第9話 ランページという男

   ○○○

 ふん、あれはもう十年以上も前になるか。

 ヴォリスという人間が貧民街の住人になるより前、まだ『ランページ』と言う姓を名乗っていた頃の話だ。


 あの頃のわしはある貴族に仕える家系の者だったのだ。

 仕えてると言っても数多にある配下の内の一つ程度、まあそこまで目立つような物でもなかった。


 とはいえ主人である貴族からの受けは良くてな。豊かとまではいかないが息子夫婦とその間に生まれた孫と共にそれなりに贅沢な暮らしをしていた。

 おい若造、その意外そうな顔はなんだ。わしに子供がいないとでも思っていたのか。まったく、貴様は。


 まあいい、話を続けるぞ。

 当時のわしは既に当主の座から退き、家系の事は息子に任せて趣味だった物書きに勤しんでいた。

 その時からわしはどうやら作家としての才能があったらしくてな。この国やその外の国の歴史を題材にした作品をいくつか書いてみたらいつの間にか稀代の天才作家と持て囃されていた。あの頃は本当によかったものだ。




 そうしてこのまま何事も無い日常が過ぎると思った矢先だ。


 ━━━━わしの息子が国家転覆を企てた罪で首を切られた。


 何もかもが唐突だった。騎士団が我が家へ押し入りあっという間に息子を拘束、裁判もまるで示し合わせたかのような速さで判決が下された。


 一連の騒動がまるで一瞬のようでわしは頭がおかしくなりそうだった。が、わし以上に最愛の者を失った息子の嫁のショックの方が大きかったのだろうな。



 そうして最終的にわしの血縁の者は孫だけとなり、我がランページ家は滅亡するのは必然。そしてわしではその孫を育てる事も不可能と考え、栄えている貴族の養子に送り、正真正銘わしは一人となった。


 ランページ家の再興だと?

 ふん、既に現役から退いたじじいとまだ産まれたばかりの赤子、そして国家転覆を企てた重罪人が当主だった家系だ。再興を考えようにも周りからの信頼を得られるわけがない上、わしや孫の身の安全も保証できない。再興なぞ微塵も考えられなかったわ。

 

 だが、わしとて何もしなかった訳ではない。孫の養子の引き取り手を探す傍らに息子が起こしたという国家転覆の裏を探ったのだ。

 

 息子がそんなことするはずが無い。ランページ家にそんなことする余裕も無ければ力も金も無い。それは間近に見ていたわしが一番理解していた。

 この件は何者かの陰謀が孕んでいる。そう思い家系の伝手を頼りに真相を探ろうとしたのだ。


 だが真相は呆気なく向こうから来た、本当に呆気なく、な。

 先に話した孫の養子先だ。その貴族こそが息子を陥れた黒幕だった。

 そのことに気付いたのは孫を引き渡した一ヶ月後だ。伝手の一人が息子を陥れる謀略を打ち明けたのだ。


 どうやらわしが仕えていた貴族がある貴族とで事業の主導権争いをしていたらしくてな。そいつにとってわし達は目障りだから見せしめも兼ねて息子を陥れたということだ。


 怒りに燃えたわしはその貴族に詰め寄った。だが奴はあろうことか眠っている孫の首元に手を置きよった。

 この状況で行うその行動の意味は一つ、『孫も息子のようにして欲しいか』という脅しだ!

 そうして理解した。奴が孫を引き取ったのは善意などてはなく、わしに対しての人質だったとな!


「孫の面倒は私が引き受けよう」と言った奴の正体に気付けずにわしは大切な息子の形見を渡してしまったのだ!

 これほどの失態、もはや悔やんでも悔やみきれん。


 わしは奴から無様に逃げた。

 そうして本当に天涯孤独となったわしは己の姓を捨て貧民街の住人へと成り果てたのだ。


 もう察しが付いているだろう。

 あの肥え太ったあの男、ダリアン十二貴族序列第四位・ロンド家当主サンバルク・ドゥ・ロンド。

 奴こそ息子を謀殺し、孫を奪った忌まわしき貴族の名だ。

 

 


   ○○○

 人生という物語は得てして壮絶なものとなるでしょう。それが齢の多いヴォリス様の場合は尚更濃いものとなります。

 しかし私の聞いたこの人生は壮絶の一言では片付けられないがありました。それこそ夜空よりも黒い陰謀が。


「なんと…………酷い!」

「確かに惨く、凄惨なものだろう。とはいえもう十年前の話、長年の月日がこの忌まわしき記憶を薄れさせていたのだが…………………まさか奴の方から現れるとはな。思ってもみなかった」


 そう言うヴォリス様の顔は怒髪の如く真っ赤に染まっており、手にしているグラスも今にも握り潰しかねないほどの力が込められています。


 滲むような怒り、それは奪われた亡き息子夫婦様に対する悲哀の現れなのです。

 その止め処ない感情をヴォリス様は十年も溜め込んでいたのです。どれほどの怒りが募っているのか、もはや想像する事すら烏滸がましいでしょう。


「それで、さっきあの野郎が言っていた『ソリア』って言うのはなんだよ?」

「………………孫の名だ。奴にとってはわしへの人質であり、都合の良い政治道具だろう。生きているならもう十歳か……………さぞ綺麗になったのだろうな」

「………………」


 過去の思い出を振り返りながら憂さ晴らしのように酒を呷る。その姿はまるで硬い鎖に縛られた囚人のように映ります。

 そして腐っても私はダリアン十二貴族の娘。誰かを縛る鎖を解く事こそ貴族の努めです。


「ヴォリス様、一つよろしいですか?」

「なんだ?」

「ヴォリス様が依頼された放火事件の調査。私に手伝わせてください!」


 胸を張り、声を張り上げて伝えた提案。

 そんな言葉を聞いたヴォリス様は深いため息を吐きながら呆れた視線を私に向けたのでした。


「はあ、嬢ちゃんならそう言うと思っていたが……………、これはわしの問題だぞ。嬢ちゃんが首を突っ込んでも得は無いぞ」

「私がしたいと言っているので問題ありません! それにこのようなお話はラギアン様の絵を売った時のようなものです。飲み仲間としてたまには助け合いましょうよ」

「ふん、相変わらず言っても聞かない生意気な小娘だな」


 そう言って罵倒するヴォリス様の表情はどこか晴れやかな笑みを浮かべています。この笑顔、もはや答えを聞くまでもありませんね。

 それではヴォリス様のために奮闘して参り…………


「あー、ちょっと良いか?」


 と、決意を改めようとした時、ラギアン様がもじもじとした様子で手を上げたのでした。


「俺もじいさんの調査の手伝いをしてやるよ。絵を売る手伝いをしてもらった借りをまだ返してないし……………それにあのロンドの野郎がムカつくし」

「ラギアン様…………、素直にヴォリス様が心配と仰っては?」

「う、うるさい! こういうのを言うのって結構恥ずかしいんだよ! ………………ともかく、調査ってのは人手がいると便利だろ! だから俺も付き合ってやるよ!」


 顔を赤く染めながら声を荒げるラギアン様に思わず笑みが溢れてしまいそうになります。ですが、ラギアン様の言う通り、調査は人手があればあるほど優位に働くでしょう。

 ラギアン様の提案は私達にとって嬉しいものです


「ふん、礼は言わんぞ」

「いらねえよ。俺はあくまで絵を売る手伝いをしてくれた借りを返すだけだ」

「これで、放火事件調査チームの結成ですね!」


 私とラギアン様とヴォリス様。

 世代も好んでいる芸術もバラバラな三人が一つの目的に向かうために纏まった瞬間でした。


「とはいえもう夜も遅い。今日はもう解散し、調査は明日から始めよう」

「わかりました!」

「そうだな。ふわあ…………もう眠いな」


 こうして本日はお開きとなり、各々帰路へと着くのでした。


 これは一見すればどこにでもある酒場での会話だったでしょう。しかしこの時の私達は知りませんでした。この出来事がダリアンの歴史を揺るがす切っ掛けだったことを。

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