愛の言葉を告げたい

あなたを愛していると躊躇いもなく言えたら、どれだけ幸せだろうか、とリュークはぼんやりとした瞳で彼女を見つめる。

彼女、ソフィア・アデカルトはこの国の王太子と微笑み合っていた。

それはまるで一枚の絵画のように、それはまるで夢の世界のようにとても美しく、そしてとても憎たらしく思えた。

負の感情が心に重く圧し掛かってきて、思わずため息が出そうになるのを騎士としてのプライドでなんとか抑え込んだ。

王太子のカエサルが彼女に何か面白い事もしくは、楽しいことを口にしたのだろう。ソフィアはまるで花がほころぶような笑みを浮かべた。


彼、リュークがソフィア・アデカルトに恋心を抱くようになったのは、皮肉にも彼女が王太子の婚約者の一人として公の場に出た時だった。


美しい人だと思った。可愛らしい人だと思った。

決して他の女性たちのような華やかさや派手さはなくても、まるで静かに咲き誇る百合の花のような美しさを持っていた。

赤みがかった茶色の髪に、エメラルドのように光り輝く緑色の瞳を持つ彼女に、リュークは一目で恋に落ちてしまった。


だが、皮肉にも、一目惚れをした瞬間、失恋するとは思いもしなかった。

初恋は、一日と持たず僅か数分であえなく散ることになってしまったのだった。



「—リューク部隊長?」

「あ・・すまん。なんだ?」


ぼんやりとしている自分を不思議に思ったのか、部下の一人アゼルが声をかけてきた。

アゼルは仕事熱心な上司の珍しい姿にきょとんとしながら、さらに続けた。


「珍しいこともありますね。リューク部隊長がぼんやりするなんて・・あっもしかして片思いの女性とかいたりして?!」

「はぁ!?」


完全に気を抜いていたこともあり、アゼルの言葉にリュークは思わず動揺と共に吐き出された声をリュークは慌てて手の平で口を隠したが、一度出た言の葉まで隠すことは出来ず、周りに聞こえてしまった。

だが、幸いにも少し離れたところにいた彼の思い人のソフィアらには聞こえていないようで、リュークは思わず肩を落とし安堵のため息をついた。


「えっ・・まさかその反応って・・」

「っ・・」


まだ動揺の最中のリュークにアゼルはさらに言葉を続けてくる。

次は声には出さなかったが、びくりと身体に現れてしまった。

—この恋は決して誰にも知られてはいけない思いだ。

仮とはいえ、彼女はこの国を担う王太子の婚約者候補の一人。しかも彼女を押している人間は王宮内にも多数いると聞く。

気立ても良く、美しく、頭も良いとなれば誰だってそう持っても不思議ではない。


—もし、この恋が誰かに知られてしまえば、自分は騎士としても職務も、立場も何もかも失うことになるのは自明の理であった。



「部隊長の思い人って誰っスか?」

「ばっ・・こんなところで言える訳ないだろう!」


こそこそ、と周りに聞こえないくらいの声量で聞いてくる部下に、リュークもまた同じように声を落として答えた。


「えーそんな固いこと言わんでくださいよぉ~あっ、もしかして・・」

「な・・なんだ・・」

「メリッサ侯爵令嬢とか?あっ、ユリア公爵令嬢?」

「違う・・」


彼女の名前が出ないことに少しホっとしながらも、もしかして次にでてくる名前が彼女だったら、と思いながらリュークはお腹に力を入れた。


「んーロリーナ侯爵令嬢、ミレーヌ男爵令嬢、ソフィア公爵令嬢、ディアーナ伯爵令嬢・・」


アゼルが指折り数えながら、一人、また一人と令嬢たちの名前を口にしていく。

何人かの令嬢の名前の中に彼女の名前が出てきたが、なんとかやり過ごすことに成功した。

リュークは細いため息をついて、「遊んでいる場合か」と誤魔化すようにこの話は終わりだというように、アゼルの頭を軽くはたいた。


「えー遊びじゃないのに・・あの方から頼まれましたもん」

「は?頼まれた?何をだ?」

「んー内緒っス」


にんまりと笑うアゼルに若干イラッとしたリュークは、八つ当たりで明日の訓練、こいつだけ倍にしてやろうと不穏なことを考えていた。


ソフィアを視界の端にとらえる。直接みていると、アゼルにバレた時に厄介なことになるため、なるべく彼女をみないように視線を移すと、ソフィアにカエサルが手を差し出しており、ダンスをこれから踊るのだろう。ソフィアの薄い水色のドレスがふんわりと踊った。


嗚呼、後少し・・あと少し勇気があったら少なくとも何か変わっていたのかもしれない。

嗚呼、あと少し、時間があったら・・

王太子殿下の婚約者候補になる前に、思いを告げていたら何か変わっていたのかもしれない。遣る瀬無さを感じながら、リュークは彼女から視線を逸らした。


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