第20話 ダリアン・ポーカー②

   ○○○

「わたくしはJジョーカーでしたので十五枚のチップをいただきます。そしてコインを二連続で裏を出したため、次のゲームは必ず表にしなければなりません」

「………………」


 淡々と説明をするミミさんの話がどこか遠くで聞こえていた。

 まるで広い部屋の中で一人でいるような切なさと虚しさが俺の中に渦巻いている。


(ふざけるな………………!!)


 そして虚しさの奥で俺は激しい憤りを覚えた。

 その理由を言葉にするなら『自己嫌悪』が妥当だろうか。

 初手、Jジョーカーという最大手に浮かれて肝心の駆け引きが疎かになっていた。そして今のゲームではリスクを考えるあまり心に付け入る隙を与えてしまった。


(しっかりしろ! 俺が見るべきなのはカードの数とかリスクじゃなくて対戦相手である『ミミさん』なんだ!)


 ミミさんは言った。「『ダリアン・ポーカー』はどれだけ己の理性を凌駕できるかを測るゲーム」と。

 それならやってやろうではないか。クレイング・ラーブルの本領というものを。


 現在の中央センターチップの総数35枚。

 ブルース獲得チップ、0枚。

 ミミ獲得チップ、15枚。


「第三ゲームです。表しか出せませんがカードは引かせてもらいます」

「わかった」


 さて、第三ゲームは俺が裏面を出して11枚のチップを獲得した。これでチップは俺が11枚、ミミさんが15枚、中央センターのチップが24枚となった。


「ふむ、流れを見ればマスターが優勢だな」

「しかし青年の方もダリアン・ポーカーについて理解した様子。勝負はここからですよ」

「いやはや、今夜も楽しい一幕になりそうですな」


 仮面の奥で笑う客達の煩わしい声。いつだって傍観者は気楽で羨ましいものだ。

 とはいえ彼らの言う通りゲームについてある程度理解できた。

 次からが本当の勝負、一層強い気合いを入れてやらせてもらう。


「それでは第四ゲームです。わたくしから引かせていただきます」


 第四ゲーム、互いに山札からカードを引く。


(……………………8か)


 このゲームでは丁度中間の数字だ。数字としては心許ない、がチェンジするほど低い数でもない。


「チェンジはしますか?」

「そのままで」


 さて、ここからが肝心だ。

 先の第三ゲームで俺は裏を出した。ここで裏を出すと次のゲームは表しか出せなくなる。


(だが………………)

「………………おや、どうされましたか? わたくしの顔に何か?」


 並の相手ならリスクを避けて安定を取るべきだ。しかし俺の目の前にいる女性は名うてのディーラーであり百戦錬磨のギャンブラー。緩手を打てばすぐ様狩られてしまうだろう。


「いえ、なんでもありませんよ」


 故に彼女を観察する。勝機に繋がる一瞬の隙を、まるで獲物を狙う鷹のように。

 

「さて、わたくしは決まりました」

「………………俺も決まりました」


 そうしてお互いの手は出揃った、あとは運に身を任せるのみだ。


「それでは、オープン!」


 開かれたカードは俺が8、ミミさんは11だ。

 そして開かれたコインは……………………互いに裏面を向いていた。


「………………よし!」

「ほお! これは面白くなりましたね!」


 両プレイヤーが裏面により二人の持つ10枚のチップがゲームから流れる。

 これにより俺のチップが1枚、ミミさんのチップが5枚となった。


「さすがはブルース様、この短時間で『本質』を掴みましたか?」

「ええ、少しだけですがね」


 ダリアン・ポーカー。

 一見すれば運否天賦の比重が大きいゲームに見える。しかしその本質まるで逆。如何にして運を排除するかが重要なゲームなのだ。


(このゲームは大きな数字で『裏』を通すかのゲームじゃない。如何にして相手のチップを0枚にするかのゲームなのだ)


 つまり狙うのは両プレイヤーが裏という結果。限られた手でこの状況を作り上げるのがこのゲームの本質なのだ。


(この本質にギリギリで気付けて良かった………………)


 しかしこれに気付くまでに二つの大きな犠牲を払ってしまった。

 一つは第二ゲームでミミさんにJジョーカーを通されてしまったこと。

 そして二つ目は…………


「それでは二連続で裏を出したブルース様は次のゲームでは表しか出せません」

「…………ええ」


 二つ目の犠牲、俺の次の手が表で固定されてしまったことだ。


 現在のチップ状況は俺が1枚でミミさんが5枚、中央センターのチップが24枚となっている。

 もしここでミミさんの次の手が大きな数字だった時、このダリアン・ポーカーの敗北が確定すると言ってもおかしくない。

 つまりここが一番の肝心、勝負の分かれ目だ。


「それでは第五ゲームです」

「……………………」


 言葉も無く、引いたカードを見ること無く、ただただ祈る。

 俺の手は関係ない、重要なのはミミさんの手だ。


「………………交換いたします」


 カードを交換。そして迷うことなくコインの表裏を決定した。

 一糸乱れぬ動作に握った拳に汗が滲み込む。「まさか」という脳裏に掠めた言葉を「大丈夫、問題ない」と当てもない願いで無理矢理打ち消した。


「それでは、オープン」


 天賦の沙汰が振り下ろされる。

 この時の俺の感覚はまるで舞台劇での演出のように時間が遅くなっていた。


 そうして開かれるコインの委ねた未来。その先にあったのは。


「表…………」


 綺麗な薔薇の絵の描かれた面が向けられたコインだった。

 同時に開かれたミミさんのトランプは二つのハートが記されていた。


「いやはや、せっかくの機会でしたが引きに恵まれませんでした」

「ふう、危なかった…………」


 紙一重で危機を脱した。これでまだ勝ち目があるというわけだ。

 まだ俺の悪運は尽きていないようで心の底から安堵するよ。悲しいことにね。


 さて、両プレイヤーのコインが表ということで中央センターのチップ5枚がお互いのプレイヤーへと渡った。

 これにより俺は6枚、ミミさんは10枚、残りが14枚となった。


「第六ゲーム。早いですがゲームはもう終盤です」

「………………」

「おや、お顔が少々強張っておりますね。なに、心配する必要はありません。いきつけのお店のいつもの席に座り飲み慣れたお酒を注文するぐらいの気楽さでやれば良いのです」


 飄々とした顔で言ってくれる。しかしながらミミさんの助言は的を射ている。

 賭け事に限らず、絵画や物書きなどの芸術、それこそ殺し合いにおいて大事なのはいつだって『冷静であること』なのだ。

 一つの感情の揺らぎがあらゆる物を根本から崩れさせる。こと賭けに於いては相手に付け入る隙を………………先程の俺は与えてしまった。


「そうですね、肩の力を抜いてやらせてもらいましょう。しかし負けるつもりはありませんよ」

「ええ、わたくしも負けません。…………それでは改めて、第六ゲームです。ブルース様からどうぞ」


 山札からトランプを引く。

 描かれた数字は13。AエースJジョーカーなどの特殊なカードを抜けば最高の数字だった。


 しかし今の俺この好手に感情を昂らせる事はない。黄昏の家に居る時のように気楽な感覚で一息吐くのみ。

 そしてじいっと、俺に続いてカードを引いたミミさんの顔を見つめた。


「おやおや、そんなに見られると照れてしまいそうになります」

「ああ、失礼。貴女の次の手はどうなるかを知るためについ見てしまっていました。俺も意外とこのダリアン・ポーカーに真剣にやっているみたいです」

「そう言って頂けるとは、この館のディーラーとして感無量でございます」


 まるで差しで飲み合っている時のような会話の応酬。しかしお互いの言葉の端々からねっとりとした熱い重みを感じる。


「さて、このままブルース様とのお話しを続けたいですが、今はゲームの最中。お互い次の手を決めましょう」

「そうですね。表か裏か………………決めましょうか」


 その熱さが仮面を付けた客達にも伝わったのか、どこからともなくゴクリと固唾を飲む音が聞こえてくる。

 そしてその熱気が冷めやらぬまま、両者のコインの表裏が決定される。


「それでは、オープン!」


 開かれる行末、コインとカードが明けられる。

 トランプは俺が13でミミさんは3。

 そしてコインの表裏の結果は………………


「ほお、これはこれは…………」

「このゲームは『己の理性を凌駕できるかを測る』…………でしたね。やってやりましたよ」


 俺のコインは表を向いていて、ミミさんは…………………裏を向いていた。

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