54話、どこまでも好みが一緒
「私、メリーさん。今、あなたの前に座っているの」
「悪いね、手伝ってくれて」
「これぐらい、どうって事はないわ。ほら、箸とレンゲよ」
「ありがとう」
せっかくハルの隣に居た事だし。二つのラーメン丼ぶりやお箸、レンゲをお盆に乗せて、部屋まで持って来たけれども。なんだか、共同作業をしている感じがして悪くなかった。
この調子で、ハルの家事を少しずつ手伝ってあげないと。次は、食べ終わった後に食器類の片付け。そして、あわよくば食器洗いも。
食器を浮かしながら洗えば、落下して割れる心配も無い。まあ一応、洗い方のテクニックをハルに学んでおこう。汚れが残っていたら、結果的に邪魔した事になっちゃうからね。
「まさか、メリーさんが自発的に持ってってくれるとはね。重かったでしょ?」
「いいえ。お盆を浮かせてたから、まったく重くなかったわ」
「え? 浮かせてた?」
「そうよ。こんな感じでね」
目を丸くさせたハルに実演するべく、人差し指で指招きをする。すると、目の前に置いてあったラーメンの丼ぶりが宙に浮き始め、十cm程浮いた辺りで止めた。
「ええーっ!? マジで浮いてんじゃん! すげぇーーっ!!」
途端に大声を上げて興奮し出したハルが、テーブルと丼ぶりの隙間に手を入れ、大袈裟に何度も左右へ振っていく。
ここまではしゃぎ倒しているハルは、初めて見たわね。本当に驚いているような顔をしているし、見ていて面白いわ。
「あんた、前に私が浮いてる所を見た事があるじゃない。あの時はまったく驚かなかったのに、なんで今更そんなに騒いでんのよ」
「そうだけどさ、物まで浮かせられるとは思ってなかったんだもん! ……ねえ、メリーさん?」
我を失うほど騒いでいたハルが、急に大人しくなり。そことなく期待に満ちた顔をしたハルの顔が、丼ぶりの横側からひょっこりと現れた。
「……な、なに?」
「もしかして、私の体もさ? こう、宙に浮かせられるの?」
「あんたの体? まあ、出来なくはないわよ」
「ま、マァジっすか?」
質問にちゃんと答えてみると、ハルの声がねっとりと弾み出した。表情も、そことなくいやらしさが見え隠れしている。
まさか、ハルも宙に浮きたいっていうの? けど、先の質問と、『私もよければ』と言わんばかりの表情よ。間違いなく、宙に浮かびたがっていそうね。
「あのさぁ? 一生のお願いがあるんだけど、聞いてくれない?」
「一生のお願いって、そこまで浮いてみたいの?」
「へっ!? なんで分かったの?」
「あんなあからさまな顔をしてて分からなかったら、盲目以前の問題よ」
「あっ、あっははは……、そんな顔に出てた?」
まさかと苦笑いしたハルが、片手を後頭部に回した。
「顔全体に書いてあったわ、私も浮いてみたいってね。いいわ、夕食後にやってあげる」
「ほんとっ!? やったー! こうしちゃいられない! メリーさんが舌を唸らすような、最強の夕食を作らねばぁ!」
渋々了承した瞬間。両手でバンザイしたハルが、右手に固そうな握り拳を作り、黒い瞳に猛火を宿らせていく。
背中からも、熱気を感じる炎のオーラみたいな物が見えるけど……。本当に燃えていないわよね?
「そ、そんなに浮きたかったの?」
「もちろん! 宙に浮くってのは、全人類の夢の一つと言っても過言じゃないよ。やっば、マジで楽しみになってきたや」
箸を片手に持ったハルの表情が、今度はにんまりとしたものへ変わった。今日のハルは、感情の移り変わりがやたらと激しい。
それに人間って、宙に浮く事が一つの夢だったんだ。ハルも相当楽しみにしているようだし。仕方ないから、満足するまで付き合ってあげないと。
「んっふふ~。そんじゃ、伸びる前に食べちゃおっかな」
「っと、そうね」
すっかり忘れていたけど、これからラーメンを食べるんだった。浮かせていた丼ぶりをテーブルに戻し、右手に箸を、左手にレンゲを持ってっと。
「いただきまーす!」
「いただきます」
未だ興奮が止まぬハルの後を追い、改めて中身を覗いてみる。一番目立つのは、やはり中央に盛られた野菜炒め。
塩コショウ、鶏がらスープの素、醤油のみとシンプルな味付けだけど。おいしそうな見た目と、湯気に混じる少し油っぽい匂いが、待たせていた食欲をしっかり刺激してくる。
スープの色は、やや濃いめな琥珀色。透き通っているので、サッパリしていそう。麺は、細麺かしら? スープと良く絡みそうな、複雑なウェーブを描いている。
「まずは、スープの方を」
レンゲでスープをすくい、二度息を吹きかけて冷まし、少しずつすすった。
「うん、おいしい」
透き通ったスープなので、あっさりでまろやかな風味をしているのかと思いきや。スパイスが強めに利いているのか、キリッとした味わい深いコクを感じた。
醤油とは別に、ご飯に合いそうな味付けが施されているわね。これはなんだろう? 角のない塩味に、濃い旨味がギュッと詰まったコク。
こういう醤油味の物って、よく鶏ガラとかチキン系の味付けがされているんだっけ? たぶん、それかもしれない。とりあえず、後でハルに聞くか、インターネットで調べておこう。
「で、次は肝心の麺を」
野菜炒めは、最後まで取っておきたいので。先に主役の麺を食べるべく、丼ぶりの
箸で持ち上げてみるも、複雑に描いたウェーブは崩れない。まるでバネのようにみょんみょんとしている。
よく見てみると、丸っていうよりも四角いわね。これも、スープを絡め取る秘訣なのかしら?
「へえ、意外とコシがあるじゃない」
喉越しはツルツルしていながらも、食感はやや固め。うん、私好みの固さだ。しかし、麺を噛めばプリプリとした食べ応えのある食感へと変わっていく。
そして、やはり十分な量のスープを絡め取っているわね。麺を大量にすすると、スープも一緒に付いてくるから、口の中がすぐいっぱいになってしまう。
けど、この熱い渋滞具合がいい。ラーメンを食べているぞという、確かな実感と満足感が得られるのよ。一回だけでいいから、ギリギリ限界まで頬張ってみたいなぁ。
味の方は、スープよりも醤油の風味を強く感じるわね。麺の中にも、醤油が練り込まれているのかしら? だからこそ、余計にご飯が欲しくなってくる。
私個人の好みだけど、やっぱり醤油とご飯って合うのよね。しかし、この場合は、ただお茶碗によそっただけのご飯よりも、海苔を巻いたおにぎりの方が合いそうな気がする。
いいわねぇ、こうやって食べ合わせを考えるのも。何よりも楽しいし、心が勝手に踊ってきちゃう。今度、ハルにラーメンとおにぎりの組み合わせを、リクエストしてみよっと。
「最後は、野菜炒めね」
麺を半分ぐらい食べたので、口の中は醤油一色に染まり、流石にクドくなってきている。なので、このタイミングで野菜炒めよ。
作っている過程をじっくり見ていたから、事前に知っている。この野菜炒めが、とてもシンプルな味付けをされている事にね。
「やっぱり! 野菜が甘く感じるわ」
味付けは、塩コショウを二振り、鶏ガラスープの素、醤油を少量のみ。薄味だから、各野菜の甘味や苦みがしっかり伝わってくる。
キャベツとモヤシのシャキシャキとした歯応えに続く、じんわり滲み出てくる甘味。やはりここでもニンジンが、特に強く感じるわ。
最後は、甘みが勝ってきた頃に顔を出す、ピーマンのほろ苦さ。まとめ役にもなるし、全体のバランスをちょうど良く整えていく。味の整え方と、塩梅が完璧だわ。
薄味で、しつこさがまるで無いから、箸休めにもなる。ラーメンと野菜炒めの比率も、これまた絶妙ね。両方共、ほぼ同じタイミングで完食が出来そうな量だ。
「ふうっ、おいしかった」
勢い余って、スープまで飲み干しちゃった。……待って。締めとして、スープの中にご飯を入れるのもアリだったわね。まあ、いいわ。楽しみは、次回に取っておこう。
「おっ、文字通り完食したね。どう? ラーメンと野菜炒めの組み合わせは? 案外悪くなかったでしょ?」
「そうね。味付けもちょうど良かったし、麺も私好みの固さだったし、文句無しのおいしさだったわ」
「私好みの固さって……。もしかして、メリーさんも固麺派?」
「どちらかと言えば、固麺の方が好きね。『も』って事は、やっぱりあんたもなの?」
「そうだね、バリバリの固麺派さ。柔らかいのは、どうも好きになれないんだよね」
私とハル、好みの料理は大体似ていたけれども。まさか、麺の固さまで好みが一緒だっただなんて。ほんと、どこまでも似ているわね、私達。
「柔らかい麺は、まだ食べた事が無いけど。ハルが好きじゃないのなら、きっと私も好きになれそうにないわね」
「私と好みが似てるメリーさんだったら、そうかもしれないね。じゃあさ? ご飯は、柔らかいのと固いの、どっちが好き?」
「もちろん固い方よ」
「やっぱり! 私も固い方が好きなんだ」
「ふふっ、だと思ったわ」
好きな料理や食材が一緒。好きな麺やご飯の固さも一緒。ハルと私の共通点が分かると、なんだかちょっぴり嬉しくなってくる。
こんな温かい感情が、都市伝説である私に芽生えてくるだなんてね。ハルも、同じ事を思っているかしら? そうだと嬉しいなぁ。
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