第34話 意識すればするほど相手のことが…
胎内巡りの後は、アリスの案内で清水の舞台や音羽の滝など主要スポットを効率的に回りつつ、途中で茶屋に寄っては甘味を食べる休憩を挟むのも忘れない。それでいて別れた栄一と長名を見かけることもなく、アリスは珍しく完璧なガイドぶりだった。きっと昨日長名と入念に準備したのだろう。友達のために一生懸命になれるところもアリスの良いところなんだよなぁ…意識してしまうとアリスの言動のいちいちに好感を持ってしまう。
「さっきから何ボーッと見つめてんのよ。見惚れることでもあった?」
「…っいや!別に!何でもない…」
突然覗き込まれて、思わず目を背けてしまう。
「なーんか今日の只男はちょっと変だよ。心ここに在らずって感じ。」
「ごめん…」
「ほら!今もキレがない。いつもなら嫌味の一つでも返してくるのに。なんだか普通の人になっちゃったみたい。」
「いや、元々普通の人だろ。」
「まぁ、いいけど。先に行ってるよ。」
意識し過ぎるあまりアリスに退屈させてしまったら本末転倒だ。アリスのことをどう思うとかどう思われたいとか一旦置いておいて、一緒にいる時間を楽しいものにしなくては。お椀に残った抹茶を一気に飲み干し、その苦味を景気付けにしてアリスの後を追う。
栄一達との集合場所は、地主神社という神社の門前だった。栄一と長名は先に集合場所に着いていて、遠くから見てもよくお似合いな2人だった。栄一もオタクな内面を知らなければ案外イケメンの部類に入る顔立ちだったのかもしれない。
合流して4人で鳥居をくぐり、階段を上って境内に向かう。地主神社とは名前も聞いたことがなかったが、鳥居にでかでかと「えんむすびの神」と書いてある看板が飾ってあり、ここにきた目的を察することができた。ただ、メンバーの内の2人はもうここのご利益を先取りしているが。
階段を上り終えると、通路の真ん中にポンっと鎮座している赤ん坊ほどの大きさの石が一際目を引く。
「あったあった!結構やってる人いるね!」
「本当にこんな真ん中でやるんだね!」
女性陣の反応と他の参拝客の盛り上がりから、この石がここのメインらしい。順番待ちの間しばらく様子を見ていると、奥にある石から手前の石まで目を瞑ったまま歩いて、手前の石に触ることができれば成功という願掛けであることが分かった。周りの人が声を掛けて助けるのもありらしい。
順番が回ってきてまずは長名、次にアリスという順番で歩いていくが、
「もうちょっと右右、一歩分でいいから!そのままそのまま!」
いつかのスイカ割りの時とは違って、的確な指示出しに2人の熱量の大きさを感じる。お互いの的確な指示のおかげで2人とも成功して喜び合っていた。栄一は言うまでもなく、誰かが声を出す間も無くまたたく間に成功した。
「只男もアドバイス無しでやってみるか。」
栄一の発言により3人とも口を閉ざして1人静かに挑戦することになった。
――これは、1人だけ失敗していじられるやつだ。こういう時に成功したことがないもんな。
目を瞑り、一歩ずつ慎重に踏み出す。長名とアリスのを見ていて分かったが、ここはやや右に傾いていて自然と右寄りになっていく地形だ。だから気持ち左寄りに歩いていけば…
コツンとつま先に硬いものが当たる感触がして、まさかの成功を確信した。このまま真っ直ぐ手を下ろせば石の頭に触れるはず。
下ろした手は予定通り丸い物体に触れた。しかし、予想していたような石の硬く滑らかな感触ではなく、柔らかな藻を束ねたような物体の感触であった。思わず飛び退いてしまう。恐る恐る目を開けてみると、石の横でうずくまっているアリスが悪戯っぽく笑っていた。栄一も大笑いして長名も笑いを隠しきれていない。やられた。予想通り失敗しただけでなく、アリスの悪戯にまんまと引っ掛かってしまった。
「あははっ、弾け飛んでいったね。びっくりしたでしょ?」
「何か呪物にでも触ったかと…悪戯するにしても体張りすぎだろ!アリスも周りから変な目で見られてるぞ。」
「いいのいいの。只男がびっくりして元気になったらそれでいいの。」
「確かに、今の只男はすっごい元気だったな。多分前世はバッタかノミだな。」
「バッタかノミって…すごい飛んでってたけどね。」
3人が楽しそうに話しているからこっちまでつられて笑顔になってしまう。別に元気が無いわけではなかったんだけど、元気を出させるためにアリスなりに考えてくれたんだと思うと胸に熱いものがこみ上げてくる。無邪気に何も考えていないように見えて、こうやって周りのために行動できるところもアリスの…っと、またこんなことを考えていると変に意識してしまうことになる。今はとにかく3人と一緒に楽しむことに集中しよう。
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