第37話 崩壊と後悔③

 六人は俺の”フリーズ”を力ずくで解こうとする。


「おお怖い。お前らはいったい誰にそんな目を向けてるんだ? 俺は主に後を継ぐように頼まれた男だぞ? 頭が高い。”フェイスダウン”」


 俺のロジックで目の前の六人は俺を押さえつけた姿勢からさらに跪く様に頭を下げる。彼らの目線から俺が逃れたのを見計らって俺は一旦その場を”テレポート”で六人の正面側に見える崖の上に移動した。


 「”コピー”。こいつに”タフ””ガード””プロテクト”そして”トランスファー”」


 俺は再び自分の”コピー”で複製人形を作り、そいつの耐久性を高めた。その懐に小さな小瓶を忍ばせ、今度は奴らの後ろに転移した。俺はその崖の上で船の時と同様に、姿を消し、音や匂いも消して”インソレーション”の空間に身を隠した。


「”オペレイト”」


 奴らの後方に転移させた複製人形に意識を集中して操作する。


「お前らが見下していた人間に頭を下げて尻を突き出している姿は、後ろから見るとますます滑稽だな」


「き、貴様ぁあああ! ぶっ殺す!!」


 急に後ろに現れて挑発する俺の複製人形にキレて叫んだ六人は、さらに力を込めて”フェイスダウン”と”フリーズ”のロジックを破ろうとする。動けないはずの六人は一瞬手足を力ずくで動かす。ヤバい! 今俺はこいつ等が自力で”フリーズ”を破り動き出す想像をしてしまった。もうこの魔法は長く持たない。急がないと! 挑発が終わった俺は、再び”トランスファー”で複製人形を俺の本体がいる前方の崖の上に移動させ、懐に入れておいた小瓶を崖の上から奴らの方に向かって力いっぱい放り投げた。そして、自分の半径十メートル程度の周囲に透明な”ヴェール”の天幕を張り、それに物理攻撃から身を護る障壁魔法の”バリア”とあらゆる攻撃を倍返しする”ダブルリターン”の魔法を掛けた。


 「よし。準備は整った。”トランスファーゲート”」


 俺は自分の複製人形を数歩前にあるかせ、その後ろの”ヴェール”の範囲内に大きめの転移門を作り、その中に飛び込んだ。その刹那、もう大丈夫と気を緩めてしまったせいで全身がゲートを潜る前に六人の”フリーズ”と”フェイスダウン”の魔法が破られた。即座に俺の複製人形の姿を捉えた六体の化け物達は、凄まじい速度でこちらに向かって移動しながら各々全力の攻撃を俺に向けた放つ。俺は奴らの攻撃が届く直前にゲートを潜り抜け、よく見慣れた森に移動していた。


 目の前の景色がよく見慣れた森の入り口の風景に変わった。懐かしい匂いと温かい風を全身で感じて安堵する。と、同時に先ほどの恐怖で腰が抜けそうになった。


「はぁはぁ……よし。戻って来れた! でも、のんびりしている暇はない。先ずは犬達だ。コピックはちゃんと命令通り森に犬達を誘導しているだろうか? ”テレパシー”」≪もしもし、コピック! 聞こえるか?≫


≪イレイザー様!? ご無事だったのですか?≫


≪なんだ? 俺が無事で残念か?≫


≪……そうですね。ですが、今はとても助かりました。貴方の命令通り犬達を森の入り口に集めていたのですが、餌を与えるのに非常に困っています。魔法が使える者と手分けしてフグやワニを魔法で運んできてはいるのですが、もう限界でした。既に空腹で毒を放っている子もいます≫


≪良くやった。それに空腹は好都合だ。これから俺が魔法でこっちに誘導する。犬達は一斉に移動を開始するだろうが、お前は気にせず休んでていいぞ≫


≪それは助かります。結構限界でし――≫


 俺はコピックとの通信を遮断し、準備を始めた。


「さあ。この”トランスファーゲート”の周りに焼き豚、いや焼きフグの臭いを漂わせないと。”スメル”」


 以前、箱庭で犬達にフグを捕まえてその肉を焼いて食べさせようとしたことがある。普段は従順な犬達が俺の『マテ!』の合図を出しても自制しきれずにその肉に飛びついてしまった。犬達が俺の命令を無視するのは蝶の鱗粉、そしてこの焼きフグの臭いだ。それ以来俺は犬達にフグを焼くことを止めた。そんな焼きフグの臭いを”トランスファーゲート”の上に漂わせる。このゲートはあの化け物共の世界に繋がっている。俺は”フライ”で空に移動し、犬達が来るのを待った。


 すると、すぐに小さな生き物の群衆がゲートに向かって集まってくるのが見えた。その数はどんどん増え、匂いの中心のゲートに集まりそのまま消えていく。黒い川の様に続いた犬の氾濫は暫くするとゲートに流れ込まれるように消え去った。それを見計らい俺は”スメル”と”ゲート”を解除した。


「ふう。これで向こうの世界は大混乱になるだろう。俺のコピーに掛けた”ダブルリターン”は魔法を倍返しする。ゲートを潜る瞬間、奴らが強力な魔法を放っているのが見えた。頭に血が上り、本気で俺を殺すつもりで放った魔法を倍の威力ではね返されて、今頃奴らは大打撃を追っているはずだ」


 そして、そこに腹をすかせた犬達の群れ。さらに、俺の投げた瓶の中には蝶の鱗粉が大量に詰まっている。ちゃんと割れていれば、向こうに行った犬達も化け物たちも理性を失い暴れ狂っているはずだ。これは船の中であり余った時間でじっくり考えた作戦だ。シミュレーションも繰り返した。だが、俺の想定外の事も起こっている。外殻は崩壊し、力を取り戻した奴らは逃げることも可能となった。七崇官の六人はともかく他の連中は逃げてしまっているかもしれない。もう俺にはどうなっているかわからない。さながらシュレーディンガーの猫だ。

 

「だが、これで十分に時間は稼げる。もし奴らが生き残っていたとしても、ここに戻ってくるのは早くても十日以上先だろう。その間にこの国にダンカロアよりもっともっと大きな外殻を張り、中に”フレンドシップ”を展開すれば、争いは起こらない。その中でロジックを流布し便利な魔法が栄える豊かな国を作ろう。だが、その前に、俺の身代わりになって俺を救ってくれたクリップを助けに行かないと。奴は俺にとっての救世主だ。礼と言っちゃなんだが、王位を譲ってやろう。そして俺は今まで通り森で暮らす。今度こそ本当の自由な生活が訪れるんだ」


 俺そのまま城に向かって飛んだ。城に向かって移動しながら、ファームの被害を確認した。幸いなことに特に被害はないようで、どの村の人達も以前と変わらず生活を続けている様だ。もう少しだ。もう少しであの穏やかだった生活に戻れる。あのジジイはロジックを消し去れとかほざいていたがそんな必要はない。ロジックさえあれば外界との交流を断絶しても十分に平和で豊かな生活を送れる。イーゼルとの子供や村に生まれてくるであろう俺の子供を中心に王国を立て直し、この国を永遠に平和な理想郷にするためのロジックを広めて俺が死んだ後も永久に続く楽園を創造してやる。外界がどうなろうと俺には関係ない。


 そんな未来を思い描きながらゆっくりと四つの村を見て回る。皆いつもと同じように生き物を世話し、農作物を育て、子供たちは健やかに走り回っている。しばらくそんな穏やかな村人の暮らしを眺めながら飛んでいると、ワニの村が見えた。あの時の若妻が元気な姿で他の村人と楽し気に話し込んでいるのが見えた。


「そういや、あれからオナニーすらしてないな。あの時あの女にムラムラしてからずっとおあずけを喰らいっぱなしだ。少しくらいクリップを元に戻すのが遅くなっても問題ないだろう」


 俺はワニの村に降り立った。そして、友人と会話を楽しむ若妻の後ろに立ち、ポンと肩を叩く。


「い、イレイザー様!? ご無事でしたか!? あれからずっとお見えになられないので心配しておりました。あの子はどうなりましたか?」


 そう嬉しそうに話し掛ける若妻がとても愛おしくなり、さらに一歩近づく。


「ありがとう。心配かけたね。あの黒い犬は秘密の場所で元気にしているよ。それより君こそあれから身体は大丈夫かい?」


「は、はい。あの後は特に何もなく、いつも通り元気に生活を送れています。本当にありがとうございました」


「そうか。でも、もしかしたら自分ではわからない何かが身体に起こっているかもしれない。僕に調べさせてくれないか?」


「え? ……あの。それは――」


「さあ。君の家に行こう。悪いがこの人を借りていくよ」


 若妻の友人は呆気にとられ、口を開けたまま首を縦に何度も振っていた。俺は無理やり若妻の手を引き彼女の家に引きずり込む。


「さあ、服を脱いで」


「え? ……あ、はい」


 そうして特に抵抗もせずに俺の目の前で服を脱ぎ始める。俺はもうそれだけで興奮し、いてもたってもいられなくなる。


「さあ、ここに座って。大丈夫。何の問題も無いよ」


 そう言って若妻の身体を抱きながら右手で胸に手を当てる。そして、指先でゆっくりと乳首を転がす。


「ん」


 若妻の甘美な声が漏れる。乳首は少しずつ立ち上がり、俺の手のひらにもっと、もっととおねだりをする。


「あ、あの。もうすぐ主人が仕事から戻って――」


「大丈夫。力を抜いて」


 俺は内ももに手を滑り込ませる。若妻は抵抗することなくそれを受け入れた。そうして俺は溜まっていた物を全て吐き出すかのように、若妻を犯した。まだ昼過ぎだというのに村中に届くほど大きな声であえぐ若妻に興奮しさらに激しく刺激を与える。途中で血相を変えて帰ってきた夫に”フリーズ”を掛けて、その行為を見せつけた。若妻はそれに興奮したかのようにさらに乱れ、夫は声を上げて涙を流し続けた。


「――あー。もう限界だ。動きたくねー」


 体力の限界まで楽しんだ俺は、しぶしぶ重い身体を起こし、若妻と夫から記憶を消して村を出ようとした。だが、その大きな喘ぎ声を村中の人が聞いていたようで、全員から記憶を消して回る羽目になった。気が付くと空は夕日を差していた。小一時間楽しむだけだったつもりが半日近くの時間を費やしてしまった。


 正直このまま眠って明日の朝に行けばいいかとも思ったが、喉を潰され、両手両足を切断されて苦しみ死んだであろうクリップの事を考えると流石に気が引けた。仕方なく再び”フライ”で空に上がり、さっきの余韻に浸りながら空中散歩を楽しん見ながら城に向かった。


 それにしても”スケープゴート”。まさかこの魔法がこれほど役に立つとは想像さえしていなかった。あの時はキャンバス達が俺に危害を加えられない様にする為だけに掛けた魔法だ。その魔法が俺を窮地から救い出してくれた。生まれて初めて心から感謝をするよクリップ。お前がいなかったら今頃俺は死んでいただろう。いや。そもそもこれはキャンバスが負うはずの痛みだったんだ。それを勝手に消えてお前に擦り付けた。アイツさえあんな魔法を俺に向けなければお前は苦しまずに済んだのに。酷い兄だよな。だが、キャンバスがいなかったらこの魔法の事をすっかり忘れていた。アイツの犠牲があったから”スケープゴート”の事を思い出し、あの化け物達の前であれほどの虚栄を張れた。俺がもし攻撃されたとしてもクリップが身代わりになってくれるという保険があったからあの化け物たちに挑発的な態度がとれたんだ。そう考えればキャンバスの死も無駄じゃなかったな。落ち着いたら墓ぐらい立ててやるよ。骨すら消え去ってないけどな。

 

 そんな事を考えながら城の中に入り、クリップの部屋を目指す。通り過ぎる従者や兵士たちは俺の姿を見て驚いていた。そう言えば、俺が最初に森から戻ってから自分の足で歩いている姿を見せるのは初めてか。まぁいい。どうせ誰も話し掛けてはこない。俺に唯一話し掛けてきたコピックもすでにこの城の兵士じゃない。周りの人間の反応には目も暮れず俺はクリップの部屋を目指した。


 すると、何やらクリップの部屋で騒ぎが起こっている様子が見えた。あちゃー、やっぱり遅かったか。誰かに見つかったようだ。そりゃ慌てるよな。部屋の中で両手両足が切断され喉を潰されて死んでいる王子の姿を見れば。でもその割に通り過ぎた奴らに慌てる様子はなかったぞ? 普通に考えれば城内の部屋の中でそんな無残な殺され方をしていたら、犯人がまだ城の中にいると警戒しそうなものだが……。まぁいい。先ずはクリップの復元だ。まだ肉体は部屋にあるだろうか? 俺は急いでクリップの部屋に入り中を確認した。するとそこはまるで何事もなかったかのように綺麗に片付けられ、血の跡すらなかった。ただ、非常に不快な生ごみが腐った様な異臭だけが漂っている。


「おい。クリップはどうした?」


「え? あ? イレイザー様!? いつお戻りに? 足は? 喉は? 大丈夫なのですか?」


「そんなことは今はどうでもいい。それより質問に答えろ! クリップの肉体はどうした?」


「そ、そのクリップ様はお亡くなりに――」


 要領を得ない問答に苛立ちを隠しきれなかった。


「馬鹿か? そんなことは分かっている。その肉体はどこだと聞いている」


「も、申し訳ございません。く、クリップ様の肉体は既に火葬され――」


「は? 冗談はよせ。そんなわけないだろう! クリップがやられてまだ数時間しか経っていないはずだ! 俺ならクリップの身体を元に戻せるんだ。しょうもない嘘を言っていないで早くクリップの身体のところに案内しろ!」


「い、いえ。冗談ではございません。クリップ様は部屋に大量の保存食を持ち込んだまま長い間籠りっきりでした。心配はしていたのですが、決して部屋に近づくなと命令されていたので何もできず……。でもある日クリップ様の部屋の分厚い壁越しでもわかる程、酷い腐敗臭が立ち込め、慌てて中に入り、見た時には虫が湧き、酷い状態だったとか……。腐敗の進行具合から見て死後十日以上経っていたそうです。原因が分からず感染症などの恐れもあったので急いで火葬し、部屋をかたずけ終わったのがつい先日。ですが、匂いだけが完全には取れずに――」


「十日以上前!? 十日以上前にクリップは死んでいたっていうのか? つまり、奴らがこの国に攻め込んで来た時には既にクリップは死んでいたっていうのか? まさか……。じゃあ俺は何で……」


 そう言った瞬間に最悪の状況であることに気が付いた。


「”テレポート”!」


 俺は急いで森の家に戻った。ログハウスは何も変わらずそこにあった。俺は恐る恐る窓から中を覗いてみる。何も見えない。次の窓は? 大丈夫だ。その隣にあるドアを開けて部屋に入ろうとすると奥の部屋の窓に赤い何かが付いているのが見えた。俺はドアノブから手を放し、恐る恐る赤い何かが付いた窓から中を覗いてみる。


「うぁ、わぁぁぁーーー!!」


 そこには両手両足を切断され、喉を潰され、腹を裂かれたイーゼルが床に仰向けに横たわっているのが見えた。そうだ。俺が以前箱庭で”スケープゴート”を掛けた人間は三人。初めにイーゼル。次にクリップ。最後にキャンバスだ。俺に何かあれば一番最後に魔法を掛けられた者が身代わりになる。俺を攻撃すればキャンバスに害を及ぶようにするためにそれ以降この魔法を上書きすることはなかった。この魔法を敢えてイーゼルにも掛けたのは、”テレパシー”で会話する為には”スケープゴート”の魔法を掛けておかないといけない、という嘘を正当化する為。後で解除するつもりでイーゼルにも念のため掛けておいた。


 そして、そのことを忘れて今に至る。そのおかげでキャンバスとクリップが死んだ今でも俺は死なずに済んでいる。だが、イーゼルにまたひどい苦しみを与えてしてしまった。……だが問題ない。俺なら完全に元に戻せる。両手両足、喉、そして腹部も。痛みも恐怖も忘れさせてやる。腹部が裂かれているという事は恐らく中の子供も無事ではないだろう。だがそれも問題ない。全部元に戻せる。その時、俺はあることに気が付いた。


「あれ? 俺は腹に攻撃はされていないはず……何で腹が裂かれているんだ?」


 そんな疑問が頭をよぎった時には既に、俺の身体はノブに手を伸ばし一気に引いていた。すると、ドアと共に中から引き出された空気が、鼻から脳までを一気に釘で刺されたかのような強烈な刺激と共に俺に襲い掛かってきた。その瞬間に体の自由が奪われそのまま床に倒れこんだ。薄れゆく意識の中で黒い影が視界の端に見えた。


「……最初にやるべきだったのはお前の……」


 俺は意識を失った。

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