Night drive

SACK

Night drive

窓の外を駆け抜けていく車の光はこんなに早いのに、煌々と光る東京タワーはずっとこちらを見ている。

名前の知らないラジオDJがリスナーの悩みに親切に乗っていた。


《明日のことなんて誰にも分からないからねぇ。ただ、先回りして自分で結末を決めることほどつまらないことはないと思うな。では、そんな貴方に明日が楽しみになる一曲を!〜♪〜》


流れ始めた音楽が今の自分の気分には全く合わず、窓を開けて風の音でかき消した。

「暑い?」

車内の温度が暑くて窓を開けたのかと、ダイスケが心配そうに聞いてきた。

だが今の時期窓を開けても生ぬるい風しか入ってこない。なんなら窓を閉めてエアコンの風で車内を充満させていた方が十分に涼しい。

「風に当たりたくて」

「どっか停める?」

「ううん、走り続けて」

「りょうかーい」

視線も変えずぶっきらぼうに返事をする私と、どこか楽しそうに笑うダイスケ。


仕事や恋愛…人間関係が全て嫌になって何もかも投げ出した。

どうしてあんなに表の顔と裏の顔を、器用に使いこなせるのだろう。人は皆スーパーナチュラルに人生を演じる俳優だ。


ダイスケは何故か昔から、私が落ち込むと手を差し伸べてくれる貴重な友人だ。

何かセンサーがあるのだろうか。

自暴自棄になり、しばらくデジタルデトックスをしていて久しぶりにスマホの電源を入れた瞬間に【元気〜?】と気の抜けるLINEが来た。


【ドライブ行きたい】

【りょ!】


たった3通で、今に至る。

何があったのか聞くわけでもなく、ただ車を走らせてくれる。そして、

「あ、ここの岩盤浴こないだ行った」

と、時々返事を求めない発言をしてくれる。

一体今どこを走ってるのか分からないが、ダイスケが気ままに走らせる車の中から外の景色をただ眺めるのが好きだ。

アクセルの踏み方やブレーキの掛け方も丁寧で良い。と、免許を持っていない私が偉そうに思う。

窓を閉めて、再びDJのトークに耳を傾ける。

新しく発売したゲームソフトの話だった。

「あっ、俺もこれ買ったー。まだ忙しくてプレイできてないけど」

相変わらず返事を求めないダイスケの発言だ。

顔を見ていないが、楽しそうに笑っている表情が想像できる。

「ねぇねぇ、ゲームしない?」

突然返事を求められ、思わずダイスケの顔を見た。

運転中で前方から視線を外せないため横顔だが、予想通りニコニコと笑っていた。高い鼻筋に、運転中だけ使用する眼鏡が掛かっている。

「ゲーム?」

「そそ、車の中で出来る簡単なゲーム」

「いいけど、何すんの?」

高速道路から一般道に降り、車のスピードが減速した。

「簡単だよー」

あのねー、とダイスケが続ける。


「次の信号が赤だったらキスして良い?」


「え?」

想定の範囲外すぎる提案に思わず声が裏返る。

「声裏返ってるし」

「当たり前だよ!そんな突然言われたらさ」

「で、どうする?やる?やらない?」

楽しそうな声が私の返事を急かす。


《先回りして自分で結末を決めることほどつまらないことはないと思うな》


突然、さっきのDJの言葉が脳内に蘇った。流し聞きしていただけなのに何故こんなタイミングで。

でも、どこにたどり着くか分からない船に乗ってみるのもたまには楽しいかもしれない。

「や、やる」

数分前までは何の感情もない(人の形をした何か)だった私は、今では心臓の高鳴りと手足に血が通って熱まで感じる。

うわずった声で返事をすると、ダイスケはまた楽しそうに笑った。

「じゃあ次の角を右折したらスタートね」

十字路の右手にコンビニがある。そこを大きく曲がり、ゲームはスタートした。

住宅街のような道路に入り、今のところ信号は見当たらない。

「やべ、ここどこだ」

「え?知らないの?」

「知らない!まぁナビつければ帰れるから!」

2人とも知らない道路をしばらく真っ直ぐ走り、突き当たりをまた右に曲がった。

すると遠くの方で信号機の光が見えた。

「あ、信号発見!」

今のところ青く光っているが、信号まで100メートルはありそうだ。

「青だー!さてこのまま通れるだろうか!」

実況中継のような口調で喋るダイスケを横目に、息を呑みながら信号を見つめる。

50メートルほど近づいた。

このまま通過するのだろうと思っていると、信号が黄色に変わったところでダイスケは明らかに不自然にスピードを落とし始めた。

「えっ?えっ!?」

そして信号は黄色から赤に変わる。

「今のはずるくない?」

「俺ってめちゃくちゃ安全運転だから」

「さっきまでそんな運転の仕方してなかったじゃん!」

「いいから、早く!信号変わっちゃうから」

そして運転席から少し身を乗り出し、ダイスケの唇が触れた。ずっと隣にいたのに気付かなかった香水の香りに、心臓をつかまれる。

ゆっくり顔が離れ、未だに感情が迷子の私の顔を見ると、赤い灯りに照らされているダイスケはニヤリと笑った。

「さーて、次の信号は何色かなー?」

「えっ?まだやるの?」


再び車が発進した。


こんなに赤信号が待ち遠しくなるなんて。





end

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