―16― 未知の領域

 突如として目の前に現れたしゃべるモンスターにオレは度肝を抜いていた。


『鑑定結果を修正致します。討伐ランクE++です』


 鑑定結果が脳内で教えくれる。

 E++だと? まったく未知の領域だ。


「フハハッ、その恐怖に怯えた表情、俺様のことを鑑定したな? だったらわかるはずだ。俺様がとんでもなく強いことが!」


「あぁ、鑑定したからわかるぜ。あんたがとんでもなく強いことは」


 喋っているだけでも相手の圧に押しつぶされてしまいそうだ。これがE++の恐ろしさか。


「いいか、さきほどまでの俺様は、仮初の姿だ! この姿こそ、俺様の真の姿! この姿となった今、貴様に勝てる可能性が万に一つもありえない!! 楽しみだなぁ、貴様の野垂れ死ぬ姿を見るのが! さぞ愉快に違いない!」


 そう言って、ハイオーガは高笑いする。


「うるせぇ。オレはこんなところで野垂れ死ぬわけにはいかないんだよ。だから、勝たせてもらうぞ」


「フッ、その心意気だけは認めてやろう」


 ハイオーガは口角をあけで鼻を鳴らした。


「無知を恥じろ。貴様では俺様の足元にも及ばん」


 え――?

 目の前にハイオーガが立っていた。

 さっきまで遠くにいたのに、まったく動きが見えなかった。瞬間移動を使ったと言われても納得してしまいそうだ。

 気がつけば、オレの体は勢いよく壁に激突していた。

 ハイオーガに攻撃されたんだろうが、その攻撃すら目で追うことができなかった。


 これがE++の世界。

 格が違いすぎる。


「なに休んでいる。まだ戦いは終わっていないぞ」


「あがぁっ!」


 うめき声を出す。

 ハイオーガの放ったビームがオレの左腕に当たったのだ。途端、左腕は消滅し、断面が黒焦げになっていた。

 このままだとまずい、逃げないと。


 とりあえず、走り始める。

 けど、すぐに追いつかれることは必然だ。


「なぁ、鑑定スキル。あいつに弱点とかないのか!?」


 唯一の望みは鑑定スキルだ。こいつにならなにかわかるんじゃないだろうか。


『………………』


 答えは沈黙だった。

 くそっ、ハイオーガには弱点はないということかよ!


「遅い」


「――は?」


 突然目の前にハイオーガが現れた。ハイオーガと正拳突きをしてオレの体は勢いよく吹き飛ばされる。


「今度はこっちだ!」


 ハイオーガが叫び、獰猛な眼差しでオレに迫った。その手から放たれるビームは、破壊の力そのもので、オレに向かって轟音を立てながら飛んでくる。


「うがっ!!」


 避けたつもりが、そのビームはオレの右肩に直撃し、肉と骨を焼き尽くした。


「遅い! 遅い! 遅い! 遅すぎる!!」


 ハイオーガは吠える。

 オレは何度も逃げる。その度に、ハイオーガに追いつかれて殴られる。

 いくら逃げようとしても、ハイオーガに追いつかれては殴られる。その度に、体の一部が破壊されて使い物にならなくなった。

 相変わらずハイオーガの攻撃を目で追うことはできない。

 これじゃあ、攻撃を避けることさえできない。


「いいか、貴様では俺様に勝つことはできねぇ!!」


 そう言って、また殴られる。

 オレの体は放り投げられたバスケットボールのように地面をバウンドしながら転がっていく。

 すでに、片目は見えなくなっていた。

 骨も何本折れたわからない。

 さっきから片足がまともに曲がらない。

 左腕は完全に消失し、右腕は指が何本残っているのかよくわからない。

 誰がどう見ても今のオレは満身創痍だ。


「なぜっ!!」


 ハイオーガは吠えた。

 吠えながら、オレの体を掴んでは壁に打ち付ける。

 そして、とどめを刺そうと拳を何度も連打する。


「なぜっ!!」


 再びにハイオーガは「なぜ」と言った。

 なにに疑問を抱いているのかオレにはまったく見当もつかない。

 それからハイオーガは休むことなくオレのことを攻撃し続ける。今のオレは完全にサンドバッグだ。ただ、殴られ続けるだけで抵抗も一切しない。


「なぜっ!!」


 再びハイオーガはそう叫ぶ。

 さっきから、なぜ、なぜ、とオウムみたいに同じ言葉ばかり口にしやがって。

 一体お前はなにがそんなに不思議なんだ?


「なぜ、貴様はまだ立つことができるんだ!?」


「――あ?」


 ハイオーガの言葉の意味がわからなかった。

 なぜ立つことができるだって? それのなにが不思議なんだ?

 オレの疑問が伝わったようでハイオーガは補足してくれた。


「どれだけ俺様が貴様を殴ったと思っているんだ!? 貴様の体は死んでもおかしくないぐらいボロボロだ。なのに、さっきから平気そうな顔をして何度も立ち上がるんだ!?」


 ハイオーガはオレのことを異常なものを見る目で見つめていた。

 ん? だから、それのなにが不思議なんだ?

 だって――


「この程度の怪我、探索者なら日常茶飯事だぞ」


 以前鑑定スキルが教えてくれたことをオレはただ復唱する。

 だから、なにも驚くことないだろ。


「そんなわけがあるか――ッ!?」


 ハイオーガは信じられないといいたげな表情で絶叫していた。


「普通なら、それだけボロボロになったら負けを確信して立つことすらできないんだよ!」


「なにを言ってんだ? この程度の怪我ならすぐ治るしそんな気にする必要ないだろ」


 うん、魔石を飲み込めばどんな怪我でも完治するしな。


「さっきからなにを言っているんだ!? はっきり言って貴様は異常だ! 俺様絶対に間違っていないからな!!」


「さっきからごちゃごちゃうるせーな」


 この世間知らずが。

 所詮、E++のモンスターだし、世間を知らなくてもおかしくないか。この世界はとてつもなく広いんだぜ。


「あのな、鑑定スキルが嘘つくはずがないだろ。だから、間違っているのはあんたのほうだよ」


「意味わかんねぇこと言うんじゃねぇええええ!! もういい次の一撃で、貴様を確実に殺してやる。貴様に勝ち目がないことはわかっているからな!!」


 そう言って、ハイオーガは構える。

 きっと次の瞬間には、目にもとまらぬ速さでオレに近づいては攻撃するんだろう。


「もしかして、オレがただ逃げ回っていただと思っているのか?」


 そう、オレはただハイオーガの攻撃を逃れようと走り回っていたわけではない。


「なんだ、これ……!?」


 ハイオーガは絶叫していた。

 というのも、ハイオーガに粘着性の糸が絡みついており、その場から動けなくなっていたからだ。

 蜘蛛の巣城スパイダーフォート

 逃げ回りつつ、部屋中に透明の蜘蛛の糸を張り巡らせていたのだ。糸に接触すると、接触した箇所に糸が集まり、その者を捕らえる仕掛けになっている。


「クソみたいなことしやがって!! だが、この程度の糸、時間があればすぐほどくことができる! それまでの間に、ボロボロの貴様が俺様に致命傷を与えられるわけがない」


「確かに、この体じゃ全力でパンチするのも難しいな」


 そう言いつつ、オレは屈んだ。

 そこには、さっき倒したオーガが転がっていた。そのオーガに手を突っ込み、魔石を取り出した。

 それをオレは飲み込む。


「おい、なんで魔石を飲み込んだ!?」


「魔石を飲み込めば怪我が治るんだよ。常識だろ、知らないのか?」


「そんなこと聞いたことないわ!?」


 ホントこいつ世間知らずだな。


 さて、怪我も治ったことだし、後は全力でパンチをするだけ。

 スキル〈ドーピング〉を使って、右腕を膨張させる。

 

「さて、それじゃあ、オレの本当の全力をくらってもらおうか」


 膨張した右腕はムキムキで、明らか強力な威力を発揮できそうだった。


「や、やめろぉおおおおおお!!」


 それを悟ったのかハイオーガは涙目で悲鳴をあげる。


「やーめない☆」


 ドカンッ! と、爆発音のような音が響いた。

 全力でパンチしたのだ。すると、ハイオーガの肉体は木っ端微塵に飛び散った。下半身は糸に絡まったまま残っていたが、拳の当たった上半身は綺麗に消失していた。


「ふぅ、討伐完了」


『おめでとうこざいます、ご主人様』


「おい、鑑定スキル! さっきオレのことを無視したよな!!」


『ハイオーガに弱点などありませんでしたので。ただ、ワタクシの助言などなくてもご主人様なら勝てると思っていましたが』


「なんだよ、それ!! くそっ、調子いいことばかり言いやがって」


 ともかく、オレはついに鑑定スキルと共にダンジョンボスを攻略したのだった。









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