第6話 文化祭で美少女を一人で待たせていると…

 文化祭当日。女装モンスター達を見た時はどうなるかと思ったが、始まってみればメイド喫茶は終日満員の大盛況だった。お客様方は男子が接客すると明らかにテンションが下がっていたが、女子を呼ぶために追加注文して売り上げに貢献してくれるから許してあげよう。被害といっても、心の弱い男子が数名心が折れかけているだけだし。

 接客として奔走しているうちに、あっという間に時は過ぎて休憩時間になった。しかし、休憩といってもメイド担当は宣伝のために衣装を着たまま文化祭を回らなくてはならない(これも栄一が提案した)ので、どこかで隠れてやり過ごすことにした。

――文化祭を一緒に回る相手もいない野郎が、メイド服を着てさらに文化祭を回りたくなくなる状況になっている……これは、誰かに見つかって引き回されて晒し者になるやつだ。急いで気配を消して隠れなければ。

「あれ、只男も休憩に入るの?じゃあ一緒に回ろうよ。」

 限りなくオーラを消したつもりで学校のぼっち飯スポットに向かおうとしたが、アリスにばったり出会ってしまった。終わった。そういえば、昨日の着替えの時の件で変な空気になるかと思っていたが、アリスはいつも通り話しかけてきた。

「いや、この服は目立つし、人気が無くて落ち着く場所でゆっくりとしようかと…」

「目立つから宣伝になるんじゃん。いいから行こ行こ!」

 言い切らないうちに腕を引かれて連行される。この流れはどんなに逆らっても連れて行かれるやつだ。無駄な抵抗をする気にもなれず、メイドのまま一緒に文化祭を回ることになった。

「日本の学校の文化祭は初めてだからわくわくするなー!どこから行こうか?」

 パンフレットを見ながら考えているアリスの横顔は興奮に輝いている。

「出店を回って、部活の展示を見てクラス展示を見て…あっ、お化け屋敷もあるじゃん!誰かさんはお化け屋敷はできないとかなんたら知ったかぶりしてたけど。」

「そりゃメイド喫茶も許可されるような学校だからお化け屋敷ぐらい…ってさっさと行こう。」

 通り過ぎる人々の好奇の目に耐えきれずアリスの手を取って歩き出す。どこに行っても好奇の目からは逃れられないのだが。


「じゃあ、あっちの店で飲み物買ってくるわ。何がいい?」

 アリスに連れ回され、出店を回り終わる頃にはすっかりメイド服にも好奇の視線にも慣れてしまい、一人で買い物にも行けるようになっていた。店員の生徒からファンシーな容器に入った映えそうな飲み物を受け取る時、少し離れた所から男女の言い争うような声が聞こえてきた。

――美少女を一人きりで待たせてしまい、その方向から男女の揉めるような声が聞こえる……これは、アリスがナンパされてトラブルになりかけてるやつだ。美少女を一人にするなんて迂闊だった。急いで戻らないと。

 飲み物を持って近付くと、予想通りアリスが中肉中背な大学生風のモブっぽい男2人に捕まっている。漫画にしたら目も描かれないような奴らだなぁ、こんなのに絡まれて美少女に生まれるのも大変なんだなぁ、などと考えているとアリスと目が合った。

「只男!遅いよ、早く早く。」

 そう言いながらアリスが腕に絡みついてくる。

「なんだよ、君が彼氏か何かかい?」

「あぁ…まぁそう…です…かね。あの、僕が言うのもなんですが、この人彼氏に女装させて喜んでるような人ですよ?あんまりおすすめは…うぐぉっ…」

 持ちうるコミュ力を総動員して彼氏感を演出するために口出ししてみたが、めちゃくちゃ言葉に詰まるし、アリスが死角から殴りつけてきたため変な声も出てしまった。男達が値踏みするようにじろじろ見てきて、明らかに馬鹿にした顔をしたのは絶対に忘れない。

「…趣味わるっ…」

 小声で的確に傷付けてくるセリフを吐き捨てて、モブ男達は別の女性に声を掛けに行ってしまった。きっと趣味が悪いと言ったのはアリスが彼氏に女装させる趣味があることに対してだろう。そうに違いない。

「確かに只男はイケメンってわけじゃないけど、趣味悪いってほどじゃないでしょ!失礼な奴らね。ん?何で落ち込んだ顔してんの?…あっ!…ごめんね。私はそんなに悪い顔だとは思ってないよ?」

 怒ったアリスは男達に悪態をついたつもりなのだろうが、せっかく逃避していた現実を突きつけてきた。雑なフォローだし、謝られる方が逆に傷を深くするんだよなぁ。

「ま、まぁ文化祭だし、切り替えよ!ジュースありがとっ!美味し!ほら、文化部の展示とかまだ見てなかったよね?どっちかな?あっちかな?」

 気をそらせようとしてアリスが慌てて歩き出すが、全く逆方向に向かっている。それを見て可笑しくなり、いつの間にか笑い出していた。アリスが元気そうなら多少傷付けられようが、そんなことどうでもよくなる。

「そうだな。もう少し見て回ろうか。ちなみに文化部の展示は逆だけどね。」

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