第7話 噂話

 結局……スミカについていき、何とか完走する事ができた。

 川沿いの堤防上のサイクリングロードを流して親水公園まで行き、そこで呼吸を整えつつ体操をしてから少し違う道を通って戻ってくる……というコースだった。

 もはやジョギングというよりは、長距離走と言うべきものだったけど。


 ファナはこちらの世界の風景を物珍しそうに観察しながら、とても楽しそうにはしゃいでいた。

 僕とスミカもその様子を見て、とても微笑ましい気持ちになったよ。



 そして、今朝はレンヤに会うことはなかった。

 スミカも会うのは半々くらいと言っていたので仕方ないか。

 昨日の事やファナの話もしたかったけど、学校で会えるから問題ない。



 スミカに一旦別れを告げて家に戻り、汗を流すためシャワーを浴びる。

 両親は既に仕事に出かけたあとだったが、朝食がメモとともに残されていたのでそれを食べる。

 普段は殆ど朝食は食べないのだけど、珍しく早起きした僕を気遣って用意してくれたのだろう。

 走ってきたのでお腹も空いてきたし丁度いい。

 その事に感謝しながら食べ始める。


 ……と。

 そうだ。


「ファナも食べる?」


 と、食事を指し示しながら聞いてみるが、彼女はふるふると首を横に振る。

 実は、昨日の夕食の時も両親の目を盗んで食事を勧めたのだけど、今と同じように食べようとはしなかった。


 お腹空かないのかな……

 妖精さんだから花の蜜とか?

 ……まさか虫とか食べたりはしないと思いたい。


 そう思ってると、ファナは僕の肩に乗って首筋にピッタリと張り付いてきた。

 これも昨日と同じ行動なんだけど、どういう事なんだろう?

 もしかして、僕の何らかのエネルギーを吸収してるとか……だったりして。

 そうだとしても特に違和感は無いし、取り敢えず好きなようにさせておいた。



 さて、まだ登校時間まで余裕はあるけど、それほど時間をかけられるわけでもないから早く食べてしまおう。





◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆






 朝食を食べ終わって食器を洗い、歯を磨いてから制服に着替え……いつもより少しだけ早く家を出た。

 いつもはギリギリだから気持ち足早になるんだけど、今日は余裕を持ってのんびり歩いていけるね。



「ファナ、大丈夫?」


「ダイジョーブ!」


 流石に肩に乗せて登校するのは目立つと思い、彼女には通学鞄の中に隠れてもらった。

 隙間からちょこんと顔を出してるけど、パッと見はマスコットキャラのように見えると思う。

 もしかしたら僕たち以外には見えないのかもしれないけど、念のためだ。


 ファナには身振り手振りも交えて説明には苦労したけど、どうにか伝わった。

 その甲斐もあって、またいくつか言葉も覚えてくれたかもしれないね。





「ユウキ!」


「あ、スミカ!さっきぶりだね」


 家から出て学校に向う途中でスミカに声をかけられた。

 朝一緒に走ったから登校するタイミングも同じになったみたい。



「スミカ!オハヨウ!」


「あらファナちゃん、そんなところに……まあ確かにそれなら違和感ないかもね」


「そうでしょ?他にもファナが見える人がいるかもしれないからね」


 レンヤは、(心が汚れた)大人には見えない……なんて言ってたけど、条件はハッキリと分かってないから用心するに越したことはない。

 あるいはファナ自身の何らかの能力によるものかもしれないけど、現状はそこまで詳しく話を聞き出せるほどには言葉が通じないからね。





 さて、スミカと他愛のない話をしながら歩いていると、先の方をレンヤが歩いているのが見えた。

 僕たちは彼に追いつこうと速歩きになる。

 そして。



「「レンヤ、おはよう!」」


「ん?あぁ、二人とも……おはよう……」


 あれ?

 なんだか元気がないな……?


 昨日はレンヤの大好きな神秘にイヤというほど触れる事ができたのに……予想外のテンションの低さだ。


「どうしたの?レンヤのことだから、昨日の事でもっとハイテンションになってるものだとばかり……」


 僕がそう尋ねると、彼は普段とは異なり少し億劫そうに応える。


「あ〜いや、まぁ……まさにその通りだったんだけどな。実は、あのあと家に帰って……爺様の店の本を片っ端から漁って、千現神社に関係しそうな書物を調べてたんだ」


「……あんたまさか、徹夜したの?」


 呆れを含んだスミカの問に、彼はバツが悪そうに目を逸らして頬を掻いた。


「……呆れた。もう、程々にしなさいよ?もうすぐ期末試験もあるんだから」


「分かってるよ。だけどあんな事があって居ても立っても居られなかったんだよ」


 ……まあ、レンヤだからね。

 あれだけの神秘を前にしたんだからしょうがない。



「と、それより。その鞄のやつ……昨日の……?」


「あ、そうそう。彼女はファナって言うんだ。ファナ、彼はレンヤだよ。レ・ン・ヤ、ね」


 これまでと同じように、レンヤを指さして名前を教える。



「レ・ン・ヤ……レンヤ!ワタシ、ファナ!ヨロシクネ!」


「おぉ……話ができるようになったのか……よろしくな」


「まだ挨拶くらいだけどね。でも言葉を覚えるの、凄く早いよ」


 簡単な会話くらいなら直ぐにマスターしそうな勢いだと思う。


「そうか、それは楽しみだな。異世界のことを色々聞けるかもしれん」


「あんたもブレないわね……」


 ホントにね。



 ともあれ、昨日の冒険のメンバーも揃って……もう少しで学校に到着する。

 いつもは一人だけど、こんなふうに皆で賑やかに登校するのも悪くないね。

 明日も頑張って早起きしようかな。





◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆





 クラスの違うレンヤと別れて、僕とスミカは教室に入る。

 一瞬だけ注目が集まったけど、直ぐにもとに戻る。


 それは普段から見慣れた光景……のはずなんだけど、今日は何だか少し雰囲気が違うような……?



「……何か、みんな神妙な感じだね」


「変な空気よね……ちょっと聞いてみるわ」


 そう言って彼女は手近にいた女子のグループに向う。

 僕は少し気後れしてしまい、取り敢えず自分の席に座ることにした。


 そうしながらも、それとなくクラスメイトたちの話に聞き耳を立てる。





「…………で、一年生の…………が、家に帰ってないんだとよ」


「…………家出じゃないのか?」


「いや、それが……なんか、突然消えたって」


「消えた?」


「一緒にいた同級生が目撃したとかで、『神隠し』だなんだって大騒ぎしてるんだと」


「なんだそれ?」





 ………『神隠し』?


 どうも、そこかしこのグループで話をしているのはどれもその話題のようだ。


 断片的に聞いただけではあるけど、整理すると……どうやら一年生の誰かが友人たちの目の前で忽然と姿を消したらしい。

 ただ、どうやらその瞬間を見たわけではなく、目を離したほんの一瞬のうちに居なくなっていた……ということのようだ。




 僕はその話を聞いて真っ先に『千現神社』での出来事を思い出していた。

 昨日は何とか帰ってこれたけど、もし帰れなかったら僕たちも行方不明になっていた事だろう。

 もしかしたら……その消えた生徒は、『異界』に消えてしまったのでは?


 そこまで考えた時、スミカが僕のところにやって来た。



「ねえ、聞いた?」


「『神隠し』だって?」


「うん。……それって、多分アレよねぇ?」


「断定はできないけど……」


 とは言ったものの、あの不可思議な出来事が関係している可能性はかなり高いと思う。



 ともかく、今このクラスでは……いや、学校全体がその噂話でもちきりになっているらしかった。

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