第22話 勝者の笑みは皮肉を滲ませ

   ○○○

 俺とミミさんのダリアン・ポーカーにより生まれた興奮も落ち着き始め、客達は各々のテーブルへと向かいゲームを興じ始めた。


「さて、いくら賭けますかな?」

「ふふ、それでは無難にこのぐらいと行きましょうか」

「無難にと言いながら三十も賭けてるではありませんか。いやはや、相変わらず思い切りがよろしいですな」

「ハハハ、先の勝負に乗せられてしまいましたな」


 皆が一様に陽気ながらも真剣な眼差しでトランプを眺めながらゲームの勝敗を付けている。そこに生じる小さな熱狂に心を酔わせ、時間と金を浪費させる。それが『薄明の館』の本来の姿だろう。


 ある種の品格が垣間見える上品な光景だ。しかしどれだけ綺麗に取り繕ったとしてもここは暗暗あんぐらな世界。

 騎士団の俺にとってあまり心地の良いものではない。


「何やらお顔が険しいご様子。如何されましたかな?」

「………………何でもありませんよ。それで、オーナーに合わせてもらえるのですか?」

「もちろんでございます。さ、わたくしに付いてきて下さい」


 まあそんなことを考えていても埒が明かない、あくまでやるべきことをやるだけだ。

 そうしてテーブルを立った俺はミミさんの案内のもと、静かな店内を歩き始めた。


 ホールを出て、廊下を進み、階段を登る。

 歩いている時はお互い無言だったが、店内の音が聞こえなくなった頃になるとふうと一息を吐いた後にゆっくりと口を開く。

 

「………………貴女から見て左から二人目、白のドレスを身に付けた猫族ニングスの女性」

「おや、唐突ですね。何のことでしょうか?」

「『見てもらっていた』。そうでしょう?」


 俺の問いにミミさんは口元を歪ませるだけだ。

 あのゲームは確かに勝利した。しかしどうにも拭えない違和感が俺の中に残っていたのだ。

 その違和感の正体。客達の耳が無いここでなら答えてくれるだろう。


「そう思った理由は?」

「違和感を覚えたのは第六ゲームの時です。貴女の視線が不意に逸れたのが見えたのです。確信を得たのは最終ゲームですがね」

「ふふふ、お見事です。そうです、わたくしは先程のゲームで『覗き見』をしておりました。彼女は予め客人の中に忍び込ませたこちらの者です」


 やはりか。それなら先のゲームでの彼女の鋭い手に納得がいく。しかしその事実により一つの疑問も生じてしまう。


「それなら第7ゲームで表を出したのですか? 俺の手に10があることを知っているのなら間違いなく裏を出すべきでしょう」


 もしあの場面で裏を出せばまだミミさんにも勝ちの目はあった筈なのだ。しかし彼女はその逆の面を出した。

 イカサマをしていた彼女が勝負を投げ出すようなことをしたのか気になっていたのだ。


 そんな俺の問いにミミさんは仮面の奥でまるで愉快な道化ピエロでも見たなのような軽快な笑い声をこぼした。


「ふふふっ、イカサマを見抜いたブルース様と言えどそこまではわかりませんか」

「………………」

「ああ失礼、わたくしが表を出した理由は単純ですよ。ただそうした方が面白そうだったからです」

「面白い?」

「そうです。あのダリアン・ポーカーはあくまでも余興、…………そうですね、『テーブルの上で繰り広げられた舞台劇』と言う方が適切でしょうか。あの状況でわたくしが負ければお客様方が盛り上がり、今夜を快く過ごしてもらえる。そのための演出として表も出したのですよ」

「……………………」

 

 開いた口が塞がらないとはこのことだろうか。それほどまでに今の俺は間抜けな面をしていることがわかる。

 まさかあのゲームが真剣ではなくただの舞台劇の一種だったとは。ここまで清々しく言われてしまうともはや怒る気すら失せてしまうものだ。悲しいことにな。


「つまり俺は貴女に一杯食わされたということか」

「そういうことになりますね。あ、ちなみにブルース様が負けた際にして欲しいお願いがあるというのは本当ですよ。もしお暇があれば受けていただけると幸いです、もちろんそれ相応の報酬も出させていただきます」

「…………ミミさんって意外と図々しいんですね」

「図々しくなければ貧民街では生き残れませんよ。さ、間も無く父上ヴァーロンのお部屋へ着きます。仮面は外しておいて下さい」


 まあミミさんに一杯食わされたとしてもこの酒場のオーナーに会うといつ当初の目的は達成できるのだ。潔く切り替えていこうじゃないか。

 そうして階段を登り少し進んで行くと、明るい茶色の扉が見えて来る。

 貴族の屋敷の扉とは違いとても落ち着いた雰囲気。しかしどうにもその奥から感じる重たい気配が落ち着かない。


 そんな俺の不安など気にする事なく、ミミさんはコンコンと扉を四回叩く。


父上ヴァーロン、ブルース様をお連れしました」

「ああ、入れ」


 扉の奥から嗄れた老人の声が聞こえると、ミミさんは迷うことなく扉を開き俺を部屋へ入るように促した。

 

 部屋に入って最初に感じたのはそのシンプルさだった。

 肌色の壁紙が広がっている蝋燭の灯された部屋の中心には、二つのソファとティーテーブルが挟んで置かれているのみ。デスクや本棚など他の家具が一切ない無機質な部屋。

 微かに感じるコーヒーの芳醇な香りがこの部屋の主の趣向を教え、埃一つ無い綺麗な光景がその几帳面な性格を教えてくれる。


 そして白髪の犬族ワングスの老人がこちらに背を向けて悠々とカップに入ったコーヒーを嗜んでいた。


「………………初めまして。俺はブルースです」

「ほお、礼節を弁えている。ならば返礼するのが筋というものだな」


 その直後、トンと打ち鳴らす音が響くと同時に老人はソファから立ち上がりこちらへゆっくりと振り返った。

 黒のスーツの上に黒のコートを羽織り、片目には小さなモノクルを掛けている。スーツの左胸のポケットから覗かせる青紫色のハンカチは黒を基調とした装いからはどこか浮いているように見える。


「俺の名前は『ハンブルグ』。この薄明の館のオーナーであり皆からは『父上ヴァーロン』と呼ばれている。よろしくな、ブルースよ」


 杖を片手にこちらを見やる老人の眼差しは祖父のような優しい眼差し。しかし瞳の中で蠢く黒色が言いようのできない恐ろしさを俺に覚えさせるのだった。

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