似た微笑み
てぃん
第1話
目が覚めた。私は誰なのか分からない。取り敢えず起き上がろうとするが力が入りにくい。何故だろう。しばらくすると足音が聞こえてきた。
「よかった!目が覚めたんですね」
話しかけてきたのは女性だった。だが生憎私はこの女性を知らなかった。知人なのかさえも分からない
「あなたは…?誰でしょうか…?ついさっき目が覚めたのですが私が誰なのかさえもわからないのです。教えていただけませんか?」
「私は名乗るほどのものではありません。そしてごめんなさい、あなたは誰なのか私は存じ上げません…。あなたが倒れていたのでここまで運んできました。」
彼女が私は何者か知っているかもしれなかったがその希望はどうやら消えたようだ。私は一体誰なのだろう。思い出せることはないか頑張ってみたが、空気を掴んでいるように何も思い出すことはできなかった。私は取り敢えず外に出てみることにした。
「突然ですが、外に出てみたいのですが、体に力が入りません。手を貸して頂けませんか?」
「体調はもう大丈夫なのでしょうか…?」
「ご心配なく。幸い、体に力が入らないのと記憶がないこと以外悪いところはなさそうです。」
「それなら良いのですが… もし体調が悪くなったら言って下さいね…?」
そう言うと彼女は笑いながら手を貸してくれた。なにか感じた気がしたが、とにかく私が起き上がろうとしたとき、彼女は言った。
「あら?どうして首に手を当てているのですか…?」
「………え?」
見てみると私は首にに手を当てていた。さっきまで少し動かすので精一杯だったのに。まるで苦しんでいるように首に手を当てていた。
「ほんとうだ、何故でしょう…」
私は困惑しながら当てていた手を首からゆっくりと離した。そしてそのまま彼女の手を借りながらゆっくりと外に出た。
外に出ると当たり前のことだが、年配の方から子供まで色々な人が歩いていた。
「とても幻想的な街ですね。」
「ありがとうございます。ふふっ、表現がお上手ですね」
だが生憎、街を歩いても何も感じなかった。まだ頭の中は靄がかかっている。何か私にとって大切なことを忘れているようなそんな感じ。すると遠くの方から叫びが聞こえてきた。
「どうして今まで忘れてたんだ!!お願いだ!!やめてくれ!!たかが虫を殺しただけじゃないか!!!そんなのにはなりたくない!!!」
何かあったのだろうか?叫び方を見るからにただ事ではなさそうだ。なんとなく彼女に聞いてみた。
「何かあったんでしょうか」
すると女性はさっきまでとは一変し、
「知りません。ただの人外の戯言でしょう」
と、言った。何か彼女の触れては行けないところに触れてしまったのかもしれないので、話題を変えることにした。
「にしても、変なことをいうと、虫が多いですね 」
「ですよね。ですが、とても綺麗ですよね」
「えぇ、この虫たちはなんていう虫なんでしょうか?」
「この虫はクサカゲロウというんですよ」
彼女は虫に詳しいようだった。私は話を合わせながら、誤って殺生をしないよう歩いた。
目覚めてから一週間が経った。日数に直すと7日目。体に力が入るようにもなり、自力で歩けるようになった。だが、生憎自分は何者なのかまだ思い出せずにいた。すると急に頭の中に
「第一の審判は終了しました、引き続き続行します。」
という声が聞こえてきた。
「…………え?」
困惑していると彼女が、
「どうかなさいましたか?」
と、聞いてきた。私は彼女に
「何故か頭の中で声が聞こえまして、第一の審判がなんとか…」
すると女性は嬉しそうに、そうですかと言って、それ以上追求してこなかった。
私はこの一週間必ず毎日街にでかけた。何か記憶の手がかりにならないかと思い、でかけていたが今のところ残念ながら収穫はない。今日も歩いているとふと、看板が目に入った。看板には盗難発生、情報求むと書かれていた。
「全く、盗みとか馬鹿なやつもいるもんだな、もしかして私の記憶も盗まれたのかもな」
と、自分の境遇を冗談めかして言っていると、
「それはないと思いますよ」
と、声がした。驚き振り返るとそこには彼女がいた。
「いつからいたんだい?」
「ずっと居ましたよ?」
「そうか…?気づかなくてすまなかった」
いえいえ、お気になさらずと彼女は言った。その後私は先程の彼女の言葉を疑問に思い聞いてみた。
「それはないと思うとはどういうことでしょう?」
「こちらの話なので気になさらないでください」
と、彼女は言った。それはとても追求を拒むように聞こえた。返答に困っていると彼女が、
「にしても良かったです。あなたが盗みをやらなそうな方で」
と、言ってきた。私が勿論やるわけないですよと、答えると彼女はそうですかと笑っていた。どこか見覚えのある笑い方に思えたが気の所為だろう。
目覚めてから二週間が経った。日数に直すと14日目。私はこのまま記憶が戻らないのかという不安が日に日に強くなってきた。すると、急に
「第二の審判は終了しました、引き続き続行します。」
という声が聞こえてきた。
「……また?」
一体何なのだろうか、審判とは何なんだろう。その審判になにか記憶の手がかりがあるのかとも考えたが、当たり前と言ってしまえばそれまでだがやはり何も思い出せなかった。
数日後、急に彼女は私にこう尋ねてきた。
「ところで恋愛とかはされないのですか?」
「また急に唐突ですね」
「いえ、なんとなくですよ。で、興味とかあるのですか?」
何故か彼女は食い入るように聞いてきた。
「考えてみますね」
と、伝えておいた。私は彼女に伝えた通り私に恋愛的感情があるかどうか考えてみた。が、何故か彼女含め、色々な女性を見てもそのような感情には至らなかった。私にそもそもそのような感情がないような、はたまたもう誰かにそのような感情を抱いているからなのかは分からなかった。でた結論を彼女に伝えてみると、
「そうですか」
と、また笑っていた。何故かとても胸が苦しくなった。
目覚めてから三週間が経った。日数に直すと21日目。私はもしやと思い身構えていると案の定頭の中で、
「第三の審判は終了しました、引き続き続行します。」
と、聞こえてきた。やはりこの声は一週間置きに聞こえてくるようだ。だが審判というのが未だにわからない。私は何を見られているのだろう。そう疑問に思った。
ある日、彼女とでかけていた。すると彼女は私に、
「私に嘘はついてませんか?」
と、聞いてきた。私は呆気に取られながら、
「ついてませんが…?どうかしました…?」
と、答えると、いえこちらの話ですと返ってきた。何故かかまでもかけられたのだろうか?私はほんのちょっとの悪戯心でやり返しを含めて少し困らせようと思い彼女に審判とはなんですか?と聞いてみた。すると予期せぬ回答が飛び込んできた。
「そろそろ分かるときが来ます。」
彼女は何を言ってるのか分からなかった。私は気がついたら彼女を問い詰めていた。
「知ってるんですか!?教えてください!!私の記憶と何らかの関係があるんですか!?」
「焦らないでください。私からは何もお伝えすることはできません。」
「なんでですか!!私は私のことを知りたいだけなんです!!教えてください!私は何者なんですか!!」
「ですから、時期に分かるときがきます。これ以上聞きたださないでください。」
「ですが…」
すると、彼女が鋭い目で見てきた。それは初めて外に出たときに見せた冷酷な彼女を彷彿とさせた。その眼力に圧倒され私はそれ以上追求出来なかった。そしてふと目線を合わせたところに交通事故多発中という看板を見つけた。何故かとても悲しくなった。そして無意識に息が切れていた。激しい運動はしていないはずだがどうしてだろう。彼女の眼力のせいだろうか。わからないがとても苦しかった。
目覚めてから四週間が経った。日数に直すと28日目。やはり頭の中に声が響いた。
「第四の審判は終了しました、続行します。」
珍しくこの週は特に何も起こらなかった。先週の彼女の思わせぶりな言動、私の記憶も戻ることなく終わった。彼女は普段通り優しく微笑んでいた。何故かこの微笑みを見てると安心感と喪失感に襲われた。私はこのままどうなるのか。彼女の言葉を借りればそろそろ分かるときが来るらしいがいつなのか。私には分からなく、ただ、時が過ぎていった。目的がないまま時が流れるこの感覚には見に覚えがある気がした。が、そこから記憶を掘り起こそうとしてもやはり靄がかかったように思い出せなかった。
目覚めてから五週間が経った。日数に直すと35日目。するとやはりまた頭の中に声が響いたがそれはいつもと違かった。
「結論、●●●」
「………え?」
私は聞き取れなかった。だが、何故か体が震えていた。震えが止まらない、何故だ、まるでもうそこには戻りたくないような気がしてならなかった。この震えの正体は何なのか全くわからない。ただ、体が本能的に震えていた。この頃から震えのせいでまともに外に出歩くことが出来なくなった。私は一体何に怯えているのだろう。だが、何故か彼女の笑顔を見ると震えが少し収まった。少しの喪失感を感じながら。
目覚めてから六週間が経った。日数に直すと42日目。私は震えながら頭に響く声に対し身構えていた。すると、
「決定、座標●●」
まただ。また聞き取れなかった。だが本能的に震えが止まらない。何故だ、聞き取れなかったはずなのに体が理解したみたいにもっと震えだした。頭の中が戻りたくない、戻ってももう意味がないと叫んでいる。この震えはもしかしたら私の記憶と何らかのつながりがあるのかもしれない。だがやはり靄がかかってわからない。幻覚か何かかは知らないが急に部屋が蜘蛛の巣だらけの小屋に見えた。それと同時に吐き気が襲ってきた。心理的嫌悪を体で感じた。どうしたんだ私の体は。彼女は私に大丈夫かと心配をかけてくれる。嬉しい反面、なぜか懐かしさなどが込み上げてきた。私は一体何に懐かしさを感じているのだろう。
目覚めてから7週間目が経った。日数に直すと49日目。私は目覚めると見知らぬ場所にいた。そして一人の大男が椅子に座っていた。いや、大男なのかも怪しい。大きさは3mをゆうに超えていた。
「ここは……?」
すると聞き覚えのある声が聞こえた。
「ここは閻魔大王の御前です。あなたは五戒を守り、すべての審判を終えました。おめでとうございます。」
……………意味が分からなかった。閻魔大王?聞き間違いか?どういうことですか?と聞こうとした瞬間、閻魔大王と呼ばれていた大男が腕を下ろした。なにかの合図なのだろう。次の瞬間、私の体は砂になって、どんどん消え始めた。
「は、?な、なんですかこれは??た、助けてください!!なんなんですか!?誰かたすけ…」
意識が消えかかる中で彼女の言葉が聞こえた。「おめでとうございます。」と。彼女は笑っていた。私が何度も見てきた、優しい微笑み。見ると安心し、喪失感が襲ってくる微笑み。
意識が全て消える前に私はすべてを思い出した。もしかしたら思いだすべくして思いだしたのかもしれない。その時の私は記憶の蓋を開けさせられそこから靄が晴れていき、共にどんどん記憶を取られていく感覚を味わった。
俺は自殺したのだ。
首を吊っての自殺。自殺動機は俺の恋人が死んだからだ。交通事故で。眼の前で。彼女の頭がトマトが潰れたみたいに弾け飛ぶのをこの目で見た。次の瞬間目の前にあったのは彼女だったなにかだ。俺は受け入れられなかった。受け入れたくなかった。だが受け入れるしかないのが現実だった。やっと彼女の死を受け止めることのできた俺の頭の中にはあることしかなかった。
「死のう」
貧しい環境で育ち、生きる希望もなかった俺を救ってくれた彼女。俺に生きる希望をくれた彼女。俺の生きがいだった彼女。だがもう居ない。残ってるのは目に焼き付いて離れない彼女だったものと貧しく劣悪な環境。もう生きている意味なんてないんだ。生きてても苦しいだけだ。こんな日本には、こんな世界には、こんな人生にはもうさよならしたかった。
そしてすべてを思い出し、俺の意識がきえていくこの49日間は何だったのかは分からないが、これでやっと楽になれる………
………待てよ、49日?五戒?五戒は仏教の五戒のことか…?あの街にいた虫はクサカゲロウだった。それに、頭の靄が記憶の蓋と共に消えた今なら思い出せる。あのとき頭に響いた声、「結論、人間道」「決定、座標日本」。人間道って、六道の人間道か…?座標日本……?日本がどうかしたのか……?
あっ
その瞬間すべて理解した。嫌だ、生き返りたくなんかない!!彼女のいない世界になんて!!!どうしてだよ!!そんなの地獄じゃないか!!俺は死んだんだ!それでいいんだ!彼女のことなんか忘れたくない!!彼女を想ったまま死なせてくれ!!やめてくれ!輪廻転生なんてそんなのはいらない!お願いだ…!俺からあの想いを奪わないでくれぇ!!
おぎゃあ、おぎゃあ、おぎゃあ
目が覚めると光が差し込んできた。私は誰だ?見知らぬ他人が私を見下ろしてくる。その中に泣いている者もいる。なぜ泣いているんだこの人は?分からない。元気な赤ちゃんですと見知らぬ声が聞こえてくる。私は何故かわからないが何か忘れてしまった気がする。物凄い喪失感に襲われ涙が止まらない。悲しい。哀しい。何故だろう。
似た微笑み てぃん @TN3DESU
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
カクヨムを、もっと楽しもう
カクヨムにユーザー登録すると、この小説を他の読者へ★やレビューでおすすめできます。気になる小説や作者の更新チェックに便利なフォロー機能もお試しください。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
関連小説
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます