第27話 花火大会の日、山道を進むと…
アリスの手を掴んだまま、人混みを避けて路地裏をどんどん進む。住宅街の中を少し歩くと、緩い山道に入る。やや足場が悪いが、人が通った跡もあって登れないことはない。うん、そうだ。こんな道を歩いていったんだった。
記憶と照らし合わせながらずんずん歩いていると、しばらくしてアリスのペースが落ちてきた。ふとアリスの方を見てみると、下駄が擦れて痛そうにしている。
「わっごめん!慣れない下駄でこんな道を歩いたらそうなるか…」
「いたた…でも、そんなにひどくはないし、もう少し頑張れるよ。」
「いやいや、ちょっと脱いで見せて。」
下駄の鼻緒が当たる部分を見ると少し皮がむけて赤くなっていた。血が出る一歩手前という感じだ。
「うーん、これで歩くのは難しいでしょ。でも、目的地までもうちょっとだから…よし!」
怪我をしている方の足の下駄を持ち、しゃがんでアリスに背を向ける。
「これって、あの…おんぶしてくれるってやつ?」
「ってやつ。さぁ、乗って。」
「でも…重いし…」
「初めてじゃないんだから。そんな遠慮はいらないって。」
「それなら…」
遠慮がちに乗ってきたアリスは浴衣を着ている分、前よりは重さを感じたが歩けないほどではない。ただ、緩いと思っていた坂道の傾斜が、おんぶしながらとなると結構な難所だった。
「重かったらいつでも降りるからね。」
一度背負うと言っておいて、やっぱりやめただなんて言えるわけがない。
「全然平気だけど。まぁ、楽勝過ぎて黙っちゃうからさ、何か喋っててくれたら嬉しいけどね。」
「ありがと。そうね…こうやっておんぶされるのも2回目だね。」
思い出したようにアリスが笑って続ける。
「前は只男が緊張してたのかガチガチだったよね。それに比べると今はゆったりしてて良い乗り心地よ。」
海でのやつは色々ヤバい状況だったから力んでいたのが伝わってしまっていたのか。
「なんだか、只男と会ってからこうやって2人になることは多いけど、その度に何かが起こってるよね。教頭に追いかけられたし、文化祭でいきなり舞台に呼ばれるし、何回もナンパされるし、怪我するし…ふふっ、思い出しても散々な目に遭ってるね。」
「…たしかに。」
トラブルに遭うのは昔からだったが、今年はアリスがそれに大いに巻き込まれているようだ。
「でもさ、こうやって笑い話にできるんだから、良い思い出が増えてるってことだよね。」
…そんな風に考えたことはなかった。大体貧乏クジは引かされるし、痛い思いをすることが多いから本当に恨めしく思う時期もあった。けど、言われてみると思い出は人一倍多いのかもしれない。
「そんな…考え方も…あるか。」
大粒の汗が顔を伝って何度も落ちていくのを感じる。
「そうだよ。実際、私は青俊高校に来てから只男との思い出ばっかりだもん。」
「大変なこと…ばっかりで…悪かったな…」
「全然大変なんかじゃないよ。全部、楽しくて大切な思い出だよ。だって、只男のこと…」
花火前半のフィナーレか、一際大きな爆発音がアリスの声をかき消す。
「そろそろ…近付いて…きたな。さっき…何て言った?」
「あー…只男の…只男のこと便利に使おうとする人から守ってあげるって言ったの!」
「ははっ…そりゃ…ありがたい。でも…今も…1番…使ってるのは…アリスな気が…」
「違うし!使ってるわけじゃないし!たまたまそういう場面が起こるだけだもん!いいもん、もう歩くから!」
背中の上でアリスが暴れる。
「うそうそ。暴れるなって。でももう降りてもいいか。」
すでに山道を登り終え、開けた場所に出ていた。地元の人間と思われる人がちらほら集まっている。
「ここが終点?どうしてここに?」
「それは見てれば分かるよ。」
その時、尺玉が風を切る音と共に牡丹が一瞬で花開き、夜空に大輪の儚い花を咲かせる。
「すごい…特等席…」
「ここは地元の人しか来ない穴場ってやつらしい。俺も小さい頃に連れてきてもらったことがあって。」
「良かった…見れて本当に良かった…」
言いながらアリスは顔を手で覆って涙を拭っている。
「それじゃあ見れないでしょ。しっかり上を向いてなきゃ。」
「うん…そうだね…」
花火が上がるたびに歓声を上げながら笑っているアリスの顔を見ると、さっきまでの苦労も報われるような気がした。
トラブルもあったが、こうして無事に花火も見られて、アリスも喜んでくれたことで、今回も良い思い出が増えたと言っていいんじゃないだろうか。
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