第20話 変革の狼煙③
謎解きを再開する為、俺は机に戻った。三人は頭を抱えたまま固まっている。どうやら何も思いつかないようだ。当然だ。この謎解きはこの世界の人間には絶対に解けない。
≪どう? 何かわかったことはある?≫
そんな意地悪な質問をしてみる。
「ダメだ。何一つわからん。よくこんなの解けたな」
≪ふふ。ごめんね。兄さんたちがどれだけ考えてもここから先は絶対に答えが出ないんだ。十二星座と同様に、この国にはその概念自体が無いんだから。じゃあ、なぜこの国の人間には絶対に解けない謎がこの国の、誰一人入ることができない第九階位の魔導書庫にあったのか……。今わかるのは、この詩を残したのは僕と同じように地球から転生してきた誰かだということだけ。この魔法を封印した人間とこの詩を残した人間は同一人物なのか? 何のために封印したのか? この謎は僕もまだ解けていないんだ≫
「……確かに気持ちが悪い話だが、今はそんな事はどうでもいい。今は魔法が使えるようになりたい。とりあえずその、この国にはない概念っていうのは何だ?」
キャンバスが不機嫌そうに『そんな事』といった魔法を封印した者と、この詩を作った者の意図が分からないまま魔法を教えることにいささか躊躇はした。しかし、犬達を繁殖させ、数字の魔法を使えるようになればこの国が他国に攻撃される可能性が高まる。俺しか戦えない状況のままでは俺が敵を殲滅しなければならなくなる。俺はこの世界で誰一人殺すわけにはいかないんだ。強力な魔法を使える兵士は一人でも多いに越したことは無い。そして枢軸院の年寄り共も何らや企んでいる。今は味方が多い方がいい。そう考え、彼らに魔法を教えることにしたのだ。
≪そうだね。じゃあさっきの続きから。星座が魔導士で、数字が騎士。じゃあこの『円卓』っていう意味は解るかい?≫
「そりゃ、ここに書いた通り円形に並べるってことだろ?」
≪そう。円形に十二の数字を並べる。これは僕が元々いた世界では、ほぼ全員が意味を理解できる。でもこの国でこの十二の円形の意味が分かる人はいるかい?≫
「意味があるの?」
≪うん。これはね。時計を表しているんだ。一日を二四時間で表す。本来はこれに二本の針があって長い針が一周回ると短い針は一つ進み、短い針が二周すると一日が終わる。一時、二時と時が進み、二十三時から二十四時に変わる瞬間、数字はリセットされる。二十四時それはすなわち……≫
この世界の数字にはある特徴がある。それは前世のローマ数字でも同じことだ。世界的に使われているアラビア数字には存在する、ある数字が無い。
≪それは『ゼロ』≫
「「「ゼロ……。」」」
≪さあ、これで兄さん達も僕と同じ魔法が使えるようになったよ≫
「は? な、なんだよ。何も起こらないじゃないか」
クリップが声を上げた。
≪その辺にある魔導書を開いてごらん≫
そう言って三人に第六階位の魔導書を開かせた。そこには今まで書かれていたはずの星座の十二字と置き換わりローマ数字の羅列が並んでいた。
「魔導書の内容が変わってる!」
≪正確には君たちが正しい文字を認識できるようになっただけだよ。僕たちには認識を阻害する魔法を掛けられていたんだ。実際に第六階位までの魔導書は文字や記号が変わっているだけで何も変わっていない。でも第七階位以上の魔導書は大きく変化したように見える。キャンバス兄さん見て来てごらん≫
キャンバスは言葉を発さず、椅子を勢いよく倒しながら立ち上がり、そのまま奥の書庫に向かって走って行ってしまった。彼が戻ってくるまでの間に話を続けることにした。
≪第六階位までの魔導書は本来の魔導書の文字を星座に上書きする形で誤認させられていたんだ。たとえば♈の文字はⅫとⅠの二文字分を誤認させていた。正確にはどちらかの数字を使えばもう一つの数字が使えない様に。さらに星座の十二字に名前と意味と属性を与え、同じ文字を同時に使えなくしたり、隣の文字を使えなくしたりすることで組み合わせに制限を掛けたんだ≫
「ま、待ってくれ! じゃあ今までの魔法はどうなるんだ? 全部使えなくなったのか? もう一度新たな文字を覚え直して一から勉強し直さないといけないってことか? もっとわかりやすく説明してくれ!」
≪焦らないで。星座の魔法は使えるよ。今まで通り長い詠唱をすればね。これから教える数字の魔法はイメージさえ明確であれば、同じ魔法をたった一言で魔法が発現する。でも、このままじゃまだ真の魔法は使えないんだ。キャンバス兄さん。そろそろ戻ってきて≫
キャンバスに戻るように念話で促すとまた気持ちの悪い笑みを浮かべながら戻ってきた。
「白紙だった第七階位の魔導書に文字が浮かび上がっていた……俺は第七階位の魔法が使える?……」
≪そうだよ。正確には兄さんの目に認識できるようになった、だけどね。第七階位以降の魔導書はあるはずのものが認識できないように阻害されていたんだ。元々あの魔導書には文字が存在していたんだ。ただ見えなかっただけ。そしてその魔法を使う為にはさっきの暗号を最後まで解く必要があるんだ≫
「最後まで? 『ゼロ』が答えで終わりじゃないの?」
≪確かにこれで数字の魔法は使えるようになった。でも、このままでどうやって魔法にする? 数列を言葉にするにしても何番が何の魔法か覚えられる? この魔法はね、ここからが大事なんだ。騎士の詩のⅩⅥからはそれが記されていた。まずはⅩⅧ、ⅩⅨ、ⅩⅩの詩。『第一席の騎士は九番目の力を兼任する』『第五席の騎士は二十二番目の力を兼任する』『第十席の騎士は二十四番目の力を兼任する』の三つの詩。第一席、第五席、第十席というのは円卓の場所。つまりⅠとⅤとⅩの事。そして、九番目、二十二番目、二十四番目の力……。九番目にI、二十二番目にV、二十四番目にX。それを踏まえて考えると出てくる答えは一つ。アルファベットだ≫
「アルファベット? なんだそれ?」
そう。この世界にはゼロという概念もアルファベットもない。この詩を見つけたとしても決して解くことのできない暗号なのだ。そして、これを作ったのが地球から来た何者かであることを示していた。
≪アルファベットっていうのは僕が元いた世界で最もポピュラーな言語の文字だよ。全部で二十六文字の記号で言葉を表すことができる≫
「二十六文字って……。これは十二文字しかないじゃないか?」
≪そう。だからこの暗号はその十二文字と新しく表れた『ゼロ』を組み合わせて二十六文字にするための暗号だったんだ。この『十字架の盾を掲げる』という詩。十字架というのは英語でクロス。クロスはXとも書く。つまりXを掲げる。この詩の番号が正にそれなんだ。ⅠからⅫまでとⅩⅢからの表記が違うのはⅩとⅢを並べると一つの文字として合わらすことができることを示している。そして、『合わない者がいる』っていうのはⅠとⅡの事。すでにⅪとⅫがあるから意味がかぶってしまう。そうなるとⅠからⅫとⅩⅢからⅩⅫの全部で二十二文字しか表わすことができない。そこでさっきの『第一席』と『第五席』と『第十席』だ。アルファベットの九番目の文字は『I』。二十二番目の文字は『V』。二十四番目の文字は『X』。『三騎士が力を発揮する時、私が盾となろう』という言葉を組み合わせるとこうなる≫
俺はローマ数字とアルファベットを並べて書き記していった。
Ⅰ:A|Ⅱ:B|Ⅲ:C|Ⅳ:D|Ⅴ:E|Ⅵ:F|Ⅶ:G|Ⅷ:H|0Ⅰ:I|
Ⅸ:J|Ⅹ:K|Ⅺ:L|Ⅻ:M|ⅩⅢ:N|ⅩⅣ:O|ⅩⅤ:P|ⅩⅥ:Q|
ⅩⅦ:R|ⅩⅧ:S|ⅩⅨ:T|ⅩⅩ:U|0V:V|ⅩⅪ:W|0X:X|
ⅩⅫ:Y
「一、二、三……二十五。あれ、これじゃあ二十五文字だ。全部で二十六文字なんだろ? あと一文字足りないぞ?」
≪そう。そしてⅩⅫの『最後はこの兜を持つ私こそが相応しい。これで全てそろう』という詩。私とはゼロ、つまりZERO。兜とは頭文字、つまり『Z』の事≫
そうして最後の文字を書き加えた。0:Z。元々ある十二字に封印された『0』を加えた全部で十三の文字を組み合わせる。これで二十六文字のアルファベットが全てそろった。
「……そろったのはいいがこの記号はどういう意味があるんだ? 読み方もわからん」
それがもう一つの謎だ。たとえアルファベットがそろったところで知らない記号では魔法は使えない。他の国の人間は四属性以外の魔法が使えるらしい。つまりアルファベットを使っているということになる。この世界の数字の魔法は地球から来た何者かが作って世界に広めたという事だろうか? 確か、エンマは言っていた。『過去に似たようなことを願った者がいました』と。つまり、俺の様に記憶を持って魔法世界に転生することを望んだ何者かが作ったのではないだろうか? では、なぜこの国の魔法は封印され支配されていた? 数字の魔法とこの詩は同じ人物が作ったのか? ずっと考えているがこの謎は未だに解けずにいる。とりあえず今は胸に収めて話を進めた。
≪そうだよね。だからここから教えるのはアルファベットの読み方だ。アルファベットの記号そのものには意味はない。これは繋げて初めて意味を持つんだ。例えばAは『エイ』、Bは『ビー』。繋げた時はKAは『か』、SAは『さ』って発音する。こうやって……≫
そう説明しながら俺はアルファベットとローマ字の五十音表記表を書いた。俺はこの二年ほど色々と魔法を試してみた。そうして分かったことだが、この魔法は正しい英語のスペルで文字を並べる必要がないということだ。同じ炎を出すにしても『FLAME』という英単語を数字に変換して並べた魔法と、『FUREMU』とローマ字で並べた魔法。そして、『HONO』と日本語をローマ字並べたまほうでは、ほぼ同じ結果となった。しかし『FIRE』や『HI』だと少し小さな火が発現された。要は自分自身が発声した言葉とイメージが連動できればいい。だったら全部日本語で魔法を成そうと考えたが、日本語より英語の方が意味の幅が広い。
例えば俺が良く使う『ヴェール』という魔法。日本語では花嫁が頭からかぶる布というイメージが強い。だが英語では隠すや覆うという意味も持つ。花嫁のヴェールには邪悪なものから護るという意味や、他人の目から隠すという意味もあるらしい。ヴェールに包まれるといった言葉があるように正体を隠す意味合いでイメージすれば色々な転用ができる。
だからと言ってわざわざ知らない英単語のスペルと意味をいちいち覚えるのは途方もない作業だ。それよりも音で覚え、ローマ字に当てはめるほうがはるかに早い。デメリットと言えば数列が増える事。だがこれも俺にとっては好都合なのだ。俺だけは使えるが他の者が使えない魔法が多ければ多いほどに都合がいい。ただ、魔法書に浮かび上がったスペルは英語表記になっていてローマ字では読めない物の方が多い。そういうものはアルファベッドの読み方で読むように教えた。こうしておけば仮に俺が使った魔法を耳で覚え魔導書で探しても見つけることは出来ない。イメージと発音が連動されることは無い。
≪この音を英語の当てはめる。例えば水は『A、K、U、A』だから数字にすると……『Ⅰ、X、XX、I』の五個を並べることになる。ちなみに第六階位のクリップ兄さんとイーゼル姉さんは全部で十二個か十三個の数字まで並べることができる。キャンバス兄さんは十四個か十五個まで。今までの魔法は一文字でこの数字を二つ消費して魔法を発現させてたんだよ。しかも同じ文字は二度使えなかった。でもこの魔法は三文字以上で同じ文字を何度使ってもいい。第二階位の魔導書しか開けなかった人たちも四個か五個の数列の魔法は使えるようになってるはずだ。さらに今まで四属性の魔法しか使えなかったけど条件に当てはめれば雷や植物の魔法とかも使えるよ≫
一文字表わすのに数字を一個か二個利用する必要があるとなると十二字や十四字は多いようで意外に少ない。ましてやローマ字表記ならなおさらだ。『SI』の様にたった一音をローマ字で表すだけで数字は四つも使うのだ。少ない数列で属性と組み合わせなければほとんどの魔法は使えない。とはいえイメージすることに慣れてしまえば『アクア』だけで水球にすることも水壁を起こすことも出来るのだがそれは教えなかった。この魔法はこのスペルの調整とイメージがさえできればなんだってできると言っても過言ではない。
他にも生活を豊かにするための魔法、傷を癒す魔法、眠りの魔法、そして、戦争になった時に役立つ攻撃魔法と防御魔法。便利で危険性の少ない魔法は文字数を都合よく調整しながら教えた。世界との戦争の可能性を考えた時から彼らに魔法を教えるつもりでいた。だから、自分自身の魔法の研究と共に、彼らに教えても問題がないローマ字を使った魔法のスペルもあらかじめ色々考えておいたのだ。むしろ大半はこちらに時間を費やした。
この国に攻め込む場合、空からか地中から。そして海からだ。空と地中はあらかじめ魔法をはね返したり、無効化する魔法で結界を張り防衛策を取れるが、海はこちらとしても漁や移動手段として利用しているので結界を張るわけにはいかない。その時に自国の防衛に最も有効で、最も危険な魔法である『TSUNAMI』も伝授した。あくまで海の敵に対しての最終手段であり、恐ろしく危険な事を口酸っぱく伝え、一度使えば必ずこちらにも返ってくる事。必ず国民を出来るだけ高いところに避難させる必要がある事。敵も使ってくる可能性がある事。もしもの場合は『シーウォール』で防潮堤を作り被害を最小限に食い止める事などを伝えた。間違いなく多くの人間は死ぬことになるが、最悪の事態は回避できるだろう。
それから、クリップの強い要望で『ドラッグ』も教えた。どちらにしても教えるつもりではあったが、クリップはこの魔法を何より懇願した。彼は既にこの魔法の多幸感の虜になってしまっている。イーゼルには特別に俺自身が考えた『ヒール』や『リターン』の魔法を教えた。魔法を跳ね返す魔法には他にも『リフレクション』という魔法があるがこれは魔法を元の場所に跳ね返すもので、スペルが長く使いにくい。これに対し『リターン』は術者に返す魔法だ。彼女の性格を考えると、俺が想像する事態に対して大いに役立ってくれるはずだ。
「……魔法ってなんだろうな? 何で俺達こんなことできるんだろう?」
クリップがボソッと呟いた。確かにそうだ。この世界では魔法が存在し、それを学べば自由に使えるようになる。だけど、その原理や仕組みは全くと言っていいほど理解していない。皆が目の前に有る力をなにも考えずに使う。そして、それが当たり前だと思って疑問にすら思わなかった。俺がやったことは解釈を変えただけに過ぎない。しかもこの魔法はあまりにも便利すぎる。その気になればたった一人で国ごと消すことも可能だろう。だが、もう封印は解かれた。使う以上は細心の注意を払って教えないと俺自身の首を絞めることになる。
こうして遠征までの時間は可能な限り三人に魔法を教えることに費やした。魔法を使うことは出来ないけど魔法に携われる時間が楽しかった。そして、この世界に来て初めて誰かと一緒に勉強をしたことが思いのほか幸せな時間だった。
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