第33話 コングレスへの誘い⑤

 一人になったルーンの心を探る前に、俺は自分の部屋の周りに警報魔法”アラーム”と監視魔法”サーベイランス”を掛けて奴らの襲撃に備えた。すると、いつの間にかこの部屋の周りの至る所に見張りを配置されていることに気が付いた。


 全然気が付かなかった。探ってみるとドアの前に一人とその監視を見守る者が通路の左右に二人ずつ。両隣の部屋に三人ずつ。上下の部屋に三人ずつ。ドアとは反対側の海側にあるたった一つの窓を見張る者が甲板に五名配置されている。まさしく蟻の這い出る隙もない。それにしても、なんという手際の良さだ。ほんの数分前に話していただけなのに既に監視態勢が整っている。しかも……。壁や床、天井に張り付いてジッとしている。これは……耳か!? 巨大な耳を聴診器のように壁や床に貼り付けて音で俺の動きを盗聴しているんだ。部屋の外にいる兵士を見張っている奴らや甲板の奴らは触手の様な目を自在に動かして決して見逃すことが無いようにじっと見つめている。こいつら、手を抜くことを知らないのか? 部屋の出入り口から目を離さない。まるで草むらで獲物の隙を狙う肉食動物のように見えないはずの俺を壁越しにジッと睨んでくる。ふざけるなよ! 壁に囲まれているとはいえ、こんな状態じゃとてもじゃないが眠れやしない! 俺は監視の魔法を解き、ベッドで毛布を巻き付けうずくまった。


 ――しばらく息を潜ませ思考を巡らせ続けた。少しずつ鼓動が小さくなり、時間と共に落ち着きを取り戻す。それと同時に頭に上った血が下がったのか、頭が働き始めた。

 こんなどうしようもない状況の中でも気が付いたことがある。これだけの人数を配置しなければ俺を監視できないという事。それは奴らにはやはり思考を読む力が無いという事の証明だ。圧倒的に不利な状況であることは間違いないが、この状況を逆手に取れれば奴らを騙すことが出来るはずだ。先ずは音だ。完全に遮断してしまうと奴らにバレる。この部屋の隅だけに防音結界を張ってその中で魔法を使えば奴らにはわからないだろう。そして俺のコピーを作って身代わりに奴らに見張らせ、俺は自由に動ける状態を作る。


「”インソレーション”」


 俺は可能な限り小さな声で部屋の片隅に遮音の空間を作り、その中に入って再び”サーベイランス”も発動した。俺が声を出したことに盗聴している奴らは俺の声が聞こえた方に集まっている。俺は絶縁空間中で、ようやく一息ついた。


「さあ! ここからは俺のターンだ! 俺の行動を監視してみろ!」


 大きな声をだして効果を確認した。誰一人反応を見せない。よし! この中でもう一度、自分自身のダミー人形を作ろう。


「”コピー””オペレイト”」


 今度は前回と違い、自分をそのままコピーしたダミー人形を操った。それを”オペレイト”で絶縁空間からベッドに移動させ横に寝かせた。見張りの様子を確認するとダミー人形の動きを追うように移動していった。よし。気づかれていない。これで、俺は自由に動ける。そう思った瞬間一気に身体から力が抜けた。そういえば、今朝からバタバタと動き続けて全く休めていなかったことに気が付いた。俺はそのまま床の上に横になり、気を失ったように眠りに落ちた。

 次に意識が戻った時にはすでに太陽の光が窓から差し込んでいた。一瞬焦って絶縁空間から飛び出しそうになったが既の所で踏み留まった。


「あ、危なかった……」


 寝ているはずのベッド以外から物音がすれば奴らはさらに警戒を強める。この中なら自由に動けるとは言え、見張られていることには変わりはない。奴らは色んな能力に長けている。”インビジブル”だけでは奴らから完全に隠れきることは出来ないということがわかった。完璧に気配を消し、においを消し、音を消さなければ奴らに近づくことは不可能だ。


「だったらこうだ。”ヴァニッシュ””サイレンス””オドレス”」


 俺は自分自身の姿を完全に消し、無音、無臭の魔法を掛けた。ただ、この状態では自分自身も存在もうまく認知できない。周りの音も、匂いも自分自身の身体の感覚もわからなくなる。階段を上るのでさえ至難の業だ。だから、今まで姿を消したい時は”インビジブル”で姿を隠していた。この状態でベッドで寝ている俺のダミーをこちらに歩かせ、絶縁空間の手前で立ち止まらせた。それと同時に俺は慎重に絶縁空間から出て歩き回り、わざと音を立ててみる。よし、監視はダミーの方に意識を集中させて俺本人の動きには付いてこない。


「部屋を出ようかなー?」


 と、話し掛けてみるが無反応だ。よし。これで音はクリアだ。ダミー人形は俺をコピーして作っているから匂いも大丈夫だろう。次に俺自身の臭いが完全に消えているかの実験だ。


「”スリップスルー”」


 俺は堂々とドアをすり抜け見張りの前を歩いてみる。どうやら気づいていないようだ。恐る恐る見張りの鼻先に唾液を付けた指先を近づけてみる。無反応。よし! これで全てクリアだ。俺はもう一度ゆっくりと部屋に戻り、再び絶縁空間に入ってからコピー人形を操り自室のドアをノックした。コンコン。外側からドアが開く。


「どうされましたか?」


「すいません。甲板に上がってもよろしいでしょうか? いつもなら外の空気を吸いながら瞑想をする時間なのです」


 俺の言葉に顔色一つ変えず見張りの男は淡々と答える。


「申し訳ございません。ルーン様には貴方様の安全の為、部屋から出さぬようにと仰せ付かっております。我々の中には貴方様を良く思っていない者も多数存在します。貴方の国で同族を亡くした者もおりますので。そういう連中が命令を無視して一度に襲い掛かってこないとも限りません。ご不便をお掛けしますが、どうかご理解の程、宜しくお願い致します」


「……。そうですか。わかりました。それではこの部屋の中で瞑想をさせていただきます。数時間は集中したいのでその間、できる限り物音を立てず、入室もお控えください。座禅中は感覚が研ぎ澄まされ、頭上を歩く音などの些細な物音も気に障りますもので。終わりましたらこちらからお伝えします」


「承りました。ちなみに、そのめいそう、というのはどういったものでしょうか?」


「おや? ご存じないのですか? そうですね……。姿勢を正して静かに座り、心を整える儀式のようなものです。元々私は気が短く、心を落ち着かせるように心がけているのです。が、瞑想を邪魔されるのが最も嫌いで、過去に瞑想を邪魔された時は魔法を無意識に放ち大惨事になりかけた、という経緯もあります……。船内での慣れない生活にも心を乱され、少々気が立っております。どうかご協力ください」


「な、なるほど。……では皆には貴方様の邪魔をせぬようその旨を伝えさせていただきます」


「何卒宜しくお願い致します。では、失礼します」


 そう言って扉を閉め、ダミー人形を再びベッドの上に座らせた。しばらく監視の動向を探っていると、真上の部屋の監視がゆっくりと音をたてないように部屋から出て行った。恐らく自分たちの足音を危惧したのだろう。多少なりとも俺の脅しが効いたようだ。俺がそうであるように奴らも俺の能力を測り切れていないはずだ。これで少しは動きやすくなった。俺は前回同様ダミーを部屋のベッドに座禅を組ませた状態で残し、今度は上の部屋に”スリップスルー”で移動した。そして監視のいない通路側に移動し、その向かいの部屋の窓から監視の緩い海側にすり抜けた。よし。七崇官の居場所を探そう。今回は完全に消えているとはいえ、奴らの能力を侮るのは危険だ。俺が今いるのは化け物の巣窟なんだ。念には念を入れて行動しないと。


 上空高く飛び辺りを見下ろしてみると、港からでは分からなかったが、夥しい数の船が眼下に広がっていた。


「こんなとんでもない数だったのかよ!? あの化け物共がこれだけの数で攻めてきているのに、あんなに可愛い犬の毒に怯えて引き返すっていうのか?」


 俺はもしかしたらとんでもないものを育てていたのだろうか? 箱庭のアイツが本当にヴェノムウルフだとしたら早く何とかしないと取り返しのつかないことになってしまうかもしれない。だが、今はこちらが優先だ。今日の会議はたしか、マーキュリー船でやると言っていたな。マーキュリーと言えば水星だ。あの中で水星に関係しそうなのは……恐らくウォーディンだろう。先ずは奴らの種族が乗っている船団を探そう。そして、恐らくその中で最も大きな船が奴の船だ。


 一帯を飛び回って分かった事がある。奴らはどうやら形や色に強いこだわりを持っている。連携を取る為には必要なのだろうが、主張が強いというか自信の表れというか。その中でも最もわかりやすいのが色だ。船にはそれぞれ別の色で装飾が施され別の色の旗を掲げている。全てを確認したわけではないが、青色がウォーディンの船団のカラーなのだろう。恐らくは主という人物の感性。地球人でないとわからない名前やイメージカラーは主のこだわりなのだろう。

 しばらくすると奴とよく似た種族を発見した。他にも赤や黄色、緑、茶色もある。さっきまで俺がいたルーナの船団は黒をあしらっていた。それぞれ一目で誰の船なのかを確認する目的だろうが、こちらからしてみれば非常にありがたい情報だ。青い旗を掲げている舟が集まる船団に行くとひと際大きな船を見つけた。ルーナの船よりもかなり大きいから、もしかしたらウォーディンの方が位が高いのかと一瞬戸惑ったが、潜入してみれば理由はすぐに分かった。体の大きい種族の船なら大きくて当たり前だ。ありとあらゆるものが巨大なルーナの船よりもさらに一回り以上大きい。この船のドアは人間の力では開けられないだろう。まるで巨人の国に迷い込んだような錯覚を覚える。


 ここからはまた慎重にしないと、現時点で奴らの能力は常識の範疇を超えてはいない。異常な視力を有していても、壁を越えて透視もできない。異常な聴力を持っていても心の声までは聴くことは出来ない。異常な嗅覚であったとしても、他の臭いと混ざれば困惑する。とはいえ奴らの能力が未知数なことに変わりはない。今回は船外から奴らの心の声を盗聴する。先ずは奴らの居場所を突き止めないと。


「”シースルー”」


 俺は巨大な船内を透視して七崇官の居場所を探った。すると奴らは船尾側の外板に面していない中央の部屋の水面より下にある薄暗く、広い空間にいた。会議室というには武骨な部屋だ。本来は倉庫か何かを急遽会議室に使用しているといった感じだ。恐らく俺を警戒しての事だろう。あの部屋に侵入しようと思えば、壁をすり抜けらでもしない限り、船内中央の通路を通るしかない。壁や床も船の外板に面している部分がない為、盗聴しようにも船内に侵入しなければ不可能だが、船内のその部屋に面している全ての部屋には見張りが配置されている。そして、この船の海中にはウォーディン同様のうろこの肌をした兵士らしき人影がウジャウジャいる。いわゆる魚人族だろう。あの海に飛び込めば、姿を消していても存在に気付かれる可能性が高い。侵入も盗聴もほぼ不可能だ。まさに鉄壁。だが、俺なら船から離れたこの場所からでも奴らの念話は聴ける。


「”テレパシー”」


 俺は意識を集中して七崇官の心の声に聞き耳を立てた。


≪奴の様子はどうだ?≫


 俺の頭の中に、ルーナの声が響いた。


≪部屋の中でベッドの上に座り、瞑想とかいう精神統一をしているそうです。ですが、心音や呼吸音も聞こえるようなので間違いなく部屋にいるとのことです。ただ、異常な心拍が聞こえたかと思えば、心音が完全に消えた時間もあり、何かしら企んでいる可能性は高いでしょう。こちらの動向を探っているのかもしれません。最後に聞こえた声は見張りとの会話とインソレーションとかいう意味の解らない言葉ですが、その後は変わった様子はないようです≫


 心音? やはりアイツら隣の部屋からそんなものまで聞こえるのか? もしもの事を考えて自分を完全に複製するコピーでなければ今頃バレていた。だが、あの複製はほぼ生きている。呼吸もするし、心臓の鼓動もある。俺が”オペレイト”で操作すれば完全に俺と同じだ。決して見破ることは出来ないはず。


≪そうか。だがどんな方法を使ってくるかわからない。このまま感応で話を続ける。奴のロジックは私たちの想像をはるかに超えた能力を備えている可能性が高い≫


≪ですが、奴らがロジックの封印を解いたのは、ほんの数年前とキャンバスという人間は言っていました。あのイレイザーという男も齢たった二十歳そこそことか。同じ人間族とは言え、何百年も生きている主ならばいざ知らず、あんな若造にそれほどのロジックを有しているとは思えませんが……≫


≪主と比べるとは甚だしいにも程がある! 主は、俺達でさえ指一本触れる事も出来んのだからな! だがあの小僧はどうだ? 平静を装っていたが内心はピーカの様に震え上がっていたじゃないか! 怯えている事を隠す為に虚勢を張っているだけだ! 多少ロジックに長けていようとも、発動に詠唱が必要なのであれば、その間も与えず、この爪で引き裂いてやれば片が付く≫


 頭の中でチュールの大声が響き思わず耳を塞ぐ。こいつは心の声まででかいのかよ!?


≪ならん。少なくともあのキャンバスとかいう男の魔法を即座に返したのは事実。その方法が分からん以上むやみに手を出せばどうなるかわからん≫


≪あの男は魔法を反射させる方法を身に付けている。それをあらかじめ自分に施していたとしたら即座に魔法を返した理由は説明できます≫


≪ああ。だが、その魔法がロジックだけに効果を及ぼすものであるという保証がない。仮にあらゆる攻撃に対して有効であれば私たちの攻撃は奴には届かず自分自身を傷つける可能性すらある≫


≪まさか!? そんなロジック聞いたことないぜ≫


≪もちろん可能性の話だ。だが、有り得ないという事はない。事実、主は私たちの力をほぼ完全に無力化する術を心得ておられる。『貝』の外殻は外からの攻撃を全て無効化し、中に入ってしまえばロジックは打ち消され、私たちは闘争心さえも喪失してしまう。奴がそれに近いロジックを身に付けていても不思議ではない≫


≪ですが人間共の国には外殻などなかった。我らの侵入を完全に拒む事が出来なかったという事は、あの者にそんな力はないという事では?≫


≪もちろんそれほどの力は奴には無いだろう。だが、量りかねているのもまた事実。奴を葬るのであれば確実に実行しなければならない。主が奴に会いたがっているという事は、奴にはそれだけの何かがあるという事だ。決してあの二人を会わせるわけにはいかんのだ≫


≪ですが、それでは手の打ちようがありません。どうなさるおつもりです?≫


 全ての問いに間髪入れずに答えていたルーンはその問いかけに、ほんの一瞬だけ沈黙したように感じた。

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