第32話 親友と幼馴染は二人っきりの時に…

 宿舎に戻り入浴が終わるまで栄一は何事もなかったかのように振る舞っていた。時折、同室のクラスメイトから長名とどうなったのか聞かれることもあったが、そこはぼんやりとはぐらかしているようだった。

「只男、ちょっと喉乾かないか?」

 就寝前の自由時間の時、栄一に突然誘われた。

「今日はありがとな。無理してただろ、絶叫系。」

「…バレてたか。アリスにはとことん振り回されたな。」

「ははっ、それくらいが丁度良いんじゃないか。あと、観覧車の時も助かった。あれのおかげで2人になれたんだけど…」

 突然言い淀んで顔が沈んでいく。もしや、観覧車で何かやらかしたのか!?

「俺…観覧車の中で長名ちゃんに告白したんだけどさ…」

 相変わらず暗い顔で途切れ途切れにしか話さない。やっぱりダメだったのか…

「そしたら?」

「栄一君のことそういう風に見てなかったって…それで黙っちゃって…」

 俯く栄一にどんな慰めの言葉をかければいいのか見当がつかず、短い沈黙の時間が流れる。すると、栄一がいきなり顔を上げた。

「しばらく黙ってた後さ…でも最近は男の子として好きになってるって…よろしくお願いしますだって!」

「…は?…マジか!マジかマジか!何だよそれ!ダメだった感出しながら話すなよ!」

「俺も信じらんなくてさ。今も地に足ついてないというか、現実感がないんだよ。」

「おいおいおいおいおい!今夜は宴じゃないか!良かった!本当に良かったなぁ!」

「ははっ、ありがとう。只男には抜け駆けすることになっちゃったけどな。」

「抜け駆け?特に競ってた覚えはないが…?」

「…只男もさ、いい加減はっきりさせてもいいと思うぞ、アリスちゃんとのこと。」

 そう言い残して栄一は空き缶を捨てて部屋に戻って行ってしまった。

 アリスとのこと?今までずっと意識の外に置いてきた問題を、いや、わざと触れないようにしてきた問題を、栄一に今はっきりと目の前に差し出されてしまったような気がした。

 確かに、アリスは他の女子よりも関わってるし、話していてもノリが合う。顔も美人で気さくな性格もとっつきやすくて良いけど…まぁ、そりゃあ彼女を作るなら、候補はアリスぐらいしかいないけど…アリスのことが…好きかって言われると…好き…ねぇ…

――まずい……これは、アリスが通りがかって気まずくなるやつだ。もたもたせず部屋に戻らないと。

 などと1人で考えていると狙ったようにアリスがやって来る。

「ねぇねぇ!もう聞いた?栄一君と清香のこと!私絶対あの2人はお似合いだと思ってたんだよね!」

「はぁ…まぁ…」

 栄一に言われたこともあってか上手く顔を見て話すことができない。

「清香が顔真っ赤にして教えてくれてさ…あーあ、なんか私も彼氏欲しくなっちゃったなぁ」

「彼氏って…誰かいる…とか?」

「それはいないけど…ってそんなの1番近くにいるんだから分かるでしょ!」

「まぁ、まぁ。」

「でも、今だったら私のこといいなって言ってくれる人がいたら揺らいじゃうかも。」

「そう…なのか?」

 それらしい人がいないという返事にほっとしながら、そのあとの発言に少しモヤっとする。

「うーん…やっぱダメかな…ねぇ?只男はどう思う?…好きって言ってくれる人と付き合ってみるていうの?」

「どうって…そんな…それは…流されて付き合うってのは…違うくないか?人それぞれかもしれんけど。」

 栄一と長名は付き合っているから、これから遊ぶ時間が減るだろうし、アリスまで誰かに取られたら独りぼっちになってしまう。今まで1人が嫌いというわけではなかったのに、アリスと出会ってから1人の時間が苦痛になることが増えた。

 アリスが知らない誰かと付き合っている姿を想像しようとするが、そうすると体が拒否反応を示していつも上手く想像できない。今まで意識したことがなかったが、意外と独占欲が強かったらしい。自分でも知らない自分の一面だった。

「そっかぁ、まぁ…本当は私もあんまり知らない相手とは付き合う気はないけどね。やっぱり付き合うなら気が合うって分かって、ちゃんと優しくしてくれる人じゃないとね。」

 その言葉を聞いて一瞬アリスの方に目を上げると、アリスは満面の笑みでこちらを見ていた。慌てて目を逸らしてしまう。

「も…もう消灯時間だから行くわ!…また明日!」

「またね。只男も…」

 まだ何か言っているようだったが、これ以上からかわれてもうまく返せる気がしないため、足早に立ち去って部屋に戻る。

 栄一の言葉やアリスとの会話、そしてその時のモヤモヤとした気持ちを思い返して、改めて自分の気持ちが大きくなっていることに気付いた。今まではっきりさせるのを避けていたような気がするが…もうはっきり自覚してしまったから後戻りはできない。薄々感付いていたが、こんな日が来ることは決まっていたんだと思う。きっと、初めて出会ったあの日からずっと。

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