第6話 妖精さんといっしょ

 19時半ごろには家に帰ってきた。

 母からは『あら、今日は遅かったのね?』と言われたけど、それだけだ。


 やはり肩に乗った妖精は見えないようで、それは夕食時に同席した父も同様だった。




 そして今は自室に戻り、勉強机に向かって教科書やノートを広げて宿題をやりながら、今日一日の出来事を振り返っているところ。

 僕の肩に乗っていた妖精は、物珍しげに部屋の中を飛び回ってあちこち観察したあと机の上にやって来て、ノートにペンを走らせる様子を真剣な様子で見ていた。

 ……一緒に勉強してるつもりなのかな?



 宿題が一段落したところで、僕は彼女に話しかける。


「ねえ、キミ……君はなんて名前なのかな?」


 いつまでも『妖精』と呼ぶのも不便だし、名前があるなら知りたいところなんだけど……

 彼女はキョトンとした様子で首を傾げている。


 まぁ、通じないよね……でも。


 気を取り直した僕は、自分を指さして続ける。


「僕はね、『ユウキ』って言うんだ。わかるかな?ユ・ウ・キ」


『¥6¥-^^€……ユーキ?』


 彼女は僕を指さしてそう言った。


「おっ!通じた!そうそう、僕はユウキだよ。で、君は何て言うのかな?」


 今度は彼女を指さして、再び聞いてみた。

 今度は分かったと思うんだけど……


『$π=¢〜……ふぁな!』


 彼女は自分を指さして、ハッキリとそう言った。


「ファナ……そうか、君はファナって言うんだね」


『ユーキ!ふぁな!ユーキ!ふぁな!』


 僕と自分を交互に指さして、お互いの名前を繰り返す彼女。

 とても嬉しそうにはしゃいでいるのを見ると、ほっこりする。




 こうやって少しずつでも、コミュニケーションを取っていけたらいいな……






◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆




『ユーキ!!ユーキ!!』



 翌朝。

 ファナの声で目が覚める。

 ベッドに寝る僕のお腹の上で彼女は、ぴょんぴょんと跳ねながら名前を連呼していた。

 一瞬だけ彼女の存在を忘れてギョッとしたが、すぐに昨日の出来事を思い出す。



「ふあ〜…………ファナ、おはよう」


『オハヨウ?……ユーキ、オハヨウ!!』


 それを朝の挨拶だと理解したのだろう。

 満面の笑顔で真似をするファナ。

 うん、やっぱり可愛い。

 それに、なかなか頭も良いみたいだね。



 それにしても……まだ部屋の中が少し薄暗いな。

 いつも起きる時間よりかなり早いのだろう。

 寝ぼけ眼を擦りながら壁にかかった時計を見る。


「……まだ5時じゃないか」


 夏だから既に外も明るくなり始めているみたいだけど……普段の起床時間よりかなり早い。


 普段の僕は非常に朝が弱いので、いつも登校時間ギリギリまで寝ている。

 でも今日は割とスッキリ目覚めることができた。

 多分、昨日は思いがけず運動することになったら適度に疲れて深く眠ることが出来たのだと思う。



「う〜ん……ちょっと起きるには早すぎたね。でもすっかり目が覚めちゃったし、二度寝するのもなぁ」


『?』


「……せっかくだし、ジョギングでもしてみようか?」


『じょぎんぐ〜?』


 もしかしたらレンヤやスミカにも会えるかもしれない。

 昨日は運動不足を露呈して、少し思うところもあったしね……



 思い立ったが吉日とばかりに、僕はベッドから降りて学校指定のジャージに着替える。

 少々野暮ったいけど、ランニングウェアなんて上等なものは持っていないのでしょうがない。


 出かけることを察したらしいファナが僕の肩に乗る。

 どうやらそこが定位置になるみたいだね。



 自室から出てリビングに向かえば、早くから仕事に出かけるため既に起きていた両親に驚かれる。

 走ってくる、と言えば益々驚かれる。

 まあ、その驚きは当然だろうけど、『どこか頭でもぶつけたの?』って、それは失礼じゃなかろうか?


 家族とそんなやりとりをしながら、僕とファナは昇ったばかりの朝日で赤く染まる町へと繰り出した。





◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆




 さて。

 ジョギングなんてもちろん初めてだから、特に走るコースは決まっていない。

 取り敢えずスミカとレンヤの家の前を通って適当に行きますか。

 タイミングが合えば二人にも会えるかもしれない。



 夏場ではあるけど、まだ早朝ということもあって気温はそれほど高くはない。

 とはいっても軽く走ってるだけでも汗が出てくる。

 帰ったらシャワーを浴びないとね。


 ファナは肩から降りて、僕と並行して飛んでいる。

 昨日からずっと僕にくっついて離れないけど、楽しいのかな?



 すぐに、スミカの家の前までやってくる。

 ご近所さんなので本当にすぐそこだ。


 彼女の実家は生花店。

 当然ながら今はシャッターが降りていた。

 この辺は昔ながらの商店街になっていて、並びにはスーパーや酒店、本屋、薬局……などなど。

 今は閑散としているけど、日中は買い物客でそこそこ賑わっている。


 因みに、レンヤの家は森瀬家である生花店から数軒先に進んだところにある古書店。

 彼の祖父が営んでいる古めかしい店だ。

 客が入ってるところはほとんど見たことがなく、半ば趣味でやっているような感じ。

 僕は結構、雰囲気が好きだったりするんだけどね。




 ……と、ちょうどスミカが生花店の横、住居に通じる路地から出てきた。


「おはよう、スミカ」


「え?あれ?どうしたの、ユウキ?」


 僕が声をかけると、彼女は目を丸くして驚いている。

 まあ、予想通りの反応だ。



「いや、この娘……ファナに起こされちゃって。せっかくだから僕も走ろうかな……って」


 僕とスミカが話し始めると、並んで飛んでいたファナは僕の肩にとまった。


「あ、昨日の妖精ちゃんも一緒なのね。良いじゃない、これからずっとそうすると良いわ」


「今日はたまたまスッキリ目覚めたけど……これからもそうなるとは限らないけどね」


「習慣化できると良いわね。ところで『ファナ』って……もしかして言葉が通じたの?」


「ううん、何とか名前だけ聞きだしたんだ。でも、この娘なかなか頭が良いみたいだから、頑張ってコミュニケーション取り続ければ言葉を覚えてくれるかも」


 そう言いながらファナの方を見ると、何だか得意げな顔をしているような気がする。

 雰囲気から自分が褒められてるのを感じたのかな?


「そうだ、ファナ」


 なあに?という感じで彼女がこちらを向いたので、僕はスミカを指さしながら言う。


「彼女の名前はスミカって言うんだ。ス・ミ・カ。わかった?」


「あ、私の事を紹介してくれるのね!ファナちゃん、よろしくね」


 ファナは僕とスミカを交互に見てから、嬉しそうに言う。


『スミカ!スミカ!よ、ヨロシクネ……?』


 どうやらスミカの名前も覚えてくれたみたいだ。


「うんうん、よろしくね!……それにしても、やっぱり可愛いわ〜。いいな〜、ユウキ。ねぇファナちゃん?ウチに来ない?」


『?』


「うちの娘は渡さん!……なんて」


「あはは!ユウキってば、すっかりファナちゃんの事気に入ってるじゃない」


 まあね。

 昨日の今日だけど……なんか不思議と、それくらいの愛着が湧いてるんだよね。





◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆



 と言うことで。

 スミカを加えて、僕たちは再び走り始める。

 彼女が普段走るコースを案内してもらうことになった。


 ここから結構離れたところにある川沿いの大きな公園まで行って、そこで整理体操してから戻ってくるのが日課らしい。

 あそこって確か……片道2〜3キロくらいなかったっけ?

 往復で5キロ以上はある道のりだ。

 朝のジョギングにしては随分がっつり走ってるんだ。

 ……ついていけるかな?



「それにしても……もっと他の格好は無かったの?」


 スミカが走りながら僕の格好にツッコミを入れてくる。

 そう言う彼女は、有名スポーツブランドのランニングウェアでバッチリ決めている。

 まさにスポーツ美少女って感じ。

 汗ばんでリズミカルに息を弾ませる様が、健康的な色気を感じさせる。


「はぁ……はぁ……走りやすい服がこれしかなかったんだから、しょうがないじゃない」


「ホント、服とかには無頓着よねぇ……せっかく素材が良いのに、勿体ないわよ」


 そうかな……それは幼馴染の贔屓目じゃないだろうか?

 まあ、服とかにこだわりがないのは彼女の言う通りだけど。


「こんど、私が服を選んであげるわよ」


「はぁ……はぁ……い、いいよ、別に……はぁ……ふぅ……それより、レンヤは合流しないの?」


「別に約束してるわけじゃないもの。時間もきっちり決まってるわけでもないし。たまたま合うときもあれば、そうでないときもあるわよ」


「はぁ……ふぅ……そうなんだ……」


 じゃあ、今朝会えるのかも分からないか。



「ま、コースは大体同じだから時間が合えば何処かで会えるかもね」


「はぁ……はぁ……」


「なあに?もう息が切れたの?まだ1キロちょっとくらいよ?……昨日も思ったけど、ユウキはもう少し体力付けきゃね」


 僕が体力ないのはそうだけど……スミカは体力ありすぎじゃないか?

 昨日もそう思ったけど。


『ユーキ!ガンバレ〜!!』


 ファナが覚えたての言葉を使って応援してくれる。

 彼女は今、飛ぶのをやめて僕の頭の上にしがみついていた。

 肩は大きく揺れるからそっちにしたらしい。

 いいねキミは、楽が出来て……


「ふふふ、こんな可愛い娘が応援してくれるんたから、頑張らないとね?」


 はいはい、頑張りますよ。

 しかし、これを日課にするのは、僕にはちょっと無理そうかも……

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