第4話 竜
「ど、どどど……ど、どうするの!?」
「どどどどどうしようか!?」
スミカとレンヤがあたふたしながら言う。
この二人がこんなふうになるなんて珍しい光景かもしれない。
僕はその様子を見て、かえって冷静になることが出来た。
「二人とも落ち着いて。あまり大きな声を立てたら、ドラゴン起きちゃうよ」
そんなふうに二人を諫めるくらいには。
そして、僕は目の前に『でんっ!』と横たわって道を塞ぐ巨体を観察する。
……うん。
紛うことなきドラゴンだね。
ゲームや漫画なんかで出てくるイメージそのものだ。
目を閉じて眠っているようだが、そのいびきは地鳴りのように辺りの空気を震わせていた。
「……ユウキって、けっこう肝が据わってるわよね」
「……だな」
落ち着きを取り戻した二人がそう言うけど、三人が三人とも取り乱す訳にはいかないでしょ。
とは言っても……さて、どうしようか?
大して広くもない道を塞ぐどころか、その巨体は森の繁りにまではみ出して完全に通せんぼ状態だ。
「……こうなると、避けていくしかないけど」
「え〜……この格好で藪の中に入ってくのぉ……?」
僕たちは下校してから家には帰らず直接ここにやって来たので、まだ学校の制服のままだ。
肌の露出が多いまま藪に分け入るとなると、細かな擦り傷切り傷も覚悟しないとならないだろう。
スミカが渋るのも無理はない。
僕だって御免被りたいところだ。
こんな場所を彷徨う事になると分かっていたなら、相応の服に着替えたのだろうけど……そんな事、予想できるはずもない。
「とは言ってもな……こいつを起こすわけにもいかないし、この先に進むにはそうするしか……」
と、レンヤが言いかけたところで、彼は何かに気がついたように言葉を切る。
その違和感には僕もすぐに気がついた。
「あ、あれ……?い、いびきの音が……」
あれほど周囲に響き渡っていた、ドラゴンのいびきの音が……いつのまにか止んでいる?
……僕たちは三人揃って、そ〜……っと恐る恐る視線をドラゴンの方に向けた。
すると。
……バッチリ目が合った。
先程までは閉ざされていた瞼が開かれ、縦長の瞳孔をした金色の瞳がこちらをしっかりと見据えていた。
「「「起きたぁっ!!!???」」」
流石に今度は僕も落ち着いてはいられなかった。
「どどどどどどうする!!??」
「にににににに逃げなきゃっ!!」
「どどどどどどこにっ!!??」
三人ともパニックになって喚きながら右往左往する。
とにかく落ち着いて行動しなければ……!
と、何とか冷静になろうとした時。
『騒がしい
「「「シャベッタァッッッ!!!???」」」
再び大混乱。
目の前のドラゴンから、確かに意味のある言葉が聞こえてきたのだ。
『何を驚いている。竜が喋るのは当たり前だろうに……ん?あぁ、そうか。お前たちは異界の者か』
「い、異界の者……?」
まだ頭の中は混乱しているけど、言葉が通じる事が分かったのと、襲いかかって来る様子もないので、多少は冷静になる事ができた。
『何百年ぶりにか【道】が開いたのでな、古い友人に会いに行くところだったのだが……どうやら途中で眠りこけてしまったようだ』
「友人……?」
『うむ。この地の守護を司る龍神だ』
「龍神?……確か、千現神社には『千現雷火権現』と言う神様が祀られていて、それが龍神の姿だって伝承があるな……」
流石はレンヤ。
その手の話は得意だね。
しかし、このドラゴンが会いに来たと言うのが、その龍神なんだろうか?
と思っていると、当の彼 (?)がそれを肯定する。
『確かそんな名前だったような気がするな。長ったらしいから我は『ライカ』と呼んでいるが。ああ……我の名はゼアルと言う』
ドラゴン……ゼアルさんが名を名乗ってくれたので、僕たちも自己紹介する。
何とも不思議な感じだ……
それにしても、千現神社に祀られてる龍神に会いに来たと言うことは……その龍神は実在するってこと?
「結構わたし達の町も、ファンタジーしてたのねぇ……」
「それは今更だね……さっきも目の当たりにしたばかりだし」
「それはともかく……すみませんが、そこを通してもらえませんか?」
そうだった。
もうかなり空は薄暗くなってきていてる。
完全な暗闇になる前に、どうにかここを脱出したい。
『おお、そいつはすまなかったな。ちょっと待っていろ』
そう言うと、ゼアルさんの巨体が眩い光に包まれる。
そして、それはみるみるうちに縮んでいき……
光が収まると、そこには赤髪赤眼の青年が立っていた。
僕とスミカは、あまりにも不思議な光景に絶句するが、レンヤは感慨深げに呟く。
「ドラゴンが人型になるのはお約束だけど、実際に目にするとは……」
「これで通れるだろ。……俺もこの姿のまま進んだほうが良さそうだな」
竜の姿のときより少し砕けた口調でゼアルさんは言う。
確かにあの竜の姿まま神社まで行ったら、巫さんが腰を抜かすだろう。
……いや、もしかしたら彼女なら、それほど驚かないのかも知れないけど。
「お前たちは向こうに行くのか。……だいぶ空間が不安定になっているな。よし、お前たち、これを持ってけ」
と言って彼が僕たちに手渡してきたのは……
「あ、これ……竜の鱗?ゼアルさんの?」
深紅の金属光沢を持つそれは、先程までの竜形態の彼自身の物と思われた。
「おう。こうなると危険なヤツに遭遇する可能性もあるだろう。見たとこお前たちは戦闘とは無縁そうだが……ソイツを持っておけば雑魚は近寄ってこねえはずだ」
「ありがとうございます。……『無事カエル』よりはご利益がありそうな御守りだわ」
「巫さんに失礼だよ、スミカ」
……とは言ったものの、ちょっとだけ僕もそう思った。
僕の手の中で宝石のように煌めくそれは、いかにも特別な力を持っているように感じられる。
そうして竜の鱗をつぶさに観察している時、ふと視線を感じた。
そちらを見ると、ゼアルさんと目が合う。
彼は僕を不思議そうに見ていた。
「どうしました?僕が何か……?」
「あぁ……いや。お前さん……ユウキだったか?何となく知り合いに似てる、と思ってな……」
「知り合い?」
「雰囲気が少しだけな……。まあ、気にすんな。とにかく、気を付けて帰れよ」
そう言うとゼアルさんは、神社の方に向かって道を歩き始める。
僕に似ている人というのは気になるけど、もうこれ以上話をする気はないみたい。
「ゼアルさん、ありがとうございました!」
歩き去る背中にお礼を言うと、彼は振り向かずに森の道を進みながら片手を上げて応えてから……やがて姿が見えなくなった。
そして僕は再び手の中に視線を落とし、
◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆
「あ!!あれっ!!」
「入口のところの鳥居か!?」
「か、帰ってこれた……のよね?」
ゼアルさんと別れて再び道を進むこと暫し……30分くらいは歩いただろうか?
とうに日は落ちて、空は茜から群青を経て闇に沈むところ。
スマホを見れば、時刻は19時を少し過ぎたところだった。
更に、先程まで圏外を示していた電波状態も今は正常となっている。
そして、鳥居をくぐった先は見慣れた住宅街。
ようやく僕たちはここまで戻ってこれたんだ。
「二人とも、門限は大丈夫か?」
「ギリギリね。少し小言は言われるかもだけど、まぁそこまで大事にはならないわ」
「僕も大丈夫だよ」
ウチはそこまで五月蝿くはない。
もう少し遅かったら流石に心配するだろうけど。
「そっか、良かった。じゃあ帰ろうか」
僕たちは三人とも家は近所同士、帰る方向は同じだ。
少し足早に帰路に着く。
こうして、朝の妖精との邂逅から始まった不思議体験は終わりを告げた。
レンヤじゃないけど、もっと色々と調べてみたい気持ちはある。
だけど、ちょっと僕たちの手には負えない危険性がありそうだし、冒険はここまでにしておこう。
明日から再び何の変哲もない日常が続いていくんだ。
この時の僕は、そう思っていた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます