ひとりをこえて
choco
1
十階の窓から見下ろす街は、人々がせわしなく行き交い、こちらとの時間の動きと違うもののように感じる。
CLASSYという上場の下着メーカーに勤める葉月柊吾は、三十歳の優男だ。
この会社社長の秘書をしている。
勤続八年。真面目が取り柄。
しかし、その取り柄のおかげで、社長の専属秘書として五年が経った。
社長の坂本真一のテーブルには、女性の下着が複数枚おかれている。
今回、メディアを利用して売り出す下着にキャッチコピーをつけるべく、コピーライターを呼ぶことになっている。
社長の古くからの知り合いということなのだが……。
「社長、今日のお約束は、午後の二時です。何か、用意しておくものはありますか?」
「ああ、そうね。あの人は、甘いものが好きだから、それ系で」
社長の秘書となって五年が経つが、今回の客人と会うのは、初めてだ。ただ甘いものといわれても……。
「社長、その方のお好みは……ご存じですか?」
「え? うーん……なんだろう。わからないな……。甘くなくてもいいよ。たぶん、食べないし」
なんじゃそりゃ……。
ま、この社長のこともよくわからないけど、取り合えず、有名店の焼き菓子を用意しよう。
午後二時三十分になって、客人が現れた。
三十分遅れたにもかかわらず、なんのお詫びもなく、社長室のソファにどかりと座った。
色の白い、長髪がよく似合う、いかにもクリエイターという風貌の男だった。
「いやー、如月君、早かったじゃないか」
と坂本が、下着を持って、真向いに座った。
「え? 僕、三十分遅れたんですよ。坂本さん。」
おっとりとした口調で、話す如月は、そのあとに、葉月に視線を向けて続けた。
「ね? 秘書の君。約束は……二時……だったよね?」
まさかこちらに向けられるとは思ってもなかったので、驚いた。
「え、ええ。」
そう、応えるのが精一杯で、何よりも、如月の髪の毛を掻き上げる仕草や、指の綺麗さに目を奪われてしまった。
テーブルの上にある女性ものの下着を手に取り、坂本と談笑する如月。手にしてるものが、スケスケレースの素材なのに、何故かいやらしさを感じない。
色気があるからか。そのレースが似合うからか。
「秘書の……君は……どう?こーいうのに興奮する?」
下着をヒラヒラと見せながら聞かれて、たじろいでしまった。顔を下に背けながら小さく答えた。
「い、いえ。仕事柄、よく見ているので」
「ふーん。そう。君の名前は?」
突然聞かれて、びっくりして顔を上げると、優しく微笑む如月の瞳に吸い込まれそうになった。
「は、葉月柊吾……です」
「そう。葉月君か。僕は如月優一と言います。よろしくね」
うっすらと浮かべる笑みが、やたら色っぽく、一瞬見とれていたが、坂本からの横やりで、引き戻された。
「葉月君はね、僕の優秀な秘書なんだよ。いいでしょ」
「うん。いいね。僕も葉月くんが欲しい」
そう言う如月は、ふざけているわけでもなく、何も変わらない様子で、葉月を見つめている。
ずっと見られていることに恥ずかしさで全身が熱くなる。
如月が、会社から帰るのを見送るために、一階のホールへ一緒に向かっていたが、エレベーターの中も廊下もずっと葉月の手を握ったまま放してくれない。
社長室から出た後に、如月がサングラスをかけたので、周りからは目の悪い人をエスコートしているように見えているのか。
それでも、どこか、何か変な雰囲気を醸し出してるように思えてならない。
なんなんだ……この人は……。
エントランスに着くと、迎えのタクシーが来ていた。
「ありがとう。葉月くん。……嫌なら、嫌って言っていいんだよ」
そう耳元で囁いたあと、手を放した。
「……っ」
葉月は、とっさに耳を抑えた。
耳元での声が、良すぎて、喉が鳴った。
その様子を横目で見遣り、「ふふふ」と笑い、タクシーに乗って行ってしまった。
お辞儀をするのも忘れて、茫然とタクシーを見送った。
「葉月!」
社内に戻ろうと踵を返したところで、同期の
「誰か、来てたの?」
「ああ、新ブランドのキャッチコピーをつけてくれるコピーライターさん」
「おっ、あのブランドな。俺、担当だ」
立入は、営業部で、同期の中でも出世が早いと噂されるエースだ。
なぜだか、俺によく話し掛けてくれる気のいいやつ。
「そーいや、葉月、今度、合コンあるけど、どう?」
「ああ、ごめん。そういうの、いいや」
「また、お前は、そうやって人付き合い避けるんだから」
「社長のクセつよだけで、お腹いっぱいなんだよ。会社終わったら、即帰りたい」
話しながら社内に入り、エレベーター前で分れた。立入は、階段で行くらしい。
営業って、五階だったよな……。あいつすげーな。
人付き合いを避けている……か。確かに面倒なんだよな。
あいつは仲が良いほうだけど、みんなでワイワイするより一人で本を読んだり、映画を見る方が楽しい。
だから三十歳にもなって彼女がいないのだが。
今までもいたことはない。つまり、童貞だ。
欲求はある。そりゃ、男だから。でも一人で済ませられる。不便を感じずにここまで来てしまった。
思えば遠くへ来たものだ……なんてな。と軽くため息つく。
エレベーターの中で、如月から握られた手を見つめた。
指先の長い綺麗な手だった。ひんやりとした感触が気持ちよかったのを思い出す。
おいおい、何考えてんだ……気持ちいいって……。
あの人……は苦手だ。何かが乱される。
社長室に戻ると、坂本がどこかへ出かける準備をしていた。
「社長、どちらへ?」
確か、出張は明日からのはず。
「今日、奥さんと食事する約束してたんだよ。明日から居ないでしょ。僕……。それを昨日話したら、急遽、今晩のディナーの予約入れられちゃって。てへっ」
「……」
一週間の出張の予定を昨日奥さんに話すなんて……もっと早めに言いなさいよ。
ふぅーとため息が出たところで、坂本が真面目な顔で話し始めた。
「如月、面白いやつでしょ。僕が言うのもなんだけど、変な人なんだよね。でも、仕事はデキる。良い発想力がある。最近では小説家稼業にも精をだしてるみたい……忙しい人だよ。葉月君、如月に気に入られたみたいだね……なにか、嫌なことがあったら、嫌というんだよ。君は優しいから」
嫌なら、嫌だと言っていい……どこかで聞いたことあると思ったら、耳元で囁かれた如月の声を思い出した。
「如月も葉月君を秘書に欲しいって言ってたし。困るんだよね。ぷんぷん」
「……」
さっきの耳元への良い声事件を思い出しただけなのに、顔だけでなく首まで熱い。
どうかしている。今日の俺はちょっとおかしい。
「じゃ、行ってくるね」
そう言って、鼻歌を歌いながら出ていく坂本の後ろ姿をぼんやり見つめていた。
2
翌日、出社すると、社長室手前にある、葉月の席に如月が座っていた。
「え? 如月様? 今日はお約束しておりましたか?」
しまった。スケジュールを間違えたか。
「坂本さんは、今日居ないんだっけ?」
「はい。今日から出張でおりません。申し訳ございません。確認いたしますので、どうぞ、中でお待ちくださいませ」
焦りながら、社長室のドアを開け、如月を招き入れた。
すぐに電話しようとしていたところで、携帯ごと、手を掴まれる。
「大丈夫。焦らなくていい。今日は約束してないよ」
「……は?」
掴まれていた手をやんわりと返すと、目を細めて見つめてくる如月の顔に戸惑い、下を向いてしまった。
「では、今日はどうされたんですか?」
「葉月くんと話したくて。ごめんね。仕事中に。忙しいのに。でも連絡先知らないし。ごめんね」
な、なんだこの人は……こんなに謝られると、怖い。
葉月の両手を繋いで、ソファの背もたれに腰を掛け、葉月の顔をのぞき込むようにまた謝ってきた。
こ、この人は、やたら接触が多いんだよな……でも、なぜが嫌な感じはしない……。
「話とは、なんでしょうか?」
「僕ね、小説書いてるんだけど、行き詰ったときとか、誰かと話したくなるんだ。で、葉月くんは僕の話をきいてくれそうだったから。つい……」
少しホッとした。つい……つい、ね……。
「小説は、どういうものを書いているんですか?」
見た目は恋愛小説とか、そんなものを書いていそうだよな。
「悪の華。鬼の棲家。邪気。というタイトルの本で、カテゴリーでいうならホラーかな」
「……っ!」
嘘だろう……。俺の大好きな本が羅列されて、一瞬、頭が真っ白になった。
ホラー系の読み物が大好きで、最近、お気に入りの作家の本だ。
作家……あ! 如月そんな名前だった。
「き、如月先生。お、俺、その本全部読んでます。大好きで」
思いもよらぬ反応を示した葉月に対して、如月はいつもよりも顔が緩くなっていた。
「葉月君、もっと、話したいから、君の連絡先を教えてくれない?」
光栄なことだ。大好きな作家さんからそんなこと言われるなんて……でも、仕事の付き合いでもあるんだよな……。
会社の携帯電話番号を読み上げようとした。
「個人のじゃないの?」
と如月に問われて、戸惑った。
個人の携帯電話なんて、誰からの連絡もないし、メールも広告的なものがほとんどで、持ち歩いても見ることはない。
両親は、自分が大学生の時に、自動車事故で亡くなっている、他に家族はいない。
だから、電話の連絡先には、家族の名前はない。
あるのは、学生時代の友達数人と、歴代のアルバイト先の番号くらいで……どちらも今はかけることがない。
そんなことを……今更だけど 自分が、ひどく寂しい人間だと思ってしまった。
携帯電話を見つめて黙っていると、如月が話し始めた。
「僕の携帯電話はプライベートの1つだけなんだけど、連絡がくるのは、仕事関係ばかり。なんか、そういうの考えると、時々、自分がすごく寂しやつだと思うことがある」
驚いて、如月を見る。
今、同じことを考えていた。すごく……心にしみて……単純に嬉しかった。
「個人ので良ければ。ただ……、慣れてないから、出られなかったり、返事が遅くなったら……申し訳ないです」
そう話す葉月を見て、如月が笑った。
声を出して笑う彼が、可愛くて、胸が高鳴る。
3
携帯電話の番号を交換してから、一日に幾度も電話やメールのやりとりをした。
葉月にとっては、こういったことが初めてで、浮かれていた。
毎日、携帯電話の充電を確認する。
個人の携帯電話に、如月という存在がいるだけで、こんなにも重宝するものになるとは、思いもよらなかった。
世間話のような他愛もない会話なのに、如月は必ず、『これじゃ足りないから葉月君に会いたい』と言う。
毎回、毎回、嬉しい言葉をくれる。
この嬉しい感情はなんだ。浮かれているこれはなんだ。初めてすぎてわからない。
ただただ、気持ちが満たされている。
会社の昼食は、だいたい座席で済ますことが多いのだが、今日はちょうど昼休憩の時間に出先から帰ってきたこともあって、坂本が「たまには食堂で食べるかな」と言い出した。
社長が、会社の食堂で社員と一緒に食べるというのは、大きな企業では当たり前ではない。
食堂に一歩足を踏み入れると、各部署のお偉方が、こぞって近寄ってくる。
そうなると、秘書をしている身としては邪魔にならないように、気配を消して、そっと坂本を取り巻く群衆から離れていく。
一人、定食を食べていると、立入が真向いに座ってきた。
「めずらしいな」
坂本とそれを取り巻いている連中を顎で示す。
「おっ、うちの部長もいるじゃん」
坂本の隣を営業部長が陣取って、場を盛り上げているように見える。
「全く、リーマンて面白いよな。陰では文句三昧なのに、ああいう時は仲良ししてる」
ふざけて言う立入に、葉月は笑って見せた。
「……? おまえ、なんかあった?」
立入が驚いたような顔で聞いてくる。
「なにが?」
「いや、そんな笑った顔とかあまり見たことないし、いいことあった?」
「いや、とくに」
「あ、あれだ。彼女できた」
「違うし」
彼女じゃない……? あれ? 確かに女じゃない。あれ?
「じゃ、好きな人か」
「……っ」
好き? え? 好き? 誰のことを?
「そっか、そっか、葉月にも春がきたか」
嬉しそうに話す立入の顔を、凝視してしまう。
嘘だろう。好きなのか?
俺、如月さんが好きなのか?
立入の質問に対して、頭に出てくる人物が、ずっと如月で……そこに好きと言う言葉をはめたら、揺るがないものになってしまった。
4
好きだと自覚してしまった夜、如月から食事に誘われ、今、二人はホテルのレストランに来ている。
品のあるレストランは、接待などで訪れたことは何度もある。
でも、今日ばかりは、目の前の色気大先生がいるだけで、いつもとなにかが違う。
如月は葉月のことを優しい目で見ているが、葉月はその視線に絡まれて固まってしまう。
明らかに緊張している様子に、如月から笑われてしまった。
「葉月君、大丈夫? そんなに緊張しなくても……」
テーブルに置いた葉月の手に、如月の手が重なる。
「……っ」
ひんやりとする手の感触が心地よくて、その長い指先を絡めたくなる衝動にかられ、テーブルにおかれたワインを一気に飲み干してしまった。
食事が美味しかったとか、そういうことは覚えてない。
如月の口に運ばれるものを見つめては、唇や時々みえる舌に、興奮が湧き上げるのを感じていた。
自分がおかしくなったと思った。今まで、こんなに人に対してセクシャルに感じた経験がない。
そうして、結果、飲みすぎた。
食事も済み、片付けられていくテーブルをみつめ、このまま帰るのかとぼんやり考えていた。
もう少し、一緒にいたい……触りたい。
「葉月君、部屋とってあるんだ。休んでいく?」
下心を見透かされたと思った。
如月の頬がほんのり朱色に染まっている。
はい。と小さくつぶやき、店を出た後は、部屋がどこかもわからないのに、如月の手を引っ張って歩いている自分がいた。
俺は何をこんなに急いているのだろう。
部屋は、如月のさりげないフォローのおかげで、葉月が引っ張ていくかたちのままたどり着いた。
入ってすぐに、如月を抱きしめた。
――あぁ、俺、初めてだった。この後……どうすればいいんだ……。
腕の中で、自分を呼んでいる声に、力を緩める。
「……葉月君、力……強い」
そう言って笑う如月に、今度は葉月が手を引っ張られ、ベッドに座らせられた。
手を握ったまま、葉月の横に座る如月。
「如月先生……ごめん。お……俺、初めてなんだ。こんな気持ちになるのも……」
「僕は、葉月君が好きだけど……、恋愛的な意味で……。君は?」
如月の目が熱をもって優しく見つめてくれる。
「お、俺も好き……なんだと思う。ただ全部が初めてで……わからない」
「どういう気持ちか話して」
「き、如月先生に……触りたい」
――いいよ。そう小さくつぶやいて、如月からキスをされた。
柔らかい唇に、震えた。
啄むようなキスから、徐々に舌が歯列を割り込み、葉月の舌を吸い上げるように絡ませた。
途中、口を話し、「鼻で息するんだよ」と教えてくれた。
また、口が近づいたときは、今度は自分から如月の舌を絡ませるように吸い上げた。如月もそれに応えるようなキスを返してくれた。
1つ1つ丁寧に、如月が教えてくれる。
お互いの服を脱がし合い、体を触る。
思っていたよりも柔らかくて、温かい。
「葉月君、抱きたい? 抱かれたい?」
興奮と期待と恐怖が同時に心を揺さぶる。
わからない……でも、如月の手は優しくて自分を大事な宝物を扱うように触る。
――心地よい。
「如月さんに任せたい」
素直な言葉が出た。
如月の長い指が葉月のペニスを触る。
「……っ」
ゆっくりと扱かれながら、唇を吸われる。
頬や目元、額にキスを降らせながら、単調な手の動きが強くなる。
「はっ……」
如月の口が首筋、鎖骨と降りてきて愛撫される。小さな突起にぶつかると、甘噛みしながら舐め上げた。
「うわっ……あっ」
そんなところが、こんなに感じるなんて。
如月の手の中で、ヒクヒクしているものは先走りで溢れている。
くびれへの刺激を強められ、如月の手の中で吐精した。
「もう少し、頑張れる?」
そう言う如月の顔は、いつもの優しさの中に猛々しさがあり、雄として魅惑的に見えた。
いつ用意したのかわからないが、ローションのようなものを腹に垂らされ、まだ勃ちあがらないものを揉み込むように触ったあと、後ろに触れた。
瞬間的に葉月の腰がびくつく。
――怖い。
葉月の様子を察した如月は、優しく口づけた。
「ゆっくりするから……嫌なら……嫌だと言うんだよ」
しっかりと目を見て、子供に教えるような口調。
――嫌なら、嫌と言う。初めて会った時も言ってた。
初めから如月は優しくて、温かい人だった。
「……嫌じゃない……もっと触ってほしい」
大胆なことを言ったと気付いて全身が熱くなる。
如月の長い指が、葉月のなかに入る。
「ああっ……」
自分では思ってもみない声が上がる。
指が抜き差しされるたびに、体が熱を帯びて、肌に薄ら汗をかき、息が乱れた。
首筋の汗を舐められ、ゾクっとした。
そんな葉月の様子を楽しそうに見る如月の額にも汗が浮く。
葉月の中にある指が増やされて、中を掻き回す。苦しさで息が詰まる。
突然、痺れるような部分に触れられた。
「ひゃあっ……いやっ」
如月の指が止まり、葉月の耳元で囁いた。
「痛い?ここ」
――痛いのと違う……なんか変な感じ。
首を振ると、葉月の中にある指が押し上げられた。
「はぁ、あ、いや、あっ、あっ……」
どれくらい経っただろう。中に蠢く指が、徐々に体に馴染んで、気持ちよさにぼーっとする。
そのうち指が抜かれて、熱く漲ったものが窄みに触れた。
「挿れるよ」
如月の、扇情的な顔に見惚れ、こくりと頷いた。
ゆっくりと埋められていく行為に、声を出さずにはいられなかった。
「ん……んん……ぁ、はぁ、あぁ……」
雁首のところがのみこまれ、葉月の腰が跳ねる。ググッと奥まで入った時には、苦しさに息が詰まった。
如月の唇が、葉月の乳首に触れ、鎖骨、首筋、耳たぶに触れると、苦しさが気にならなくなる。
「全部、挿ったよ」
如月が葉月にキスをする。上顎に舌を這わせられて快感にのぼせた。
律動が始まると、不思議なくらい違和感がなく、ただただ快楽の海に溺れた。
擦れ合っている腹の間で葉月の欲望が達した。その後、低く呻く如月の声が聞こえた。
「……っん……愛してる……愛してる……柊吾」
――マジかよ……愛なんて言葉……簡単に……言っちゃ……だめ……だよ。
そう心の中で呟いて意識を手放した。
5
如月と付き合うようになって1か月が経った。
週末は、如月の部屋で過ごすことが増えた。
そこでわかったことは、如月の生活能力が低いということだった。
部屋は散らかっているし、冷蔵庫には飲み物くらいしか入っていない。
今までよく生きてこれたなと感心してしまった。
「家事は、お金を出せば、なんとかなるサービス、たくさんあるし、困ったことないんだ」
初めて部屋へ行ったときに、恥ずかしそうに、脱ぎ散らかしたシャツを片付けながら言っていたことを思い出す。
一見、几帳面で潔癖な印象があるが、中身は全くの逆で、でもそれが可愛いと思えてしまった。
葉月は、一人暮らしが長いので、家事は何の問題も無しにできる。一緒に料理を作って、一緒に食べる行為が、ごく自然で、今迄もこうしてきたかのようだった。
今朝は、社長を交えてのプロジェクト新規開発の会議があるため、社内の動きが慌ただしい。
葉月だけでなく、秘書室一丸となって、スケジュール調整、書類管理、会議室準備などで、朝から社内を駆けずり回っていた。
お昼を迎えるころには、社長、役員の昼食の準備が進められ、自分たちの昼休憩をとることができたのは、二時を回った頃だった。
自席で、サンドウィッチを食べながら、携帯電話をチェックしたが、今日は如月からのメールが一件も入っていない。
いつもは、おはようから始まり、なにかしら連絡がはいっていたのだが……。
――忙しいのかな。新作にとりかかるような話はしてたけど。まあ、今日、家に行くからいいか。
昼食を終え、会議の書類をまとめて、社長室へ持っていく。
渋い顔をした坂本が、外から見える景色を見て、ため息をついている。
「お疲れ様でございます。お茶を入れましょう」
「葉月君、ありがとう……。いやぁ、会議は疲れるな。細かい字ばかり見てると目が疲れるんだよね」
「それで、窓の外を見てたんですね」葉月は笑いながら答えた。
「……? 葉月君、最近はよく笑ってくれるようになったね」
「……」
「いや、変なこと言ってごめんね。でも、初めて君を見たときから、表情があまり変わらないな。と思っていたんだ。悪い意味じゃないけど……なんというか……気持ちを殺している……というかね。それをわざとしているのか、無意識なのか、わからなくてね」
「……」
「だから、ちょっとふざけたり、適当なこと言ったりしてたんだけど。感情の起伏がでるかなって、試してた。それでも全くポーカーフェイスだったけど。でも、最近の君は、何か感情を揺さぶる出会いがあったのかな? とても良いことだと思うよ。」
――感情を揺さぶる出会い。
途端に恥ずかしくなって、顔を赤らめた。
自分が、こんなにわかりやすい人間だったとは、まるで子供みたいだ。
その日、如月からの連絡が入っていないのは気になっていたが、仕事が終わり、真っすぐに如月の家へ向かった。
いつもは出迎えてくれるのに、チャイムを鳴らしても出なかった。躊躇ったが、鍵をもらっていたので、開けて入る。
――出掛けているみたいだ。
部屋は、暗くて、人気がない。
昔のことを思い出していた。
両親が死んで、葬式を一通り終えて、家に帰って来た時。
――独りぼっちになった。
もう、大学生だし、お金の面もなんとかなったから、生活も学業も困ることなんて何もなかった。
ただ、喪失感だけが残った。
独りになったということが、ずっと胸の中に残っていた。
――このまま如月先生が戻らなかったら……俺はまた独りになるのか。
そうだ。思い出した……。大学生の時も、社会人になった時も、付き合おうと思った人はいた……。
でも、付き合えなかった。また独りになるのが怖かったからだ。
暗い部屋、膝を抱えて、うずくまっていると部屋の明かりがついた。
「葉月君」
その声に顔を上げ、如月の顔をみると、涙でくしゃくしゃになった顔のまま、声を上げて泣いた。
自分でも、なぜこんなに泣いているのか理解できなかったけど、嗚咽が止まらなかった。
6
如月は、葉月の横に座り、背中をさすりながら、自分の身上を話してくれた。
――自分の性癖のせいで両親との距離が空いてしまった。中学生の頃に両親が離婚して、父とは連絡とっていない。どこにいるかも知らない。母は、一年前に病気で亡くなった。兄弟がいないから、僕も独りなんだ。
「初めて葉月君を見たとき、なんとなく自分に似ているような気がして……。苦しんでいた時の自分にね。だから気になってしまったんだと思う」
葉月の目元にキスしながら続ける。
「あ、でも……とてもタイプだったんだけどね」
目を細めて、ふふふと笑いながら、今度は、唇にキスをくれた。
葉月は、如月の首に腕を巻き付け、自分からキスをねだる。
床に倒され、あっという間に服を脱がされた。如月の長い指に乳首を捏ねられる蕩けるような声が出た。
「はっ、あっ……、うン」
「柊吾、気持ちいい? 僕のも触って」
深いキスをしながら、お互いの乳首を触り合う。漲るものどうしを擦り付けるように如月の腰が動いた。両方の先端から先走りに溢れ、腹を濡らす。
如月はそれを指に絡め、葉月の後ろの窄みに触れた。
「ひっ……、ひゃっ……うぅ」
「柊吾、恥ずかしがらないで、足をひらいて」
恥ずかしさに顔を背けながら、足を開くと、如月の指が中に入ってくるのがわかった。すぐに指が追加され、中を広げられたり、抜き差しされる。
葉月の腰が、がくがくと揺れ、頭の芯がぼっとする。
「き、きさ、如月せん……せ」
ふいに指が抜かれ、葉月の耳たぶを噛みながら、「優一って呼んで」と言われた。
見つめる如月は、どこか切なげな表情で、呼ぶように促す口元が色気にあふれている。
「ゆ、ゆう……優一さん、ほしい」
背中がしなるほど強く如月に抱きしめられ、幸福感に浸った。
葉月の片方の足を担ぎ上げ、如月が中に埋めていく。
「あぁぁ……、ゆ……ゆう優一さぁん……、はぁぁ……」
なまめかし嬌声がでて、如月を更に煽った。
揺すり上げるたびに、葉月の蕩けた声が上がる。
もう自分でも止められない。
――気持ちいい。
如月の手が葉月の昂りにふれると、中をきつく締めあげた。
「いや……、はあっ……あぁ……もう、もう……イク」
如月の眉根がひそめられ、同じタイミングで達した。
抱き合いながら、まどろんでいると、ぼそぼそと声が聞こえる。
顔を上げると、如月が小さな声で何かを言っている。
「え? 先生、なに?」
「あ、起きてた?」
はにかんだ笑顔で言う如月が子供のようで可愛らしい。
起き上がって、両手をつなぎ、小さく息をついてから喋り出した。
「葉月君、一緒に暮らそうか?……という言葉を伝えようと練習してた……。僕は君より年上だし、人生を終えるのは早いだろうから、また独りにさせてしまうかもしれないけど……、君が良ければ、最後まで一緒にいて欲しい。あと、食事とか、掃除とか、手伝えることはする。頑張る。だから……どうかな?」
作家のくせに、下手だな。と思って、笑ってしまった。
「先生、僕も同じこと考えてました」
嬉しくて泣きそうになるのを堪えながら言うのが精いっぱいだった。
ほんとに、ほんと? 嬉しそうに子供のようにはしゃぐ如月に抱きしめられ目を瞑る。
心の中で独り膝を抱えている自分が居なくなっていた。
――もう大丈夫だ。この先、不安があっても怖いことはない。
如月の背中に腕を回して、この満ち足りた幸せをかみしめた。
ひとりをこえて choco @cho-ko3
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