第10話 放課後の練習で足を引っ張るのはもちろん…

 放課後、種目決めに疲れ果てたので急いで家路につこうと支度をしているとアリスが話しかけてきた。その後ろには、長名と栄一が困ったような顔でついて来ている。

――種目決めの後のこのメンバーの様子……これは、アリスが張り切って練習をするとか言い出すやつだ。後ろの彼らは拒否する間もなく連れ去られたに違いない。可愛そうに。今日はただでさえ種目決めで疲れているのに、これ以上疲れるイベントは回避しなければ。

「只男、放課後時間ある?」

「あーっと、今日は心待ちにしていた漫画の新刊が…」

「じゃあ体育祭の練習をしましょ!ムカデ競争とかいうのを早くやってみたいの!」

 こちらの意見を聞かないならどうして疑問形を使うのだろう。栄一が同情顔でこちらを見てくる。きっと同じようなやり取りがあったのだろう。

「汚れるかもしれないから体操服に着替えてグラウンドに集合ね!」

 アリスの勢いに押されるようにして、自己主張の弱い3人は重い足を引きずりながらグラウンドへ向かうのだった。


「さっき体育の先生に聞いてね、大体のやり方は教わったの。」

 聞きに行った際に手に入れたハチマキを足に結びながら、アリスは嬉しそうにしゃべっている。

 グラウンドの大半は運動部が使用しているため、校舎前の隅で邪魔にならないように練習することになった。時折、校舎から下校する生徒に奇異の目で見られ、辱めを受けているような気分になる。そんな3人をよそにアリスはやる気満々といった様子で準備に勤しんでいる。

 アリスと足を結び合わせながら振り返ると、後ろでは長名と栄一が足を結び合わせている。これまた体育の先生曰く、並び順は男女が交互の方が走りやすいということだから、やる気溢れるアリスが先頭で3番目が長名ということになった。そこまでは納得できる。納得できないのは栄一が最後尾にいることだ。ちゃっかり一番目立たなさそうなポジションを確保していてずるい。栄一に問い質したところ、

「只男は広井さんのお世話係じゃん!広井さんの後ろなんて俺には畏れ多くてとてもとても!…それに目立ちたくないし…」

 と最初はもっともらしい理由をつけようとしていたが、結局は最後に本音が漏れている。巻き込まれた者同士、同情の余地はあるが何かにつけて人を犠牲にするのはやめてほしい。

「せっかくやるなら1位目指したいし、アリスちゃんを見習って頑張って練習しよう!このメンバーなら息も合う気がするよね。」

 一番に巻き込まれた被害者のはずなのに前向きな発言をする長名の殊勝な姿を見て、思わず涙が出そうになった。将来、変な宗教とかに勧誘されないように気を付けてほしい。だが、

――やたらとやる気な未経験者に加えて練習前に前向きな発言をするクラスメイト……これは、上手くいかないやつだ。長名までフラグを立ててくるなんて。

「さぁ、準備できたなら練習始めるよ!じゃあ掛け声に合わせてあの花壇まで行ってみよう!」

 アリスが溢れるやる気そのままに、どんどん仕切って練習が進んでいく。

「行くよ!せーの、いち、に…」

 元気よく掛け声が響き渡るが、足並みは全く揃わず1歩目から派手に転んでしまう。

「あれれ?おかしいなぁ?先生は掛け声に合わせて走るって言ってたのに…」

「アリスちゃん、多分どっちの足から出すとか決めてないからバラバラだったんじゃないかな?」

「へーそっかぁ、そういうものなんだね!」

 あまりのやる気の高さからアリスに一任してしまっていたが、ムカデ競争を一度も見たことがなく、ついさっき初めて先生にやり方を聞いた人に仕切らせて上手くいくわけがなかった。アリスもどうしてあんなに自信満々なのか不思議だ。

「じゃあ左足からね。せーの、いち、に、いち、に…」

 今度は歩幅が合わず、またしても転倒してしまう。

 その後何度か挑戦してみるが、リズムが合わなかったり、靴を踏んだり、また歩幅が合わなくなったりと全然思うように進めなかった。そして、薄々感づいていたが、両手を超える数の失敗を繰り返した頃はっきりと分かったことがある。それは、アリスが他と全く合っていないということだ。

「もう!なんでこんなに難しいのよぉ。只男、ちゃんと合わせる気あるの?」

「そっちこそ!暴走したり歩幅がバラバラだったりして合わせにくいんだよ。」

「それにきちっと合わせるのが2番目の仕事でしょ。」

「えぇ、そりゃ無茶だぁ。」

「もぅ、そんな言うなら私ちょっと休憩してるから只男と清香ちゃんでやってみせてよ。」

 転ぶ度に言い争いをしてきたせいもあってか、アリスは本当に疲れているようだったので休ませることにして、言われるまま長名と二人で合わせてみる。すると、1発目で花壇まですんなり到着することができた。そりゃ合わない原因が抜けたのだから上手くいくのは当たり前なのだが。

「え、すごーい!…待って…じゃあ、本当に私が合わなすぎってこと?…ちょっと、飲み物買ってくる…」

 自分に原因があったことをまざまざと見せつけられ、ショックを受けたのかアリスは小さくなってどこかへ行ってしまった。

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