第35話 小日向日和はフェアでいたい
「綾瀬さんの事は本当に気の毒だったと思うわ。だけど今の貴方の状況は何なのかしら?信じられない事に、その綾瀬さんともヘラヘラして普通に友達に戻ってるみたいだし‥」
「ちょ、ちょと待ってください!とりあえず今は俺の事はよくないですか?せっかくなんだし皆で今日は楽しく店でも回りましょうよ」
「ダメよ。日和ちゃんだけじゃなく、胡桃にまであんな事言わせるなんてハーレムでも作るつもりなの?‥まさかとは思うけど、いい加減な態度で胡桃を誑かして悲しませるつもりなんじゃないでしょうね?」
「誑かすなんて‥そんな事は絶対しません!」
強く否定するものの、柊木先輩は訝しげに俺を見たままだ。
今日は胡桃先輩のサポートのみに徹し、空気になるつもりだった。日和が協力してくれて、せっかく胡桃先輩が勇気を出して一歩踏み出して‥なのに二人に合流してからというものの、柊木先輩は早速俺に質問ばかりしている。
これじゃあ、俺のせいで今日の作戦が台無しだ。
どうやら俺は、柊木先輩の中で既にチャラ男として認定済みらしい。
これも全部胡桃先輩が変な事を言ったせい‥と言いたい所だが、今の柊木先輩の言葉こそが客観的に見た俺の全生徒の評価なのだろう。
彼女に酷い裏切りを受けたのに病む素振りすら見せず、日和や胡桃先輩、獅堂達学園のアイドルと楽しく学校生活を送っている平凡な男。瑠奈とも友達として上手くやれている。
そんな俺は、何も知らない者からすれば奇妙に映るのは仕方ない事だ。柊木先輩のように俺を変に勘繰って疑う人がいるのも当然か。ここまで立ち直る為に俺がどれだけ葛藤したか、絶望したのかは彼女は何も知らないのだから。
胡桃先輩と柊木先輩の話すきっかけは出来たし、俺はもうここに居る必要はないのかもしれない。俺がいる事で、仲直りするチャンスを無駄にする事だけは避けたい。
かといって今逃げるようにこの場を去るのも、かえって空気を悪くしてしまうだろう。
うーん、どうしようか‥
「愛梨!お願いやめて!本当にごめん優斗くん‥。私がさっき変な事さっき言っちゃったせいで‥」
「‥柊木先輩‥ゆうくんは‥そんな人じゃないよ‥?‥私が自分で好きで‥隣にいるんだよ‥?」
「でも‥!!」
「ありがとう二人とも。でも柊木先輩がそう思うのも、無理ないと思うんだよな。ごめん、ちょっとだけ離れるから三人で回っててくれ。居る場所さえ連絡してくれたらすぐに向かうから!」
胡桃先輩と日和が庇ってくれるのは本当に有難いが、一旦一人で考えようとその場を離れる事にした。
少し外の空気を吸った後、モールに戻り椅子に腰掛け考えてみる。
柊木先輩は何も悪くない。第三者にとって当然の意見だと思う。それに柊木先輩にとって日和が、それ以上に胡桃先輩の事が大事なんだろう。色々あって仲違いはあれど、言葉の端々からそれが感じられた。
俺の事情を話す事なんかに時間を割くのなんか勿体無いし、日和も柊木先輩と仲良く出来てるし俺がいなくても何の問題もないだろう。
そうと決まればいかに空気を悪くせずに帰ると言おうか‥と考えていた時、聞き覚えのある声が聞こえてきた。
「‥ゆうくん‥!」
「日和!?まさか心配してきてくれたのか?」
「‥ん‥いきなり出てっちゃうから‥それに‥さっきはごめんね‥ちょっとだけ嫉妬しちゃって‥」
「いや、全然。てか悪い、変な心配かけて。別に気を悪くしたんじゃなくってどうしようかなって思ってさ。あと、本当に胡桃先輩とは何もないからな?先輩が勝手に暴走して変な事言っただけで」
「‥ん‥分かってる‥けど‥」
「けど?」
日和は苦しそうな顔で言うのを少し躊躇った後、次に予想もしなかった事を言った。
「‥胡桃ちゃんは‥ゆうくんの事‥好きだよ‥?」
「へ???」
そんなわけがない。確かに胡桃先輩とは凄く仲が良くなったが、あくまで先輩は俺の事を弟みたいに思っているだけだ。
「もしかして、日和が最近胡桃先輩に言ってた先輩の隠し事ってそれのことか?」
「‥ん‥本当は胡桃ちゃんが言うべきだけど‥胡桃ちゃん‥私に遠慮して‥絶対にゆうくんに‥言わないと思うから‥」
確かにもしそれが本当だとしたら、本人以外が伝えるべきじゃない事だ。それでも日和が俺に言ったのは、胡桃先輩の為なんだろう。
だけどそれはきっと日和の勘違いで、胡桃先輩だってそんな事を言われればびっくりしてしまう筈だ。爆笑されていつものように調子に乗るのが目に見えてる。
「日和、それはない。本当に胡桃先輩とは言うんだったら兄弟みたいな感じなんだ。最近は確かに毎日遊んでるが、そんな感じの空気になった事も一度もないぞ」
「‥本当にそう思う‥?‥ゆうくん‥私よりも胡桃ちゃんと一緒にいる時間の方が長いよ‥?それにね‥胡桃ちゃん‥私にゆうくんの話をする時‥本当に嬉しそうに話すの‥その後いつも私に遠慮して‥謝って‥」
「うーん、そんな事ないと思うけど‥。あっ、ごめんな。前にあんな事言ったのにいくら先輩といっても仲良くしすぎて不安にさせちゃったか?」
確かに言われてみたら最近は、日和より胡桃先輩と一緒にいる時間は長い。
前にまずは友達以上の関係になりたい、と俺から言っておいて最近は日和に寂しい想いをさせていた。
勿論胡桃先輩とは何もないし浮気も無いのだが、不安にさせている事には変わりない。
もしかしたらその事で日和を敏感に感じさせてしまったのかもしれない。
「‥違うの‥!そうじゃなくて‥私が言いたいのはね‥」
反省しよう、と少し暗い顔になると、日和はそうじゃないとブンブン首を振った後真剣な顔で俺に言った。
「‥胡桃ちゃんと‥今度しっかり話そうと思う‥フェアじゃないなって‥私はまだ‥ゆうくんの恋人じゃないから‥大好きな胡桃ちゃんに‥遠慮してほしくない‥今日確信したんだ‥嘘でも‥いくら緊張しても普通‥あんな事言わないよ‥本音が出たんだと思うから‥」
俺の事を好きでいてくれて、友達にも遠慮するような事をしてほしくない。そんな気持ちが込められた漢前な言葉。
俺はというと、そこまで言われてもまだ胡桃先輩が俺の事を好きだという実感が全く湧かず無言になってしまう。
呆けた顔をする俺の顔が面白かったのか、日和が小さく微笑む。
「‥それにね‥?‥ゆうくんも‥前はああ言ってくれたけど‥私に遠慮なんかしなくていいんだよ‥?‥好きな人を選ぶ権利は‥ゆうくんにあるんだから‥遠慮なんかされなくたって‥私は自分で‥ゆうくんに好きになってもらう自信があるもん‥」
胸の前でギュッと拳を握り締める小さくて愛くるしい身体が、今日はとても大きく見えた。
「日和って‥凄くかっこいいんだな」
「ふふっ‥今頃気づいたの‥?‥でも私を選んでくれた後の‥浮気は絶対許さないからね‥?さ‥もう一緒に戻ろ‥?胡桃ちゃんが心配だし」
「あ、ああ。そうだな」
さっきまでの漢前な日和はどこへいったのか、今度はピタっといつものように身体を寄せられ一緒に歩き始めた。
ドクドクと、心臓が尋常じゃない速さで脈打っている。
あれ?‥おかしい。もう最近は慣れたもので、こうやって身体を寄せられても変に緊張しなくなっていたのに。
日和は可愛いだけじゃなく、こんなにも優しくて強い女性なんだと意識してしまったからだろうか。
緊張のせいで俺は帰るべきか悩んでいた事も忘れてしまい、柊木先輩の元へ帰ってきてしまった。だが胡桃先輩の姿は無く、今は柊木先輩一人だけだ。
後ろ姿しか見えないが、何故かその背中が凄く寂しそうに見える。
「遅れてすいません!」
「‥あれ‥?‥先輩‥胡桃ちゃんは‥?」
ポツンと一人取り残された柊木先輩が、俺たちの声に気づいて振り向く。
「やっちゃった‥せっかく胡桃の方から寄り添ってくれたのに‥私‥‥」
柊木先輩の頬は涙で濡れていた。
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