ずるいずるいが口癖の妹なんて、幸せになってしまえばいいのですわ

アソビのココロ

第1話

「お姉様ったらずるいですわ」


 またですか。

 思わずため息が出てしまう。

 妹のシャーロットはいつもこうなのです。

 わたくしの持ち物を欲しがるというか。

 貴族らしくないと考えないのでしょうか?


「あの若葉色のドレスは私にこそ似合いますわ。譲ってくださいませ」

「でも……」


 シャーロットは特に服に執着が強いです。

 センスもあるのですよね。

 確かに赤みが入った髪色のわたくしよりも、明るいクリームの髪のシャーロットにこそ若葉色のドレスは似合うとは思います。

 でもわたくしにはパーティーに着ていけるようなドレスがあれしかありませんし。


 お父様が言います。


「アイリーン、シャーロットに譲ってあげなさい」

「お父様……」

「お前のドレスは新しく仕立てればいいだろう」


 お父様までこんなことを。

 シャーロットには甘いのですから。

 わたくしの婚約者チェスター様からの支度金があるとはいえ、うちブリュー子爵家の財政状態がわかっているのかしら?


「あら、いいですわね。見立てには私も同行いたしますわ」


 またため息が……。

 シャーロットがついてくるのは、どうせいずれそのドレスもちょうだいと言い出すからでしょう。

 自分にも似合うようにしたいだけですわ。


 ……まあ新しいドレスも久しぶりですわ。

 シャーロットの見立てに間違いがないのも事実ですし。

 気持ちを切り替えて、いい面も考えましょう。


          ◇


 ――――――――――チェスター・フレミング伯爵令息視点。


 僕の婚約者アイリーン・ブリュー子爵令嬢は、地味な顔立ちだが煙るような穏やかな笑顔が可愛いと思う。

 やや赤みがかったウェービーな髪は美しい。


 学院では努力家として知られていて、高位貴族でもないのに常に成績上位をキープしているため、本人は知らないかもしれないが密かに一目置かれている。

 それでいて慎ましやかなので、好感を持っている令息は多いのだ。

 フレミング伯爵家を継ぐべき僕にとっては理想的な婚約者ではないか。

 唯一欠点があるとすれば……。


 執事が言う。


「シャーロット嬢がおいでになりました」

「予定通りだな。通してくれ」

「は」


 婚約者のいる僕がその妹と会うのはまずいだろうって?

 バカな。

 僕とシャーロット嬢はそんなのではない。

 互いの従者もいるから、二人きりで会っているわけでもない。


「やあ、シャーロット嬢。今日も可憐だね」

「嫌ですわ、お義兄様ったら」


 シャーロット嬢は僕を『お義兄様』と呼ぶ。

 僕はまだアイリーンと結婚しているわけではないから、正確には『お義兄様』ではない。

 しかしこれはシャーロット嬢なりの節度なのだろうと思っている。

 僕のことを姉の婚約者以上の思いで見ていない、僕とアイリーンの婚約を心から歓迎している、という。

 シャーロット嬢もまた、アイリーンの妹だけあって賢い令嬢であるから。


「で、どうかな?」

「はい、お姉様を仕立て屋に連れ出すことに成功しました」


 ホッと胸を撫で下ろす。

 アイリーンはある意味しっかりし過ぎているのだ。


「お姉様は締まり屋過ぎるのですわ」

「その意見には全面的に賛成する」


 四年前の豪雨による災害でブリュー子爵家領は大きな被害を受けた。

 子爵家の財政状況はある程度理解しているので、倹約に拘るアイリーンの考えもわからないではないが。

 シャーロット嬢が悟ったような顔で言う。


「お姉様は自分の婚約が成立したので、家と私のためになるべく自分にはお金を使わないようにしているのですわ」

「実にアイリーンらしいが」


 しかし困る。

 貴族には見栄を張らねばいけない場面もあるから。

 特に社交の場は戦場だ。

 教養やマナーに不足はないアイリーンであっても、ドレス・アクセサリー・化粧・髪型等、全てが戦闘力に加算されるのだ。

 その点アイリーンは諦めてしまっているふしがある。

 フレミング伯爵家に嫁ぐ立場である者がそれでは困るのだ。


「お義兄様の目の色髪の色の配慮した、お姉様に似合いのドレスになりますわ。アクセサリーも見繕っておきました」

「すまないね」


 アイリーンの一張羅の若葉色のドレス。

 似合っていないとは思わないが、少々型遅れではないだろうか?

 いや、女性の流行に詳しいわけでもない僕がそう感じるくらいだから、よろしくないのだろう。

 また僕の婚約者としては少々子供っぽく思える。


 本来なら僕が付き合ってドレスを仕立てるべきなのかもしれないが、女性の服などわからないからな。

 アイリーンに任せると値段で決めてしまうだろうし。

 そこでセンスのいいシャーロット嬢に見立てを頼んだのだ。

 王家主催の夜会に十分間に合う。


「お姉様をよろしくお願いいたしますね」

「もちろんだ」


          ◇


「全部聞きましたわ」

「あら、お姉様」


 チェスター様とシャーロットがしばしば会っていることを耳にしました。

 家と家との結びつきならばチェスター様とシャーロットでも構わないとはいえ、チェスター様はわたくしの婚約者なのです。

 悲しいではありませんか。


 チェスター様に説明を求めました。

 予想外の答えが返ってきて驚きです。

 わたくしの見映えを何とかしようと二人が画策していたとは!


「……シャーロットがずるいずるいとわたくしのものを欲しがるのも、わたくしに新しいものを身に着けさせるためだったのですね?」

「そこまでバレてしまいましたか」

「シャーロットがわたくしのお古ばかりになってしまうではありませんか」


 シャーロットこそこれからお相手を見つけなければなりませんのに。

 わたくしよりシャーロットに新しいドレスは必要でしょう?


「私はお古で全然構いませんのよ」

「そんな……」

「お姉様、これを見てくださいな」


 クローゼットに掛かっていたのは、今までシャーロットが私から取り上げていったドレスの数々。

 そして若葉色のドレス?

 あっ!


「とても素敵……」

「でしょう?」


 私にねだった若葉色のドレスですけれど、随分オシャレにリメイクされているではありませんか。

 シャーロットがいい笑顔で言います。


「若葉色のドレスはお返しします。さすがにそれ以前のドレスは、身長も体形も変わったお姉様ではもう着られませんが」

「ありがとう、シャーロット」

「私にはアレンジの才能があるようなんです」

「そうねえ。刺繍や裁縫を好んでいるのは知っていたけれど」

「学院卒業後にはフレミング伯爵家のバックアップで、リメイクや小物のお店を出す予定なのよ」


 そんなに話が進んでいたとは。


「ですから古着リメイクの宣伝のためには、私自身がお姉様のお古を着るのは都合の良いことなのです」

「チェスター様も私に話してくださればよかったのに」

「あら、私は御当主様と話をさせていただいてますので、チェスター様も詳しくは存じませんよ」


 誇らしげなシャーロットが眩しいです。


「シャーロットにはそんな才能があったのですね。全然知らなかったです」

「お姉様こそ領経営を手伝えるほどの能力があるではありませんか。私にはそんな文官みたいな仕事は到底無理です。それに……」


 凪いだ海のような、感情の読みにくい笑顔です。


「……お姉様が快く服を譲ってくださらなかったら、私はリメイクしようなんて考えを持つことはなかったでしょう。またお姉様の婚約がなければ、フレミング伯爵家の協力を取り付けることなどできませんでした」

「シャーロット……」

「だから全部お姉様のおかげなんですよ」


 そう言ってもらえると嬉しいです。

 初めてシャーロットとわかり合えた気がします。


「お姉様も学院卒業後、すぐ結婚でしょう? もう少しではありませんか」

「ええ、大丈夫よ。シャーロットがこんなにできる子だと知ったのですから」

「旦那様のお古は受け付けておりませんからね」


 ふふふと笑い合います。

 ああ、今日はいい日。

 シャーロットこそ幸せになってもらいたいと、心から思います。

 お互いに頑張りましょう。

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