ナヒョウエの共同経営者
前作「俺得?仕事中に転移した世界はゲームの魔法使えるし?アイテムボックスあるし?何この世界、俺得なんですが!」の番外編です。
異世界に転移して3年目の頃の話です。
(あっちゃんが出産して2年目くらいかな)
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俺カオは今日もやまと屋(弁当屋)の仕事の後に、死霊の森ダンジョンの26Fへバナナを採りに行く。
週末は王都のナヒョウエ(バナナ屋)でバナナを販売しているからだ。
ナヒョウエはゲームの中で王都にあった小さな店舗だ。
ゲームの課金商品として、王都での店舗(大中小)が販売された。
あの頃俺はゲームに行き詰まっていた。
ファーストキャラのWIZのレベルは上がらない、セカンドのエルフも攻撃が弓だったのでソロには向かない、新しく出来たドラゴンナイトはいまひとつ使いこなせず、結局WIZでブラブラする日々だった。
そんな時に課金で商店システムが始まった。
もともとLAFは魔物を倒してのレベル上げに重点が置かれたゲームだ。
レベル上げに飽きたプレイヤーがゲームから離れ始めた頃にその店舗システムが開始されたのだが、その頃残ったプレイヤーはレベル上げに力を入れている灰プレイヤーばかりだった。
つまり、リアルマネーを払ってまで生産システムをやろうと言う者は少なかったのだ。
結局、店舗を購入したのはレベル上げに飽きているWIZプレイヤーが多かったと聞いた。
俺もそのひとりだ。
WIZがソロで行ける狩場で材料を狩って、店舗で料理や矢を作り販売した。
が、売れなかった。
プレイヤーが絶対に買いたくなるような商品が作成出来る訳ではなかったので、売れるわけがない。
まぁ、俺はそのあたりで結局ゲームからフェイドアウトしてしまったのだが。
しかし、49歳のある日、まさかの異世界転移。
そしてそこではゲームのステータスがあり、ゲームでの店舗ナヒョウエまであるとは!
転移の際に女神や神さまに会っていないのだが、本当にお礼を言いたい。
ナヒョウエではバフ付き料理と矢の作成が出来る。
ゲームでは無用の長物とされてしまっていたがこちらの世界では結構必要とされてる商品だ
店舗万歳!
さて、ナヒョウエの店内は客がふたりも入ればいっぱいになる狭さで、客と店員の間にはカウンターがある。
店内の壁には矢が掛けてあったり、カウンターの上には料理メニューがある。(今は矢の代わりにバナナをぶら下げている)
店員側の背後の壁には扉がふたつ付いている。
ひとつは材料を突っ込む扉。所謂、商品製造機だ。
もうひとつは出来上がったモノが入る倉庫になっている。
倉庫はアイテムボックスと同じく、時間停止機能があるのか料理は腐らない。
ゲームでは、倉庫の量に限りがあり、量を増やすにはさらなる課金が必要で、それもプレイヤーの不興を買っていた。
しかし、だ。
この世界に転移して、個人のアイテムボックスの容量限度がなくなったように、何と、店舗の倉庫も無尽蔵に入るようになっていた!
俺ラッキー!ナヒョウエ万歳。
と言うのも、ナヒョウエの倉庫は、出来上がった商品だけでなく何でも入る。
製造機の扉の方は、材料以外は入らない。入れようとしても謎の力で阻まれる。
しかし商品倉庫の扉の方は、製造した物が自動でこちらに移動してくる他、採ってきた材料とか、しまっておきたい物とか何でも入るのだ。
そして、扉は店員以外に開けられない。防犯対策バッチリだ。
だがひとつだけ不安はある。
それは、このゲームシステムからきた店舗がこの世界で『いつまで』使えるのか、という事だ。
ナヒョウエの隣りの店舗であった『スケサンカクサン』はゲームではポーション屋さんだった。
しかし、この世界に転移してきた後に店主の弥七が亡くなると、『スケカク』の店舗内の全ての物が無くなってしまったそうだ。
俺はその頃、王都から物凄く離れたムゥナという街にいたので、後に聞いた話だ。
つまり、ゲームが何らかの力で反映している店舗は、その持ち主が消えると店舗も消えてしまうという事だ。
正確には店自体は消えないが、ゲームシステムが消える。
という事は、俺が死ぬとナヒョウエ(の製造機や倉庫内の物、倉庫自体も)も消えてしまうのか。
あ、ナヒョウエは表向きは『バナナ屋』として活動している。
ミスリルアローやバフ付き料理など、一般販売はしない方が良いとタウさん(血盟主)やゴルダ(ムゥナの街のギルド長)に言われたからだ。
他の国の間者に知られたら誘拐されるぞ、と脅された。
自分が誘拐される分にはいいが、一緒に暮らしている仲間や子供達に何かあってはいけない。
なのでただのバナナ屋で通している。
「カオっちが永久に生きていればいいじゃない?」
夕飯時にナヒョウエが無くなるかもという話をしたら、あっちゃんが淳にご飯を食べさせながら無理難題な発言をかましてきた。
サラッと言うので本気か冗談かの区別がつき難い。
一応俺は真剣に返事を返してみた。
「いや、それは無理だぞ?」
「まぁ、カオっちの寿命と共に無くなっても、バナナは王都の他の店でも売り始めているし、料理や矢は無くても困る人はいないでしょ。あったらラッキーって物なんだからさ」
確かにそうではある。
転移して暫くは王都の店に気が付かなかったくらいだからな。
そもそも俺らも使わんし。
あったら良いけど無くてもいいね、か。
相変わらずあっちゃんは男らしいな(見ためは美女ママだが)。
「でもさ〜、ナヒョウエの倉庫は欲しいよねー。本当はやまと屋に欲しいくらい。ねぇ、カオっち、やまと屋に造れないの?倉庫」
「いや、無理。そもそも俺が造ったわけじゃないから」
「そっかぁ。カオっちが長生きするしかないかぁ」
大きく口を開けた淳の口に卵焼きを突っ込みながらあっちゃんが考えこむ。
淳はあっちゃんの子供で2歳…もうすぐ3歳になる。
俺の隣りで夕飯を食べていたマルクが俺に向かって大きな口を開いて待っている。
マルクはもうすぐ5歳になる。
いつもならひとりで食事を出来るのだが、あっちゃんに食べさせてもらっている淳を見るとつい赤ちゃんがえりしてしまうようだ。
俺は炒めて柔らかくなった野菜をマルクの口に入れた。
美味しそうにモグモグしていた。
「まぁ使える間だけ使えばいいんじゃないか」
「あ!いい事考えた!ねぇ共同経営者とかどうなんだろ?」
「共同?」
「うん。カオっち以外で誰かナヒョウエの経営者として登録出来るか試すとか、どう?」
「なるほど。俺より若いやつなら俺が死んでもナヒョウエは残るかも知れない…か」
「うん。その前に共同経営が登録出来るかだけどね」
翌日、俺とあっちゃんは王都を訪れた(もちろんテレポートで)。
淳はリドル君(あっちゃんの旦那さん)に預けてきたが、マルクは俺の足にしがみ付いて離れなかったので一緒に連れてきた。(俺も甘い父親だぜ)←何故か自慢げ
あっちゃんは俺とマルクを見てニヤニヤしていた。
何だよぅ、いいじゃないか。
テレポートする前にムゥナの街のギルドにいたゴルダに話をしたので、ゴルダから王都のギルドに話を通してくれたようだ。
王都の冒険者ギルドで店舗の共同経営の事を聞くと、商人ギルドで登録が出来る、話も通してあると言われた。
相変わらずゴルダは凄いなと思う。
あっちゃんとマルクと3人で商人ギルドへ行った。
商人ギルドのカウンターで書類にいくつかサインをさせられた。
「これで、ナヒョウエはカオさんとナカマツアツコさんの共同経営になりました」
と、言われた。
え?もう?これで?
手続きは簡単だった、が、問題はナヒョウエが実際どうなったかだ。
テレポートでナヒョウエまで飛んだ。
店は裏にある扉から入るのだが、鍵はない。
裏の扉は他の者は入れないが、俺は普通に扉を開けられる。
何かハイテクな個人認証システムな扉?
俺が入る前にあっちゃんが裏口の扉前立ち、扉を軽く押したら扉が開いた!
「おおう、入れる〜〜」
「そうだな。経営者として認証されたって事か。中から客側の施錠を開けてくれ。マルクがいるから俺は表から回る」
「おっけ〜」
そして俺とマルクは店側から中に入った。
あっちゃんは既に店員側の棚の扉を開けて物を出したりしまったりしていた。
「出来るよ〜。倉庫から出せるし、倉庫にあった材料でバナナジュース作ってみた!はい、これ」
あっちゃんから渡されたバナナジュースを受け取りマルクに手渡す。
カウンターの内側(店員側)にあった椅子をあっちゃんがこちらに渡してくれたので、狭い店内だが隅に置いてマルクを座らせた。
マルクは座ってバナナジュースを飲み始めた。
「おいしー、はい、かーたんも」
何故か俺を母さんと呼ぶマルクからバナナジュースを受け取り少し飲み、またマルクに返した。
うん、バナナは食べてもジュースにしても美味いな。
「共同経営者は成功だね」
「そうだな、これで俺が死んだ後もナヒョウエは続く…か」
「たぶんだけどね。実際その時にならないとわからないね。神さまの采配だから」
「そうだな」
「ねぇ、もっと若い子、と言うかこの世界の子でも大丈夫か試さない?アリサとかさ」
「なるほど、そうだな。ゲームシステムの店だがアリサでも使えるのか試したいな」
そういう訳で俺らはマルクがジュースを飲み終わるのを待ってテレポートでムゥナの街、やまと屋へと戻った。
アリサに話した後、また王都のギルドへテレポートした。
今度は直接商人ギルドだ。
11歳のアリサが共同経営者になれるか聞いたところ、特に問題はないとの事だった。
窓口での手続きが終わり、アリサを連れてナヒョウエへ飛んだ。
何と、アリサも問題なく裏口の解錠が出来、商品製造も出来た。
そこでちょっとした疑問、自分が経営者から抜けたらどうなるのか?
「もともとカオっちのゲームシステムだし、カオっち抜けたら消える可能性あるね」
「でもそれなら結局俺が死んだら消えるわけで、共同経営者を試した意味がないな」
「意味はあるよ。現在、カオっち以外でも作業が出来る事は判った」
「そっか」
「もし、カオっちが抜けてどうなるかを試すなら、ゴルダさん案件だね。ナヒョウエが無くなる可能性がゼロじゃないから」
うむ、そうだな。
という訳でまたしてもゴルダの元へ相談に行った。
ゴルダは渋い顔をして数分無言で考え込んでいた。
それから「数日待ってくれ」と言われた。
ナヒョウエの商品を卸している王都の冒険者ギルドや騎士団との話し合いが必要だそうだ。
ちなみに俺はその話し合いに出なくてよいそうだ、良かった。
十日ほど経った頃に、王都へ行く事になった。
俺の経営者抜けを試す事が決定したそうだ。
店が無くなる危険性と、稀人以外で経営出来る可能性を天秤にかけた結果、可能性にかける事になったそうだ。
その前に倉庫の中身を出しておくように言われた。
万が一失敗(店舗消失)したら、それが最後の商品になるからな。
俺は商人ギルドでナヒョウエの経営から退く届にサインをした。
果たして、店(店内の製造システム)は消えなかった。
あっちゃんもアリサも通常通り使用出来た。
これには王都も大喜びだった。
今後、他の稀人の店舗にも共同経営者を薦めるそうだ。
俺はと言うと、再度ナヒョウエの共同経営者にはならなかった。
もしかして、店員登録も可能かと聞いたら店員登録も出来たので、俺はいち店員として登録した。
ちなみに、店員の登録は商人ギルドではなく、あっちゃん(たぶんアリサでもOK)に店員として契約を結んでもらうだけだ。(契約書の雛型はギルドで貰った)
ただの店員でも裏口の解錠や製造も可能だった。
何なの、この神システム!
あれから5年が経った。
アリサは16歳、マルクが10歳だ。
死霊の森ダンジョンは国内の冒険者たちでかなり賑わうようになった。
それと同時に王都にもバナナや他のフルーツも広く普及した。
ナヒョウエのバナナはそれほど売れなくなり、週一で行くのも面倒なので表向きのバナナ屋は現在休業中だ。
裏屋台として矢や料理を定期的にギルドへ卸しているだけだ。
そこでまた思いついた実験を行う事にした。
『ナヒョウエから稀人(俺とあっちゃん)が抜けたら店はどうなるのか』
5年前の実験でこの世界の人間であるアリサがナヒョウエの共同経営者になる事が出来て、店内でも製造作業が出来たのだ。
稀人のあっちゃんと俺が抜けても、何ら問題は起きないと思う。
何で今更そんな事考えたかというと、ナヒョウエを完全に若者たちに譲ろうと思ったからだ。
まず、俺(店員登録)が抜けた。
そして次にあっちゃんが王都の商人ギルドで経営者から抜ける手続きをした。
ナヒョウエは特に変わったところはないようだ。
アリサは普段通り店内で製造も行えた。
つまり、ゲームに関係していた稀人が店を手放しても、他の稀人がひとりもいなくても、この世界の人間のみでゲームシステムだったはずの店が使えたのだ。
ところがだ、再度店員として雇い入れて貰おうとしたが出来なかった。
「カオさん、店員契約の雇い入れサインを書いても消えてしまします!」
アリサが泣きそうな顔で契約書を見せてきた。
え、何でだ?
再就職は不可って事か?
あっちゃんが慌てて商人ギルドへ飛び、共同経営者の登録をしようとしたが、ギルドでも同じような状態だったそうだ。
「何で何で何でぇぇ」
「おおお落ち着け、いや、落ち着くのは俺か。あっちゃん経営者じゃなくて店員登録もダメか試してみてくれ」
テレポートでナヒョウエ戻ってきたあっちゃんに、今度はただの店員登録を試して貰った
「あ、サイン出来ます」
あっちゃんの店員登録書にアリサがサインした紙を見せてきた。
あっちゃんは店内に入り製造作業が可能か試していた。
「良かった〜、作業は出来る!」
「どういうこった?俺は店員登録出来なかった。あっちゃんは経営者の登録は出来ないけど店員登録は出来た」
「うちら稀人が抜けたら何かシステムが変わったのかな?」
「それとも最初から、経営者も店員も一度しか登録が出来ないのか」
「他の人で試してみようよ」
「そうだな。リドル君とマルクとロムも呼んでんこよう」
結果、リドル君の『共同経営者』の登録は出来た。
と言う事は、システムが変わり稀人が登録出来なくなったのではない。
マルクとロムにも『共同経営者』の登録をしてもらった。
出来た。
現在、リドル君、アリサ、マルク、ロムの4人の共同経営になっている。
そしてあっちゃんは店員。
ロムに経営者を抜けて貰い、再度経営者登録をしてもらった。
出来なかった。
ロムに店員登録をしてもらった。
アリサは普通にサインが出来た。
なるほど、店舗の謎システムはどうやら経営者も店員も「登録は一度だけ」というルールがあるらしい事がわかった。
そしてゴルダに怒られた。
王都の商人ギルドからゴルダへと連絡がいったそうだ。
抜けたり入ったりと怪しい行動をしているとチクられ、飛んできたゴルダに再登録不可の話をしたら、
「動く前にまず話せ!」
と怒られた。
すみませんでした。
俺は、ナヒョウエから完全に離れた状態になると少し複雑な気持ちになった。
面倒くさい作業をやらなくて良くなった解放感と、自分の居場所を失ったような喪失感だ。
そうだ、ゲームをやめた時と似ているかも知れない。
「やらなくては」という強迫観念に駆られた惰性から逃れた気持ちと、「やらなくてよくなった」というポッカリ空いた気持ちの空間。
結局俺は相変わらずなんだなと苦笑いが漏れたのだった。
完
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