転生した傾国の美女は推しカプを溺愛したいので革命を阻止することにしました
折原ひつじ
第1話 はじまり
みなさんは「傾国の美女」という存在をご存知だろうか?
おそらく悪女にランキングがあったとすれば「いじめっ子」や「悪役令嬢」を抑え、その頂点に君臨するのが彼女たちだろう。王や皇帝、もしくは臣下をたらしこみ、惑わせ、自分の思い通りに操った挙句に国を破滅に追い込む……それが「傾国の美女」である。
悪辣で、狡猾で、強欲で、そして何より美しい。
そんな毒婦が自分の将来の姿だということを思い出したのは、私が十四歳を迎えた今日のことだった。
「うっそでしょ……?」
正確に言えば「普通の日本人だった前世の記憶が蘇って今の状況と照らし合わせた結果、この世界がプレイしていたゲームが舞台であり自分が悪役に転生していたことに気づいた」というべきだろうか。
朝目が覚めた時にやけに鮮明に夢の内容を覚えていた、みたいな感覚に近い感じで前世の記憶が一気に頭の中にインプットされていたのだ。
前世の私は生まれつき身体が弱くて病院の中で大半の時間を過ごしていた。時間を潰す中で読んでいた小説に好きな作品に転生する展開はよくあったけど、まさか自分の身にそんなことが起こるなんて……
「だからってよりによって『彼女』にならなくてもいいじゃない?」
思わず零れた焦りと戸惑いの滲む声すらどこか人を惹きつける色っぽさに満ちており、いよいよ自分が「自分」ではないという事実が身に染みてゆく。
慌ててベッドサイドに置かれていた手鏡を引き寄せて覗き込めば、鏡の向こうではオレンジ色の髪の少女が真剣な表情でこちらを睨んでいたのだった。
「……間違いない。あの『毒ニンジン』が私なのね」
「毒ニンジン」……キャルロッテ・アントニーの代表的な呼び名の一つだ。
彼女はノベルゲーム『革命に咲くアマリリス』に登場するオレンジ色のロングウェーブの髪とラベンダーの瞳を持った悪役キャラクターだ。傲慢で身勝手なふるまいに加え、「ひゅーほほほ!」という特徴的な笑い方はゲーム未プレイの人にもわりかし有名だった。
原作であるゲームは魔法の存在する中世ヨーロッパ風の国が舞台で「主人公である町娘・リリスが魔法の才能を認められ、庶民の身でありながら入学した学園で攻略対象たちと恋に落ちるが二人の恋路は革命によって阻まれる」というのが主なストーリーである。
その中でも特に人気が高かったのが第一王子であるヨハンとのカップリングだ。ヨハン王子がまた素晴らしい青年で、それでいて初々しさに溢れる二人のやりとりはそれはもう胸を甘くときめかせるものだから、前世の私はすっかり二人にどハマりしてしまったのだ。
いわゆる推しカプというやつである。ヨハリリ、いやヨリは私の中で最高のカップリングだった。だからこそ私はどうにかして二人が幸せになれないかとゲームをプレイし尽くしたし、あらゆる考察を深めた。
ここの会話の選択肢によって隠しルートが出てきたりしないかな、とか全キャラクターの好感度を最高にしたら逆ハーレムで逃亡成功しないかな、とか……
体が弱くて昔から病院で過ごしていた私にとってこのゲームは一番の楽しみだったから絶対にハッピーエンドが見たかったし、何より時間だけはたくさんあったのだ。
「……まぁ、結局どのルートでも二人のハピエンは見られなかったんだけど…………」
奮闘の日々を思い出して思わず遠い目をしてしまうが許してほしい。だってこのゲームはいくつかルートはあるものの、結局はどのルートでも革命が起こり悲惨な末路を迎えるという鬱ゲーなのだ。貴族側の攻略対象と恋に落ちれば国が革命の炎に包まれて貴族が処刑されたり、革命側の攻略対象を選べば逆に鎮圧されたことによって反逆者として処刑されたりなどあらゆる悲劇を持って主人公と攻略対象は分かたれてしまう。
そしてその原因を作ったのが国王をたぶらかし、贅沢三昧を極めて国民の不満を爆発させたキャルロッテなのだった。
「ということはつまり、私がヨハリリの死因……?」
そこまで考えてあまりの事態に思わず目眩に襲われてベッドに再び横たわる。とんだ誕生日プレゼントすぎる。
革命を引き起こすなんて前世一般人には荷が重すぎるし、推しカプのバッドエンドの原因に生まれ変わってしまうなんて一体前世でどんな罪を犯したのだろうか。特に何か悪さをした覚えはないけど、もしかして制作会社に長文の感想のお便りを送ったのがいけなかったのかな……?
「嫌だーーっ! ヨハリリには幸せになってほしいのに!」
ベッドの上でのたうち回りながら枕に悲鳴を吸い込ませる。けれどすぐに私は一つの可能性に気がついたのだった。
革命が起こったのは、私ことキャルロッテが魔法で国王をたぶらかして無駄遣いばかりしたからだ。贅沢をするためのお金を税金という形で搾り取り、最終的に生活が立ち行かなくなった市民が革命を起こしたのである。
つまり原因は分かりやすく言えばキャルロッテの贅沢、ということだろう。
それなら私が贅沢をしなければいいんじゃない?
そもそも国王に会わなければ更にいいんじゃない?
キャルロッテが国王に出会わなければ彼を魅了することもなくなるし、無駄遣いをしなければ国民が革命を起こす可能性も低くなるだろう。
「つまり、推しカプが引き裂かれることもないじゃない……!」
なんでこんなカンタンなことに気づかなかったんだろう。革命によって命を落とすことが避けられないのなら、そもそも革命が起きるようなマネを事前にしなきゃいいのだ! 前世の私に教えてあげたいくらいのナイスアイデア!
「こうなったら絶対絶対、推しカプを幸せにするぞーー!」
拳を天に突き上げながらの高らかな宣言と共に、この世界での私の生活は幕を開けたのだった。
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