オタクな私とツンデレな姫

百瀬恋月

本編

─女の子四人目の出演者は、藤崎茅乃ちゃんです。どうぞ!


「はじめまして。大学三年の藤崎茅乃です!普段はモデルのお仕事をさせていただいています。自分の素をたくさんの方に知られてしまうのは、少し恥ずかしい気もしますが…あまり気負わず楽しみたいです。よろしくお願いします!」


六月末。

目の前に広がる景色は、キラキラと光る広い海。

視線を少しでも上げれば、眩しすぎる太陽のせいで自然と目を閉じてしまう。

モデルの私からすれば、何よりも大敵な紫外線。首筋を伝って流れる汗。

正直、今すぐ帰りたい。


けれど、そんな感情は決して表には出さず、

まるで一人だけ涼しい場所にいるかのような、爽やかな笑顔と雰囲気で登場し、挨拶をした。

現在、大人気恋愛リアリティ番組の新シリーズ「今年の夏は、恋がしたい2023」の初収録を行っている。

この番組は、高校生や大学生の男女八人が、約二ヶ月の撮影を通して、恋に落ちていく“リアルな恋愛模様”を配信するというリアリティーショー。

この“四季恋”シリーズは、春夏秋冬と季節が変わるごとに新シーズンを放送しており、

胸キュンシーンや、ビッグカップルが誕生する度にSNSで大きな話題となっている。


恋愛に興味が無く、恋人を作る気が一切無い私がオファーを引き受けた理由はただ一つ。

知名度や人気を獲得するため。

芸能界で夢を叶えるには、どんなチャンスでも無駄にせず、使えるものは使ってやるという精神でなければいけない。この仕事もその一環。

綺麗事じゃない現実。

きっと、私以外の出演者も本気で恋愛しに来たわけじゃない。過去に誕生したカップルの七割くらいは、ビジネスなのではと思っている。

実際、今回の出演者も、最近よく見かけるインフルエンサーや若手俳優、セルフプロデュースで音楽をやっている大学生などと、今が大事な時期だと言わんばかりの面子だった。


私の次に紹介された、男子四人目、中野春也がよく分からない一発ギャグをし、何故か笑いが巻き起こったところで、進行スタッフが口を開いた。


「あはは、今期も個性豊かな八人が揃ったんですがね、今回は異例の特別枠で、あと二人、出演者がいるんです!」


そのセリフにみんなが顔を見合わせた。

まあ私からすれば、人数が増えたところで何も変わらないけど。出演者が何人増えたとしても、恋愛対象者はゼロ人のままだ。

意図して集められた数人の誰かに都合良く恋するなんてありえ…………た…………。


「石原一織です!高校2年生です!よろしくお願いします!……あ、こっちは双子の姉です!ほら、姉ちゃん挨拶して」

「なんで私がこんな番組…」

「ちょっと姉ちゃん!」

「……石原芹、です」

「す、すみません。緊張してるみたいで!」

「…あぁはは!えっと、なんとですね!お二人は、四季恋の配信サービスアプリ「NetTube」会長・石原氏のご令嬢とご令息でいらっしゃいます!」


気まずい空気の中、二人の自己紹介に付け加えたスタッフのセリフに、またもやキャスト全員が顔を見合わせた。

が、私はその事実なんかより、一瞬にして私の心を奪ってしまうほどのビジュアルの持ち主が、この世界に存在しているということに驚きが隠せなかった。


ムスッとした顔で、石原芹と名乗った彼女。

吸い込まれそうなほどに大きな目。美人の条件と言われる忘れ鼻。薄くて可愛らしい唇。

小さな小さな顔に、どのパーツもバランス良く配置されている。

不機嫌な表情をしているのに、あまりにも可愛い。

更には毛先を外ハネに巻いた艶々な黒髪と、華奢なスタイルに合う黒いワンピースが、透き通るような白肌を際立たせ、全身黒コーデなのに、何故か重たさを一切感じさせない。


頭の中に、私の推しキャラ達が浮かんでくる。

ツンデレお嬢様のみんな。あなた達を足して割ったみたいな子が目の前にいるの。

もしかして、二次元出身?

私の好みを詰め込んだみたいな美少女、同じ世界に存在してたの?

これが俗に言う一目惚れだとすぐに分かった。

可愛すぎる。タイプすぎる。好きすぎる。

瞬きを忘れてしまうほどに目が離せない。離したくない。


「あ!茅乃ちゃんが見惚れてる!」


インフルエンサーのゆいちぃの声が聞こえてきて、ハッとした。見つめすぎてた…。


「え、いや!えっとその、!」

「あはは、図星でしょ!子犬系の年下がタイプなんだ〜?」


うまく誤魔化せず、みんなが笑いながら冷やかしてくる。


「二人とも照れんなってー!」


え、照れてるの?

申し訳無いが名前を忘れてしまった一発ギャグ男子の言葉で、ちらりと“一目惚れした子”に目をやったけれど、照れてる様子なんて一切無く、先程よりもイライラしているような表情をしていた。

…ん?

頭にハテナが浮かんだその時、“一目惚れした子の横に立っている男子”が、ちょっと春也くんやめてくださいー!とかなんとか言いながら恥ずかしそうに笑った。

まって、これ全員勘違いしてる。

私の心を奪った子は、そっちじゃない…!


勘違いされたまま、顔合わせの撮影が終わり、そのまま海辺のカフェに移動することになった。


「芹ちゃん!」

「…何」

「あの、私、藤崎茅乃です。もう可愛すぎてびっくりしちゃったよ〜」

「…何の話?」

「ん?あ、芹ちゃんが可愛すぎて、こんな可愛い子いるんだー!って!」


そう言うと、私の前をスタスタと歩いていた彼女は急に立ち止まり、勢い良く振り返ったと思えば、初めて目がバチッと合った。

そのまま数秒、じっと見つめられ、鼓動が早くなるのを感じた。自分の心臓から、ドキドキと音が聴こえてくる。

同時に芹ちゃんの顔が赤くなっていくのが分かった。更に顔を覗き込むと、視線を逸らされ目が泳いだ。

これはもしかしなくても、照れている。

可愛いなんて言葉、絶対に言われ慣れているはずなのに。自然と口角が上がってしまい、ニヤケが止まらない。


「ふっ、かわい……」

「っ…冗談やめて!」


次は逆に勢い良く背中を向けられ、早歩きで一織くんのもとへ行ってしまった。


その後のカフェでの撮影は、まずはお互いの基本的なことを知れるような軽い交流がメイン。

みんなが興味津々に質問をし合う中でも、芹ちゃんだけは一切口を開かなかった。

ただ、会話はちゃんと聞いているようで、一発ギャグニキのボケや、天然過ぎる麻友ちゃんの珍発言の連発には、顔が緩んでいた。咳払いをして、すぐに不機嫌顔に戻していたけれど。



三日後、待ちに待ったニ回目の撮影が訪れた。

初日の撮影後はそそくさと車に乗り込んでいて、話しかけられなかったので、今日こそは仲良くなる!と心に決め、現場入りをしたけれど、芹ちゃんの姿は見当たらなかった。

今回は今後使うスタジオを完成させるために、必要な物の買い出しに行き、装飾を作ったり家具を置いたりと、一緒に作業をして仲を深める。といった内容。


「一織くん、芹ちゃんは?」

「姉は部屋に閉じこもってます…」

「あら。なんとなく分かってたけど、芹ちゃんは出演したくないんだね」

「はい。姉ちゃんあんな感じだから、友達とかいなくて。なので父が、恋人じゃなくても同世代の友達ができればと、出演を勝手に決めてきたんです」

「でも芹ちゃん自身は納得してないと…。私芹ちゃんと仲良くなりたいって思ってたから寂しいなあ」

「え、本当ですか!?」

「うん、もちろん」

「うわー!嬉しい!姉ちゃんに言っときます!強がってるだけで、姉ちゃん自身も友達欲しいと思ってるから。素直になればいいのになあ」


…部屋に閉じこもっている芹ちゃん。

強がっている芹ちゃん。

素直になれない芹ちゃん。可愛い。


「あ、姉の連絡先、教えときます。よかったら何か送ってやってください」

「うん、うん?え!?」


神の降臨は突然だった。

あまりにもサラッと芹ちゃんの連絡先を手に入れられそうになり、同様が隠せない。


「せ、芹ちゃんの連絡先!?嬉しい!…けどまって。怒られない?」

「うーん、怒ったフリはされるかも?この前、僕が皆さんと連絡先交換したって言ったら、羨ましそうにしてたので」


羨ましそうにしている芹ちゃん…!!見たい!!絶対に可愛い!!人間国宝さん!!

こうして、ニヤニヤと笑いながら一織くんと喋っていた結果、その事を、大学一年の女優─菜乃花ちゃんがカメラが回っているところで話題にし、私が一織くん狙いだという雰囲気になってしまった。

誰とも成立する気は無いからこそ、

どういった立ち回り方が最適なのか、ちゃんと考えておかなければいけない。

でもその前に…芹ちゃんに連絡!


帰宅後すぐ、芹ちゃんの連絡先を登録した。送る文章の選択肢がありすぎて、一向に文字が打てない。でもとりあえず…


『茅乃です。一織くんから連絡先、教えてもらいました。勝手に追加してごめんね。今日、芹ちゃんいなくて寂しかった。私は芹ちゃんと仲良くなりたいです。来週はみんなで料理パーティーだよ!』


と送ってから一日と六時間が経った。

通知音が聞こえる度、爆速でスマホを確認しているが、芹ちゃんからの返信は無い。

ブロックされた可能性大。

このまま来るかも分からない返事を待って寝坊した、なんて事態は避けたいので、仕方無く本日も眠りにつくことにした。



『お兄ちゃん、早く起きて!もうっ!寝坊しても知らないわよ!…お兄ちゃん、早く起きて!もうっ!ねぼ』


大好きな推しキャラの目覚ましボイスが鳴り響き、目を覚ました。

まだぼんやりとしか見えない、天井に貼られたまた別の推し(ポスター)に「おはよう」とつぶやき、スマホに目をやった。

通知欄にざっと目を通す。

─ からの新着メッセージ4件。

とある通知に私のセンサーが反応した。


「……えっ!?」


目をかっぴらいてからパチパチとさせ、手で必死に擦り、視界を鮮明にする。

─石原芹からの新着メッセージ4件。

これは見間違いじゃない。急いでロックを解除し、アプリを立ち上げた。


『謝るなら最初から追加しないで』

『別にいいけど』

『あと寂しいとか嘘つかないで』

『でも、まあありがと』


一文目と二文目の間と、三文目と四文目の間は十分ずつ空いて送られてきていた。尊すぎて息が絶えそう。

きっと、本当は、“追加するな”と“嘘つくな”という二言だけを送って終わらせたかったんだろうけれど、ちゃんと本音だと思われる文も、十分かけて悩み、送ることに決めてくれたその事実が、私の胸をひどく締め付ける。

こちらも四時間かけて返信を考えた。


『芹ちゃん返信ありがとう!料理パーティー、明日だよ。待ってるからね!』


結果、至って普通な文章を送ってしまったけれど、今回は二十三時間で返信が来た。

スタジオに着く直前だった。


『わかった』


それはたった四文字の言葉。だけど、紛れもなく世界で一番素敵な四文字。

撮影のモチベーションが一気に上がる。

車が停車した瞬間、今までで一番素早くドアを開け、走ってスタジオの中に入った。


「芹ちゃん!」

「あ…お、おはよ」

「おはよう!ああ、今日も可愛いね。服も似合ってる!というか会えて嬉しい!来てくれて嬉しい!」

「…!?、……っ朝からうるさいわよ、バカ」


感情が昂ぶりすぎて、気持ち悪いことを言ってしまった。

おまけに早口で。

こんなどうしようもない私に、照れながらバカだなんて!ご褒美すぎて死ねる。でもだめだ。今は仕事中。

オタクモードはオフにしなきゃ。


「ふふ、ごめんね。でもほんとに嬉しくて。…一緒に、みんなのとこ行こっか」


前回と同じく、ムスッとした顔でいたけれど、メンバーから話を振られればちゃんと返答していたし、撮影終わりに芹ちゃんと同い年の麻友ちゃんから連絡先聞かれていた時は、喜びを隠し切れていなかった。

微笑ましい。

麻友ちゃんとの会話が終了したことを確認し、私も声をかけることにした。


「芹ちゃん!お疲れ様。楽しかったね」

「あ、茅乃。まあ、?少しだけ」

「え?今なんて??」

「だから、少しだけだけど…その、たのし」

「うんそれも驚きだけど、今名前…!呼んでくれた!?よね!?まって、もう一回」

「はあ!?な、なんで!」

「お願い芹ちゃん!茅乃ってもう一回呼んで…!」

「……かや、の?」

「…っあー!好き!もうなんでそんなに可愛いの?というか上目遣い死ねる。どうしよう、幸せすぎて泣きそう。ありがとう芹ちゃん。うぅ、芹ちゃん〜!」


人から名前を呼ばれてこんなにも幸せになったのは人生で初めてだ。興奮のあまり芹ちゃんの両手を握ってしまった。


「もう、ほんと、何なの…」


小さくて柔らかい手。戸惑ったような表情。だんだんと赤くなる頬と耳。全部、全部好き!


「あれ?茅乃ちゃんと芹ちゃん、もうそんなに仲良くなったんだね」

「あ、監督。お疲れ様です。ふふ、はい。他のみんなともかなり仲良くなれたと思います」

「それは良かった。芹ちゃんはどうかな?」

「仕方が無いから出演はするわ。けれどここで恋愛する気は一切無いから。こんなのどう考えてもデジタルタトゥーでしょ?」

「流石会長の娘さんだ。面白い」

「どこがですか!?」

「まあまあ落ち着いて。次の企画はくじ引きで相手を決めて、デートに行ってもらうから。君たちの恋の行方、楽しみにしているよ。それじゃあ、アディオス!」


監督は、がっはっはと大きく笑いながら去って行ってしまった。

芹ちゃんはというと、デートという単語に驚いたらしく、固まってしまっていた。


「芹ちゃん驚きすぎ…可愛い…」


私のデート相手は一織くんになった。

なんとなくこうなる予感がしていた。

番組側は、私と一織くんの成立を望んでおり、このデートくじも仕込まれていた可能性が高い。

けれど私としては、一織くんは別の子を好きになり私が振られる、という流れに持っていきたいと思っている。

スタッフが撮影の準備をしている最中、一織くんを呼び止めた。


「一織くんあのね、こんなこと頼むのも変なんだけど…」

「あ、茅乃さん!今はあんまり近付かない方が!」

「どういうこと?」

「姉が…」


そう言った一織くんの視線の先には、私達をものすごい圧で睨んでいる芹ちゃんがいた。


「え!?芹ちゃん、なんでいるの!?」

「い、一織が心配で」

「っていうのは建前で、僕と茅乃さんの仲が進展するのが嫌みたいで。見張られています」

「芹ちゃんブラコンなのか…可愛い…」

「はあ!?違うわよ!」

「あ、茅乃さんに嫉妬してるんじゃないですよ?僕に嫉妬してるんです」

「ちょっと一織!…違うわよ!?茅乃、ち、違う…くも、その、無いけど!!違うから!!」


え…つまり、一織くんじゃなくて、私が誰かと仲良くなることにヤキモチ焼いてるってこと?


「そんなの、ずるいって…」


あたふたとしている芹ちゃんを見て、胸がキュンと痛くなり、その場にしゃがみこんだ。

苦しい。でも、この苦しささえもが愛おしい。

あぁ、好きすぎる!


「…ふぅ、あの、皆さん!私は芹ちゃんのことが好きです!芹ちゃんに恋しています!だから、一織くんとの展開には期待しないでください!芹ちゃんにアピールしまくります!芹ちゃん!覚悟して!私、芹ちゃんのこと絶対に振り向かせてみせるから!」


愛が溢れ出し、我慢できずに大声で叫んでしまった。

芹ちゃんを始め、宣言を聞いていた全ての人間が、口を半開きにして突っ立っている。


「ブラボー!これは面白い。そしてかっこいい」


静まり返った空気を打ち破ってくれたのは、監督だった。

そして、この様子をカメラに抑えていたのも、監督だった。

そして、その映像を全世界に配信したのも、監督だった。




「茅乃ただいま…ってまだ帰ってない、?」

「……っわあ!芹ちゃん!おかえり!」

「ひゃっあ!っもう!バカ!脅かさないでよ」

「えへへ、ごめん〜、反応が可愛すぎて」


恋人同士になって一年半。

芹ちゃんが高校を卒業したので私の家で同棲を始めることになった。

芹ちゃんと過ごす毎日が幸せすぎて、夢のよう。


「ほんとに幸せ。芹ちゃんの帰りを待つのも、帰ってきたら芹ちゃんが家にいるのも、どっちでも、幸せすぎてどうにかなりそう。…芹ちゃんは?」

「それは…私も、そう」

「あー、もう、大好きすぎるよ」

「…ん」

「ふふ、芹ちゃん。なんで目、閉じてるの?」

「〜〜〜!茅乃なんて嫌い!バカバカ!」

「ごめんごめんー!ほら」


ちゅっと軽い口づけをして、ソファにゆっくり押し倒した。

子犬のようにうるうるとした瞳で私を見つめてくる。


「はあ、可愛い。でもあんま煽んないで?」


抜け出せない沼のよう。

あの日から、一生、死んでも、芹ちゃんの虜だよ。

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