第282話 新たな一歩を
「そこに居たのか…お疲れ様」
endmが部屋に居なかったのでざっとホテルを見回っていた。
廊下の端にあった大きな窓ガラスをじっと見つめていた彼女をようやく見つけた。
『え、あ、blancでしたか。びっくりしました。』
「俺もびっくりするよ」
こんな暗いところに佇んでいる人が居ること自体驚くが。
「大丈夫そうか…?」
なんだかendmの気分はあまりよくなさそうだった。
特に異常が見れるわけでもないがなんとなく勘がそう告げたのだ。
『大会…優勝出来ましたね。』
「あぁそうだな」
俺らは【world war】というゲームにおいてスクワッド部門世界1位を獲得した。
これは歴史的快挙でもあり、永遠に名が刻まれることにもなるだろう。
数々の伝説プレイを産み出した白い流星は半日が経った今でも話題が沸騰中だ。
『本当に…本当に勝てたんですね』
「そうだよ、俺たちは勝った。夢じゃなくて本当にね」
『っ!……良かった。本当に…』
「え、あ、おい!大丈夫か?」
endmがひそかに泣き出した。
彼女の泣く姿など見たことが無かったことから凄い戸惑ってしまう。
とりあえず彼女を安心させないと、
そういう想いでいつの間にか彼女を包んでいた。
「大丈夫…か?」
『本当に嬉しい…なんだか実感が今湧いてきて』
泣き声であまり聞きなれない声の質。
でも確かにそれはendmだった。
「お疲れ様。俺たちは勝てたんだよ。世界に」
『勝てた…うぅ』
endmの涙は止まらない。
俺はどうやって止めるか考えていたが、
やがて止める必要がないことに気が付いた。
『私、Day2直前にSNSをたまたま見てしまったんです…』
俺は彼女の話を聞くことにした。
胸元に顔を隠しつつも少しずつ語ってくれた。
『絶対優勝できるって、これはendmがやってくれるって。でもそれを見た瞬間震えが止まらなくなったんです。』
『もし、ここで何も出来なかったら私は存在の価値がなくなるって。そう思った瞬間手足が震えてきてしまって。』
『試合中もずっとでした。頑張って抑えてプレイしたんですけどそれでも支障が出てしまって…………。』
「そんなことがあったのか………本当によく頑張ったな」
頭をポンポンと叩いてあげることしかできない。
でも彼女はよく頑張ったのだ。
周りのプレッシャーに負けることなく、最後まで諦めなかった。
立派な勝者であり、立派な白い流星のメンバーだ。
『第9試合が終わった時完全に終わったと思いました……。
あ、負けたんだって。結局世界には通用しないんだって』
第9試合終了時、lucusとendmはただただ気分を落としていた。
俺とwartがどうにか慰めようとしたけど、あまりうまくはいかなかった。
『でも、次の試合でblancが希望を見せてくれて。まだ舞えるんだって』
wartが俺に言ったのだ。
希望を見せて、と。
『本当にありがとうございます。私、blancに出会えて本当に良かった……。』
依然として顔は上げないので表情を見ることすらできない。
けれど俺の胸元に確かに居る彼女は少しずつ落ち着いてきたようだった。
「よく頑張ったよ。メンバー全員で勝ち取った1位だ。」
『でも私は確かに助けられました…』
「いや、別に大丈夫だと…」
『明日のデュオ大会、絶対勝ちます。』
彼女が顔を上げた。
見せた表情は泣き顔ではない。
これから戦闘に向かうのではという強いまなざしを感じた。
「当たり前だろ、絶対勝つぞ」
『はい!』
たまにしか見ることが出来ないendm。
言わば本性を露わにした彼女というべきか。
彼女の心は繊細で、人思いで。
ほんとに優しい人だ。
部屋に戻ろうと二人で廊下を歩いていた。
『ごめんなさい…』
「いや、大丈夫だよ。明日も頑張ろうな」
『はい!明日は私が存分に暴れてやります。』
「俺も一肌を……ってまたか」
endmと話していると、視界にあいつが映った。
「ごめん、先に戻っててくれないか?」
『え、あ、分かりました……』
今の彼女のメンタルで合わせるのは気の毒だなと思ったので席を外してもらう。
endmが見えなくなったあたりで俺は声を掛けに行った。
「よう、元気にしてたか?」
『誰だと思えば………』
とてもに嫌そうな顔をしてこっちを見てくる。
一方で俺は笑顔だ。
「俺ら、優勝したことくらいは知ってるだろ?」
『ええ、そうですね。』
「その、自分で言うのもあれだがおめでとうくらいないのか?」
『ないですね』
えぇ、心の声が思わず漏れるとこだった。
『だって私が出てない、出てない競技で競われてもどうすることも出来ない』
良い感じに言い訳を吐いてくる。
「そうかよ、でもお前もデュオ大会出るんだろ?」
『そうだよ、雑魚は黙って欲しいな』
「ほう、そこまで喧嘩を売ってくるとは」
流石に雑魚とまで言われる筋合いはないと思うんだけどな。
と言うのを頑張って抑える。
『優勝の気分をせいぜい味わっとけばいいじゃない。世界大会はこれからですよ』
そう言って彼女は去ろうとする。
「最後に1つ」
『なんでしょう』
彼女はその場で止まった。
振り向こうとはしないようだ、が。
「お前は誰だ」
始めて会った時からずっと印象に残っている。
彼女が俺に言った言葉1つ1つが刺さっていく。
『名乗れと……仕方ないですね』
彼女が振り向いた。
真っ暗な廊下がバックとして佇んでいる。
黒いパーカーがこの状況を際立たせる。
『Zeep、それが私のプレイヤー名。明日、お前らを蹴落とす者よ』
AQUAの相方だ………
それだけで俺の頭はいっぱいだ。
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【後書き】
次話で5章は終わりです。
5.5章で引き続き世界大会やります
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