。意見を求めたくせに、なんでそんな顔をするのか。

「何?どうしたの?」

「……いや、なんでもないよ。ふふっ、本当に。」

ああ、いつも通りのユキの笑い声だ。でも、

(なんか、悲しそう……?)

嬉しそうにも、悲しそうにも思えるようなその表情は、なぜか私をとても不安にさせた。


2月 1日


どうしてあの時、素直にごめんといえなかったのだろう。

どうしてあの時、あんな酷い言い方をしたしまったのだろう。

どうしてあの時、どうして、どうして、

考えれば考えるほど、それが無駄なことだってわかる。どうして。でも、考えてしまう。考えていなければ、とても苦しくて、死んでしまいたくなる。

「ごめん……。ごめん、ナツミ……、」

いくら謝っても、失ったものは帰ってこない。わかっているはずなのに、

「ごめん、ごめんね、本当に……。」

(___いいよ。もう、大丈夫だから。)

「え……?ナツミ……?」


12月 25日


ああ、痛い……。ユキの家から、勢いよく飛びたした拍子に車に轢かれるって、ついてないにも程がある。全身が悲鳴をあげるって、こういうことを言うのか。いや、悲鳴というより、絶叫かぁ。なんか体、熱くなってきたし、もうダメかも……

(こんなことになるなら、素直に仲直りしとけばよかったなぁ……。)

意識が朦朧としてきた。本当に死ぬかもなぁ、私。

「ナツミ!ナツミ!」

(ユキの声がする……)

返事をしようにも、うまく声が出ない。

「ナツミ、ごめん!酷いこと言って、私、本当は怒ってなんかないんだよ!悲しかったんだよ!だから、だから!」

(わかってるよ、わかってる。だからもう、謝らないで。)

そんな悲しそうな顔しないで。泣かないで。最後くらい、笑顔でいて。あの笑い声、聞かせてよ


12月 26日


「クリスマスの次の日に練習って、やばくない?普通に。」

「やばくないでしょ、普通に。」

「え〜、ナツミも本当は嫌なくせに〜。」

「否定はしないけど。ってか昨日散々あそんだのに。」

「だから疲れてるんでしょ〜、遊びの休みが欲しいよ〜。」

「そんなに言うならサボればよかったでしょ。ユキ、上手なんだし。」

「それはそうだけど……。なつみと一緒に練習するの、楽しいから!」

「もう……、じゃあ文句言わないの。」

「つめたっ!怒らないでよ〜。」

「怒ってない。」

「怒ってるじゃん。」

「もういい。」

「もー、拗ねないでよ〜。」

「……」

「ふふっ。……また来年、一緒に遊ぼうね。」

当たり前だよ、そんなの。


8月 3日


夢を見た。ユキと、誰かの夢。

ユキ、悲しそう。必死に謝ってる、後悔してるんだ。

大丈夫だよ、ちゃんと伝わってるから。


8月 4日


「おはよー!ナツミ!」

ユキの声がする。

「うん、おはよう。」

ユキと会話している。

「いやー、今日も暑いね〜全く。」

そう、暑い、夏だ。

「うん……。ユキ、あのね」

「いや、夏い!だったっけ!まさにそのとうりだよ〜。」

「ユキ、聞いて。私ね、」

「蝉の声もうるさくてさ〜!」

「ユキ。」

「汗だくだし、もう、やになっちゃうよ!」

「ユキ!!!」


「……何、」


わかっている。

「私ね、夢を見たの」

夢に出てきたのが誰なのか。

「その夢はね、とても、とても悲しい夢なの」

今、そのことを話したら、どうなってしまうのか。

「本当の思いを伝えられなくて、苦しくて、悲しい。そんな夢、」

でも、そうあるべきなのだとわかる。それが、本当の結末。

「でも、本当は悲しい夢なんかじゃないの」


……私、ずっと謝りたかったの。


(知ってるよ)


本当は、言わなきゃいけなかったの。


(……うん)


でも、もう一度、ナツミと楽しく話したくなったの。


(私もだよ)


怖かったの、また、ナツミを失うのが。


(うん)


ごめん、


(うん、)


ごめんね、ナツミ。


(わかってる、)


ちゃんと、伝わったかな。


(伝わってるよ、ずっと前から。)


「……ばいばい、ナツミ。」


「またね、ユキ」

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