両思いの叶わない恋

@takatakasan

第一章 出会い

「それではHRを終わりにします」

担任のその一言で生徒は一気に立ち上がり、下校していった。

明日から夏休みからか、周りのクラスメイトはワイワイとうるさく、これからご飯を食べに行くだの遊びに行くだの騒いでいた。

一方、友達がいるわけでも無い俺は一人で帰り支度をしていた。

矢光優弥と俺の名前が書かれたノートをバックに詰めていたとき、窓側で集まっている女子生徒会話が聞こえた。

「そういえばさ、今学期も来なかったね」

「ああ、軍道さんのこと?」

軍道さん。それはここのクラスメイトの一人で本名は軍道笑美だと担任は話していた。

理由は聞いたことないが、彼女は高校入学以降一度も学校に来たことがない。

俺は今高校二年生だが、この学校はクラスごとに学科が違く三年間クラス替えが無い。

理由が何であろうとこのままでは高校を一度も来なかった奴、なんて噂されるだろう。

大した興味が湧かなかった俺は、静かに教室を出た。

        

「風、強いな」

外を出てしばらく自転車に乗っていたが、今日は一段と風が強かった。

炎天下の中だから多少涼しいとはいえ、生温い風が来るばかりであった。

熱中症になるわけにもいかないと判断した俺は近くの公園の木陰で休むことにした。

自販機で買った麦茶を少し溢してしまい、だんだんとアスファルトの上で広がっていくのをぼーっと見つめていた。

そのせいか少しクラクラしている様に見えたらしい。背後から一人の少女の心配する声が聞こえてきた。

「大丈夫ですか?ベンチ、座りましょう」

ああ、大丈夫ですよ。そう応えようと思い、後ろを振り返った。その瞬間俺は余計に身体に熱が籠る感覚がした。

後ろを振り向くと少し背の低い髪の下の方で二つ結びした美少女が此方を見ていた。

目は明るい茶色を纏っていて、髪が風になびかれている姿はどこを見ても天使そのもので、思わず心拍数が上がった。

「え、あれ?優弥…くん…?」

俺が固まっていると、少女の方から声をかけてきた。

俺の名前を知っているということは、以前どこかで会ったのだろうか?

しかし、俺自身そんな記憶は無いし、何よりこんな綺麗な子に一度会っていたら忘れるはずなんてなかった。

自分の思っていることが気持ち悪いな、と自覚しながらも聞いてみることにした。

「あの、なんで俺の名前…どこかでお会いしましたっけ?」

「あ、えっと…昔、ここの近くで落し物して、助けてもらって…」

少女は少し斜め下を向きながらゆっくり話していた。

とりあえず立ち話もなんだからと、二人ベンチに座って話すことにした。


「あのときはありがとうございました。」

少女はお礼を言うと、丁寧にお辞儀をしてきた。

「気にしないで、大したことしてない。それに言いにくいんだけど、俺自身その記憶があんま無くてね」

申し訳ないと思いながら乾いた笑いを出す俺を見て彼女は愛想笑いをしてくれた。

そういえば、彼女の名前聞いていなかったな。これ自体も、俺は少し不審に思った。

彼女は俺の名前を知っている、もしくは知る機会があった。

それなのに何故俺は彼女の名前を覚えていないんだろう。

そんなことを考えていたら数秒間、沈黙気味になっていたことに気がついた。

俺は咄嗟に

「あ、ご、ごめん。考え事をしていて…」と断りを入れてしまった。

それでも彼女は笑顔で

「ふふ、良いんですよ。何考えていたんですか?」なんて明るく聞いてくるものだから、

余計に気持ちがたかぶってしまった。

「その…君は俺の名前は知っているのに、俺は君の名前知らなくてさ。もし過去に聞いていたなら本当に申し訳ないんだけど…」

そう言うと彼女は

「いいえ、大丈夫ですよ。私は名前教えていませんでしたから」

彼女は一度息を整えてからこう言った。

「私の名前は軍道笑美と申します。」

その瞬間、俺の中で時間の流れが遅く感じた。


「え、今なんて…」

「軍道笑美です。あ、苗字でも名前でも好きな方で呼んでくれてけっこうですよ」

彼女がそうニコリと笑いかけている中、俺は今日のクラスメイトの話を思い出していた。

「そういえばさ、今学期も来なかったね」

「ああ、軍道さんのこと?」

確かに軍道と言っていた。

それに、入学当時も休んだ彼女のことを担任が”軍道笑美”と紹介していた。

「あ、あの…もしかして俺と同じ高校の…」

そう言いながら俺は自分の制服をハッキリ見える様に手を広げて見せた。

彼女は一瞬目を大きくして、再び笑顔を戻してこう言った。

「うん、君と同じクラスの軍道笑美です。よろしくね」

不思議な感覚だった。同じクラスなのに友達の紹介とかでなく、学校でも何でも無い場所で初めて話した。

しかしこんな状況になるとどうしても聞きたいことが一つあった。

「どうして学校に来ないんですか」

俺は食い気味でそう質問した後にハッとした。もしかしたらまずい質問だったか?

何か気に触る様なことがあったら…。

謝罪しようともう一度口を開こうとしたとき、軍道さんは先に応えていた。

「病気なの」

風の音も一瞬やんだような気がして、まるで無駄なお節介をかけられている気分だった。

俺が何ともいえない表情をしてたのか、わからないが彼女は続けて喋っていた人

「私ね、多発性硬化症 っていう神経の病気らしくってさ。命に関わるんだって。私の場合は目の神経に異常があるらしいよ」

なんて軽く言ってくるものだから、俺は少し焦ってしまっていた。

「軍道さん、それは治るんですよね?」

軍道さんは首を少しだけ、横に振った。

「わからないけど、多分無理なんだ。難病指定されててね、色々試したけど…」

そこで彼女の言葉は途切れてしまった。

死ぬ?彼女が?そんな馬鹿な。

今も公園でこうやってニコニコしてるじゃないか。

「でも、軍道さんは今公園にいる余裕あるんじゃないんですか…?」

「えへへ、実はお恥ずかしいことに病院、抜け出してきちゃったの」

そう言って彼女は俺の方を指差した。

思わず後ろを見るとそこには大きな病院がうっすらと見えた。

そうか、忘れていた。

この近くには大きな病院が建っていて、患者の子供や兄弟がここで遊ぶ為に作られたと聞いたことがあった。

勿論、家族に病院通いしている人がいない人もここに来る。

だからこの辺に病院があると言うことも、関係のない俺の記憶からはとっくに消えていた。

えへっと笑う彼女は無邪気に「今度病室に遊びに来てよ」なんて言うものだから、行かざるおえなくなった。

俺もお昼の時間ということで、今日は解散することにした。

俺が飲み終わった麦茶のペットボトルをゴミ箱にかたしていると、彼女は何か紙に書いていて、それを俺のリュックのポケットに何か入れていた。

何してんの?って声を掛けようかと思ったが、わざわざ隠れてそんなことをしていたこともあり、紳士に見なかったことにした。

「じゃあ、また今度ね!」

「ああ、またね。軍道さん」

そういって彼女に別れを告げた後、俺は自分のリュックのポケットから一つのメモが入れられていたので、取って広げた。

そこには絶対来てね。と書かれたコメントと共に一つの電話番号が書かれていた。

絶対に来させるという彼女の執念に思わず軽く鼻で笑ってしまった。


その日の夜、彼女から貰ったメモに書かれてあった電話番号をメッセージアプリから検索すると、「笑美」と書かれたアカウントが見つかった。

何も考えず追加ボタンを押して放置していると、数分もたたないうちにピコンと通知音がした。

「優弥くん、追加ありがとう♪連絡来ないかと思っていたよ(汗)」

と絵文字が多い彼女らしい文章が送られていた。生憎友達が少ない俺は慣れていないやり取りに時間がかかってしまった。

「ごめん、遅くなった」

送った瞬間に既読がついてしまい思わずドキッとしたが、それ以前にあんな淡々とした文を送ってしまったことに段々焦りを感じていた。だが彼女はそんなのおかまい無いらしい。また通知音がして見てみると

「明日か明後日にまた話したいな」

の一文が送られてきてきた。

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