第3話 どうすべきなんだ

「どうしたの海斗、そんな浮かない顔をして。」


俺は昨日、夜音に言われたことをずっと考えていた。

それが、顔にでも出ていたんだろう。

今日が日曜日で良かった。

もし平日だったら、授業にも支障が出ただろう。


「ちょっと、な」


そう言って、目の前の机にある朝ご飯を食べ進める。

ちなみに、作ったのはもちろん俺だ。


「相談受けよっか?」


急に椅子から立ち上がり、机に手を付きながら前のめりに聞いてきた。




どうしようか。

もしVTuberになるとしても、今やっている配信業を引退したくはない。

それを夜音に相談は出来ない。




俺の箸は止まって、黙ってしまった。






「VTuberの事でしょ?そのくらい、幼なじみなんだから分かるよ」


夜音とは親繋がりの知り合いだ。

どちらも同じ高校に進学した。

部屋が隣どうしなのはおそらく、偶然ではない。


そのせいで、ほぼ毎日のようにご飯を食べに来る。

もちろん、作っているのは俺だが…


「何を考えているかはわからないけど、皆優しいし、海斗の成績なら両立も簡単だよ」


「そうだな…」


俺はまた考える。


正直成績の維持は出来るような高校に進んだ。

プロゲーマーとして活動していたし、今でも配信者として活動しているからだ。

だから、VTuberの両立も当然出来るだろう。

でも、問題はそこではない。


(プロゲーマーとVTuberの両立、か)


勉強と配信の両立ならそこまで苦じゃない。

ゲーム配信者とVTuberで両立する場合、いつかボロが出る。

いっそ最初から公表してもいいんだが、


夜音にバレたくない。


ただの意地ではあるが、結構重要な課題だった。



俺がじっと考えていた。

だが、その沈黙は破られた。


「あ、電話だ」


彼女はポケットからスマホを取り出し、その場で電話を始めた。

俺は聞かないほうが良いかなと思い、トイレに行く。




考えすぎなのかもしれないけど、結局色々考えてしまう。


もし公表するなら一番最初の配信でするべきだ。

途中でばれてしまうといろいろと騒動になるかもしれない。

だが、元プロゲーマーがVTuberになるというのにも色々社会的にどうなのか?

そう考えるとやはり公表するべきではないと思う。






トイレから出てくると、少し話し声が聞こえた。


「機材とかは大丈夫ですか?」


「あ、出してくれるんですね」


「事務所もそこで良いと」



俺は少しずつ、ご飯を食べていたリビングへと進む。


「え?担当のイラストレーターは決まったんですか?」


俺の足は止まった。




もし、それが本当なら事務所にも迷惑がかかることだろう。

担当のイラストレーターさんも依頼を打ち切られて、迷惑がかかる。



「では、また説得します」


夜音はスマホを耳からおろした。


「それは俺の話?」


「わっ!どこまで聞いてたの!」


俺が近くに居たことに気が付かなかったらしい。

後ろ向きで電話していたので、おかしくはないが




「その話は本当なのか?」


「え、あ、うん…」


夜音は気まずそうに声を出した。



どうやら、本当らしい。


彼女によると、もうすでに話は結構出来てるらしい。

マネージャーの気迫に押されてしまったのだろうか。

だから最初に提案された時言いにくそうにしてたのだろうか。


おそらく、もっと色んなことが決まってそうな予感だ。

もしこの案を取り下げたら、たくさんの人の苦労が水の泡になるかもしれない…

まあ別にすごく嫌ってわけでもないし、言うタイミングとしてはちょうど良いかもしれない。


そう思ったので、俺は心を決めた。


「やるよ。どうやるのかは分からないからまた教えてくれ」


夜音の目は一瞬にして光った。




「え?本当に!やった〜」


右手でガッツポーズをしていた。

それに俺は苦笑する。


(はあ、チームメンバーに相談しないと…)


VTuberになることが現時点で確定してしまった。

まあ、自分で選んだ道ではあるが…


なのでやるべきことが増えた。

今日は配信も練習も無いので、ゆっくりは出来るだろう。


横では夜音がずっと喜んで何かを言っている。

だが、何言ってるか聞こえない。


「最初のコラボは私だね」


その言葉だけは聞き取れた。



そうか、コラボ配信とかがあるのか。

俺は今までの配信でほとんど自分からコラボはしてこなかった。


最近はゲリラでの配信だから、やるとしてもチームメンバーくらいだろうか。




「とりあえず、夜音の配信見て勉強しないと」


ぼそっと呟いたが、彼女には聞こえていたようだ。


「え、あ…もっといい人が居るから、紹介するね」


急に彼女は動揺し始めた。

やはり、見られるのは恥ずかしいんだろう。

少し顔も赤らめている。


 


「控えとくよ。ちなみに始めるとしたらいつくらいになりそうなんだ?」


これは結構大事だ。

予定している配信日と重なったら疑われる種となるだろう。

こういうことも注意していかないといけないのか。


「えっとね、聞いてみる〜」


右手に持っていたスマホを再び触り始めた。




俺は待っている間、二人分の食器を洗う。

夜音は家事全般が苦手だ。

高校生から二人とも一人暮らしを始めたが、そこから毎日来ていたので仕方なかった。


一学期終了時に、隣の家を訪れたのだが、部屋はすごいことになっていた。

キッチンはほぼ使わないのできれいだった。


その時は部屋を覗かなかったので今回のことも気がつけなかったが、きっとやばかったのだろう。

昨日訪れた時たまたまきれいだったのは、おそらく夏休み中に説教をしたからだろう。






「あ、決まったよ〜」


おそらくやり取りしてたのは夜音のマネージャーさんなのだろうが、返信が早い。


「で、いつなんだ」


ちょうど洗い物も終わったので、タオルで手を拭きながら彼女に近づく。



「来週の日曜日だって〜」



「は?」






来週?

そんなにVTuberになるために時間がかからないのか?

いや、そんなわけがないと思う。

だって、俺の印象も分からない。

それに、対面での打ち合わせもしていない。

イラストも1週間もあれば出来るかもしれないが、

流石に実行するまでが早い気がする…




つまりは、そこまで期待されているってことだろう。

俺のどこに惹かれたのかマネージャーさんには理解しかねるが、

まあ日程が決まったし考え過ぎないでおこう。




「ちなみに、海斗がどんな感じかはもう伝えてるよ」


「機材も土曜日に取りに行くし、そのついでに会議するよ」




まじか…

心を読まれたかのような連続だ。



「そうか、分かった。」


僕はもう考えることを止めて、頷いた。

疑問は全て解消されてそうな気がしていたからだ。


「よし、じゃあゲームでもしよ!」


そう言って彼女はテレビ下の引き出しをガサゴソする。

夜音は毎日のように訪れるので、ゲームの場所もほとんど把握している。

自分の部屋にあるゲーム機まではたぶん把握していないが、

リビング内は分かっているだろう。



「いや、俺は勉強するから…」


明日、小テストがある。

クラスが同じなので夜音も小テストはある。




「げっ、ちょっと急に家に帰りたくなったな〜」


「逃げるなよ、勉強しろ」


俺は無理やり彼女の肩を掴んで、椅子に座らせた。

そして、部屋から教材を持ってくる。




「明日は小テストが主要3教科であるんだ。お前、赤点ギリギリなんだから頑張れ」


「くっ、逃げられないか…」


彼女は唇を噛み締めていた。

そこからは、俺が永遠に勉強を教えていた。

俺は一応、毎日勉強しているのでそこまで追い込みをしなくても大丈夫だ。







彼女と向かい合って勉強をしている途中、あることに気が付いた。



なんであんな大事な電話をリビングでしていたのだろうか。

食事中とはいえ、聞かれたくない会話をわざわざリビングでする。


(もしかして夜音はわざと…)


いや、そんなわけないか。


よりにもよって彼女がそんなことをするまでの知能があるとは思えない。

そんなことが出来るくらいなら今やってる国語の問題をさっさと終わらせてほしいものだ。


余計な考えは頭の奥に引っ込み、俺はまたペンを動かし始めた。








「はあ、疲れた…。朝から勉強は死んじゃう」


夜音は椅子から離れ、テレビの前にあるソファに寝転がった。

色々と男の前で見せるべきではない隙が多いが、

今に始まったことではないので無視する。


「お疲れ様、昼は食べにでも行くか…」


俺は両親から絶対に必要以上のお金をもらっている。

それプラスで一応配信の収益も一定数もらっている。

だから、毎日外食でも困らないが、健康に悪いのは自覚しているからしない。




「やった〜。早速行こ!」


彼女はダッシュで、家を出ていった。

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