誰そ彼時の君
深風 彗
第1話 夕暮れの魔法使い
夕暮れの魔法使い。
彼女に名前を付けるならこれ以上相応しい名前は無いだろう。
何故勝手に名前を付けているかと言うと、僕は、彼女の名前すら知らないからだ。
正しくは教えてくれないんだ。
話を聞いてくれる。相談にも乗ってくれる。
けど彼女は、自分の話は一切しない。
まさしく彼女は、夕暮れの魔法使いだ。
僕、伊波 月偉(いなみるい)は、高校3年生。
4月から怒涛の入試勉強をしている。
だが、僕の行きたい大学はそれほど学力を必要とはしてない。
だからそんなに勉強はしたくない。
けど、しないと母さんに怒鳴り散らされるからとりあえず勉強はちゃんとしている。
そんな僕が、彼女と出会ったのは今年の3月だ。
帰り道に通る河川敷。
その芝生にいつも寝転ぶ様に空を見上げている彼女がいた。
最初は、気にも止めなかった。
けれど毎日、毎日。飽きもせず空を眺める彼女に興味が湧いた。
黒のロングヘア、茶色の瞳、綺麗と言う言葉がまさしく似合う女性。
誰の目にも止まらない彼女に何故ここまで、興味が湧くのか僕には分からなかった。
だからこそ何も考えずに彼女に声を掛けた。
「ねぇ、君はいつもそこで空を見上げていて楽しいのかい?」
いつにも増してぶっきらぼうな言い方をしたなと心は底から思う。
彼女は、不思議そうに答えた。
「楽しいか?と聞かれればいいや。特に楽しくは無いさ。私が空を見上げるのには色々な理由があるのだよ。少年。」
少年?
この時彼女に少年と言われ何かが引っ掛かったが、僕は気にせずに次の質問をした。
「理由って何さ?」
「それは、言えないね。君は知らなくて良い事だからさ。」
そう言うと彼女は、再び空を見上げる。
僕も釣られて横に寝転んだ。
夕焼けの空は赤みがかったオレンジ色だった。眺めている空は永遠と続いて、夕焼けの灯は、彼女の綺麗な横顔を優しく照らした。
「ねぇ、君の名前はなんで言うんだ?」
そう聞くと彼女は難しい顔をして言った。
「それは、言えないな。」
僕にはその理由が1ミリも分からなかった。
「僕、伊波月偉って言うんだ。高3なんだ。だから君の名前も教えてよ。」
まるでナンパしてるみたいじゃないか?と内心恥ずかしくて思いながらも、彼女はそんなこと気にしていない様に笑みを浮かべこう答えた。
「そうだなー。じゃあ今は"君"でいいよ。悪いな。ある決まりがあって名前は、教えられないんだ。」
「理由ってなんだ?」
「いつか、教える日が来るまで待っていなさい。ちなみに君よりは年上だ。敬語使えよ?」
彼女は、そう言うと再び空を見上げる。
とても愛おしそうに。
その日からだ。
僕が君から1ミリも目が離せなくなったのは。
そこから毎日、帰り道の河川敷に寝転ぶ君に話し掛けるようになっていた。
名前も教えてくれない君に。
彼女は、僕の相談によく乗ってくれた。
学校の友達の話。勉強の話。くだらない世間話。
何に対しても楽しそうに聞いてくれる彼女に釣られて僕も語り明かした。
仲が良くなるたびに思う。
君はどこの誰なんだ?
名前を教えてくれないのにはどんな理由があるんだ?
そう思うたびに、胸が張り裂けそうになる。
この気持ちは一体なんだ?
頭の中がぐちゃぐちゃになりながら、今日も帰路に着く。
明日こそ君の名前を知れることだけを願って。
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