3話、命を繋ぎ止めた人間の叫び
「それじゃあ、また明日、夕方の六時までにここへ来るわ。それまで、ずっと震えて待ってなさい」
「はいはい。美味しい料理を作って待ってるよー」
なんともつまらなそうな顔をしているメリーさんが、鼻を「ふんっ」と鳴らす。
そのまま扉の方へ向き、ドアノブに手を掛けるのかと思いきや。さも当然のようにすり抜けて行ってしまった。
「……ははっ。やっぱりあの子、本物のメリーさんなんだな」
私が住んでいるマンションは、住人から許可が貰えないと開けられないオートロック付き。おまけに、一階は全て鉄柵が設けられているから、二連梯子でもないと侵入はほぼ不可能。
そして、扉にはしっかりと鍵を掛けていた。なのに対し、メリーさんと名乗るあの子は、二日連続で私の部屋まで来て、背後に立っていた。
普通なら、まずありえない。しかし、現実にありえてしまった。流石に、目の前で扉をすり抜けられたら認めるしかないよ。
「さってと、なんとか今日は凌げたか。逃げても無駄だろうし、どうするかねぇ」
相手は都市伝説、または怪異。警察に連絡しても、まず信じてくれないだろう。適当にあしらわれるのが目に見える。
家族に相談するのだけは、絶対に避けないと。下手すればメリーさんに存在がバレて、ターゲットにされてしまう可能性がある。
お寺に行って厄払いをしても、まるで効果が無さそうだし。この場合って、陰陽師かエクソシストに頼めばいいのかな? でも、どうやって?
「ん~、分からん」
未だに冷静でいられるのは、楽天家たる性格ゆえか。はたまた、まだ窮地に立たされている自覚を持っていないか。どちらにせよ、パニックにならなかった私を褒めてやりたい。
それにしても、ダメ元で出した味噌汁が、ここまで功を奏すとはね。あんな人間臭いほっこり顔のメリーさんは、今でも鮮明に思い出せる。本当に美味しい物を食べた時の表情をしていた。
今日の夕飯もそう。メリーさん用の料理を盛った皿やお茶碗は、全て綺麗になっている。米粒無し、キャベツだって一本も残っていない。
味噌汁に至っては三杯もおかわりしていたし、言わずもがな。ちゃんと料理に興味を持ってくれた証拠だ。特に、味噌汁と唐揚げには絶大な興味をね。
「けど、大変なのは明日からだな」
今、メリーさんが問題なく食べられる食材は、ネギ、豆腐、鶏肉、キャベツ、米、トマト。
味付け物は、昆布、カツオ節、味噌、マヨネーズ。唐揚げの味付けで使用した、ニンニク、醤油、ショウガ、以上。
あまりにも少なすぎる。ゲームを提案したのは、早計だったか? けれども、メリーさんと面と向かって話が出来る機会は、たぶんそうそう無い。あのタイミングが、ベストだったと思っておこう。
メリーさんは、料理に興味を持ったと言っていた。なのできっと、初めて食べた料理は、私が作った味噌汁になる。
そうなると、私とメリーさん、互いに好き嫌いが分からない状態だ。これから毎日、メリーさんに夕食を作り、生き永らえていかなければならないというのに。
初めて口にした料理が、気に食わなければ即終了。私は、自分が設けたルールに
命を繋ぎ止める為に考えたゲームだけど、まさにデスゲームだ。から笑いが止まらないね。
「昨日初めて料理を食べたのであれば、舌はまったく肥えてないはず」
メリーさんの身長は中高生ぐらいだったけど、舌は子供舌だろう。だったら、生臭い物は避けた方がいい。レバー然り、生魚然り。
あと、子供が嫌いな食べ物とかね。今の内に、ネットで調べておくか。
「一位はゴーヤ……。ああ、なるほど。苦味か。二位なす、三位レバー……。おっと、七位にトマトがあるじゃんか。先に出しといて、よかったー」
他にも、ピーマン、グリンピース、セロリ、アスパラガス。なすが二位って意外だ。ぐにゃっとした食感のせいかな? 一応、気に留めておこう。
「待てよ? ……ああ、やっぱり。サイトによってランキングの順位が違うじゃんか」
これは統計を取って、安定して上位にいる料理と食材を調べる必要がありそうだ。逆に、好きな料理や食材はっと。
「へえ~、唐揚げは上位か。カレー……、カレー! カレーの具材は主に、じゃがいも、ニンジン、玉ねぎ、豚肉。子供が好きな料理を作り、食べられる食材を増やしていくのはありだな」
そうすれば、料理の幅がグッと広がる。これだ、まずはこれでいこう。食材は同じでも、味付けを変えれば違う料理を作れるようになる。
カレーのルーが無ければ、代わりにシチュー、肉じゃかといった具合にね。メリーさんは和風出汁が好きそうだし、肉じゃがの味は刺さるでしょう。
「よし、だんだんメニューが固まってきたぞ。……あれ? 寿司って、意外と上位なんだ」
これは意外な情報だ。嫌いな食べ物ランキングと見比べてみると、牡蛎とかウニ、イクラはそれなりに高いけど、魚はあまり上位にいない。
なるほど。ならば火を通せば、魚料理も出せそうだぞ。鮭やホッケは、安全圏だとして……。いや、危険を冒してまで冒険する必要はない。
これはいつか、メリーさんを説得して寿司屋へ連れて行き、ゲーム関係無しに自分で選ばせよう。寿司を食べる度に顔色を
これも良い考えだ。あのメリーさんは、話が結構通じる。チラシかスマホで料理の画像を見せれば、興味を持ってくれるかもしれない。そして、実際に店へ連れて行って───。
「ああーーっ!! そういえば、私が目に付けてたラーメン屋、そろそろ開店するじゃんか!」
しまった、ずっと楽しみにしていたのに……。なんてタイミングで現れてくれたんだ、あのメリーさんは。
「クッソ〜……。絶対に美味しいだろうなぁ、あのラーメン」
別に、昼から食べればいい話なのだけれども。私は、ラーメンはもっぱら夜に食べたい派だ。時間帯が遅ければ遅いほど良い。夜九時以降が好ましい。
最初は何も入れず、豪快に麺をすすり。半分ぐらい食べてから、すりおろしニンニクを投入してやるんだ。そこにご飯もあれば……。
「さいっこうなのに! おのれ、メリーさんめぇ……」
せめて、もう数週間先に現れてくれれば、何の気兼ねもなくラーメンが食べられたのに。まあ、仕方ない。これについては運が悪かったと諦めて、一旦忘れるとしよう。
「はあっ……。なんだかやる気が無くなったし、とっとと風呂に入って寝るか」
いつもならば、皿洗いには何の感情も抱いていなかったのに、今日はやたらと面倒臭い。相当ショックなんだろうな、ラーメンが食べられないのが。
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