65話、私の一番好きな料理
「はい、メリーさん。出来立てホヤホヤのガチ味噌汁だよ」
「ありがとう」
貰った器を両手で受け取ると、手の平がじんわりと温かくなってきた。出来立てなので熱いだろうし、ちゃんと冷まして飲まないと。
器の中には、約二cm角の手頃な大きさをした豆腐と、一口サイズに斜め切りされた長ネギが入っている。長ネギの方は、まだ火が通り切っていなさそうなので、シャキシャキ感が残っていそうだ。
作っている工程を、全部見れたお陰か。昇り立つ白い湯気に、豊かな白味噌と一番出汁の名残を感じる。昆布の匂いは流石にしないけど、削り節は分かるわ。
香りをすんと嗅ぐだけで、心が瞬く間に和んでいく。本当に好きだなぁ、この香り。さてと、そろそろ飲もうかしらね。
「……ほぉっ。ああ、やっぱり最高っ」
息を数回吹きかけて、そっと静かにお味噌汁を飲んでみれば。訪れるは、私にとって至福なひと時。まず初めに感じたのは、雑味が一切無い削り節の華やぐ風味。
次はもちろん、舌触りが滑らかで、丸みを帯びた柔らかな白味噌の甘さ。体を優しく温めていき、心までも暖めて心地よく火照らせていく。
豆腐やネギだってそう。きめ細かでしっとりとしていながらも、出汁や白味噌の風味に負けず、濃い甘さがしっかり主張してくる豆腐。
シャキッとした歯応えで、私にもっと噛めと指示を出し。アクセントになる程よい辛味と、透明感のあるキリッとした甘さが同居したネギ。
風味が、食感が、後を引く余韻全てが完璧でいて。一杯で至高の満足感と、火照った心身へ幸せに満ちた充実感を与えてくれる、ハルが作ったお味噌汁。この、お味噌汁を飲んでいる時間も好きだなぁ。
「おいしい~っ」
「ははっ、良い笑顔をしてるね。いやぁ~、作った甲斐があったってもんだよ」
「ほんと、何回飲んでも最高だわぁ〜」
「それにしても、よく飽きないよね。もう百杯ぐらい飲んでんじゃない?」
飽きる? とんでもない。このお味噌汁を飽きる日が来るだなんて、絶対にありえない話だわ。なんていったって、私が一番こよなく愛する料理なのだから。
「ねえ、ハル。私が一番好きな料理って、なんだと思う?」
「メリーさんが、一番好きな料理? 唐揚げでしょ?」
「いいえ、それは二番よ。私が一番好きな料理、それはね」
言葉を溜めた私は、空になった器を両手で掲げた。
「あんたが作った、このお味噌汁よ」
「えっ? ……そうなの?」
「ええ、そうよ。何度でも飲みたくなるような、心が温まって安らいでいく優しい味。本当に、このお味噌汁が大好きなのよ、私」
掲げていた器を下げると、どの感情が働いているのか分からない、目を丸くしたハルの真顔が見えた。
「もう、一番じゃなくて殿堂入りよ。それで二番は、ハルが作った唐揚げ。この好きな料理の順位は、どんなにおいしい料理を食べたとしても、入れ替わる事は絶対に無いわ。一番と二番は、何があっても不動よ」
「ああ、そう、なんだ。はぁ……。ふーん、へぇ……。あっははは」
どこか歯切れが悪く、ぎこちなく相槌を打ってきたハルが、苦笑いをしながら頬を指で掻いた。
「なんだか、あまり嬉しそうにしてないわね。そんなに意外だった?」
「いやっ、嬉しいよ? ものすごく嬉しいんだけどさ。こう、イマイチ実感が湧いてこないというか。まだ頭の中がふわふわしてて、理解してくれてない感じなんだよね。もしかしたら、相当な衝撃を受けたのかもしれないや」
どうやらハルは、本音を語っているらしい。緩い笑みを浮かべながら両手を後頭部に回して、体を左右に揺らしているし、どこか落ち着きがない。
「ちなみに、三番目は何?」
「三番目は、入れ替わりが激しいわよ。今は、色んな物がせめぎ合ってるわ。ハルが作った、ニンニクが強烈に利いた餃子。えんがわやウィンナー。中華料理とかコーラなんかもあるわね」
「マジか、めっちゃ激戦区じゃん。う~ん、三番目も私の料理が入ってくれるように、これからも頑張らないとなぁ」
「ええ、期待して待ってるわ」
とは言っても、ハルは本当に料理が上手い。きっと数週間後には、三番目もハルが作った料理で埋まっているはず。そして、四番目と五番目以降もね。
「そんでさ、メリーさん。次から、味噌汁は自分で作ってみる?」
「いえ。まだ自信が無いから、あんたが作ってる所を見て学んでいくわ。でも、これを作ってみたいっていう物があるから、明日はそれにチャレンジしてみようと思ってるの」
「おお、マジで? 何作るの?」
「それは、明日電話で教えてあげるわ。それで、ハル。いくつかお願いがあるんだけども、聞いてくれる?」
「お願い? いいよ、なんでも聞いてあげちゃう!」
そう豪語してくれたハルが、親指をグッと立てた。さっき私の好きな料理を明かしたせいか、すごく上機嫌ね。ハルがそういう気分になってくれると、なんだか私も嬉しいわ。
「明日、おにぎりを二つ作って欲しいの。あと、材料でもやし、バター、缶詰のコーンもあるとありがたいわ」
「おにぎりを二つに、もやし、バター、缶詰のコーンか。材料は全部あるけど、炒め物にする感じ?」
「それも、明日電話で教えてあげるわ。お昼ご飯に、ちょっとね」
「マジかぁ。ここまで焦らされると、余計に気になってくるや」
メインになる『アレ』は、棚の中に三袋分ある事を知っている。煮込むだけで完成するので、まずは火の強さや加減を実際に行い、自分で作って習得していく。
そして、ある程度の知識が身に着いたら、お味噌汁に取り掛かる。しかし、ハルに渾身のお味噌汁を振る舞ってあげたいから、何回かは試行錯誤していこう。
待っていなさいよ? ハル。最高のお味噌汁を作って、絶対に『おいしい』って言わせてあげるんだから。
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