第17話 箱庭⑤

 三人はようやく俺の知ってる表情を取り戻した。思えばあの顔を見るのも久しぶりだ。


「喜んでいるところに水を差すようで悪いんだけど、決めるのは国王……いや、枢軸院の年寄りか……。僕が戻れば僕を王にしようとするかもしれない。だからさっきも言った通り僕は負傷したことにする。足と喉を負傷して魔法が使えず傷を癒すことも帰ることもできなかったってことにね。兄さんたちにもそう演技してもらいたいんだ」


 そう言うと三人は思い出したように俺に言った。


「そう言えばお前! さっき詠唱せずに魔法使ってたよな? 短い言葉を一言つぶやいただけで!」


「そうだ! それに、さっきの新しい詩の話もまだ聞けてないぞ」


 兄弟で詰め寄ってきた。ああ、 鬱陶しい。


「あれは呪文を短縮して一言で魔法が発現する新しい魔法だよ。それについてはまた後で話をするよ。そんなことより城では僕たち四人以外が近くにいる時は直接頭に話しかけるから応答しないでね。話しかけるのも禁止だよ」


「直接頭に話しかける? なんだそりゃ?」

 

 当然の疑問を投げかけるクリップに俺は”テレパシー”とつぶやき、実際にやって見せた。


≪こんな感じだよ。聞こえるでしょ?≫


「うわ! なんだよこれ!? 気持ちわりぃ……」


≪気持ち悪いはあんまりだな。これは念話だよ。頭で考えた言葉を直接相手の頭に伝える魔法さ。"スケープゴート"が掛けた人間が掛けられた人間とだけ交信ができるんだ。実はこの念話をするために三人には”スケープゴート”を掛けさせてもらったんだ。ごめんね。兄さんに王位を継がせる為には必要なんだ。申し訳ないけど協力してよ。兄さんが無事王になったら”スケープゴート”は解除するからね≫


「そ、そうなのか。わかった。でも、俺たちは声を出さないと返事ができないぞ」


≪僕の声に返事をする感じで声に出さずに頭で返事をしてみて≫


≪声を出さずに頭で返事? なんだかよくわからないわ≫


≪大丈夫。ちゃんと届いたよ≫


「ん? 何が届いたんだ?」キャンバスは声に出していった。


≪ああ、ごめん。姉さんに返事をしたんだよ。僕の声に反応しちゃダメだよ≫


≪ああ、悪い。ということはお前の声は俺達全員に届くけど、俺達の声はお前にしか聞こえないってことか?≫


≪そういうこと≫


「どういうことだよ?」クリップは声に出していった。


≪だから返事しないでってば。キャンバス兄さんに返事したんだよ≫


≪ああ、そうか。お前以外の声は俺には聞こえないんだな≫


≪そういうこと≫


「だから、どういうことだよ?」キャンバスは声に出していった。


≪わざとやってる? うーん……。初めてやってみたけど三人で会話するのは結構難しいね。最初に名前も言うよ≫


≪そうしてくれ≫


≪クリップ兄さん。そうするよ≫


「これで何となくやり方が分かったね。じゃあアレを持ってまずはログハウスに戻ろうか。運ぶの手伝ってくれる?」


 そう言って三人を白骨化したインフェルノドラゴンの方向へ先に向かわせた。


≪あ、そうだ≫


 三人は一斉に後ろを歩く俺の方に振り返った。


≪こういう咄嗟の時でも反応しないでね≫


 三人はやられたと言わんばかりにふてくされた。


≪無理だよ。急に話しかけられたら反応しちまう。どっちに話しかけられてるか判らないんだよ≫


≪じゃあ念話をする時は最初にもしもしっていうね。もしもしって言ったら反応しないようにして≫


≪もしもし? もしもしってどういう意味だよ≫


≪意味は……僕にもわかんないけど、とにかく念話をする時はもしもしって話始めるからその時は無反応でお願いね。キャンバス兄さん≫


 結局俺はインフェルノドラゴンの頭蓋骨を一人で持ってログハウスに戻った。巨大な頭蓋骨は四人では到底運べない代物だが、反重力魔法”アンチグラビティー”と縮小魔法”リダクション”で一人でも楽に運べる。ログハウスの建設の時にもフル活用した魔法だ。頭蓋骨を握りしめ、来た道を逆方向にしばらく歩いて最後の長い坂を上ってようやく先ほどのログハウスに戻ってきた。


「はぁ……。往復すると結構広かったな。それにしてもよくこれだけの場所が都合よくあったもんだ」


 クリップは感心したように言った。


「兄さん……。こんな都合のいい場所あるわけないじゃないか。造ったに決まってるだろ? 木を伐採し、大地をえぐり、川を捻じ曲げて無理やり創造したんだよ。もちろん魔法の力でね。城内から街に流れる川だって自分たちの都合の良い様に通してあるでしょ? それと同じだよ」


「そりゃそうだけど、お前の魔法ってそんなこともできるのか?」


「うん。真の魔法には属性がない。というより組み合わせた段階で初めて属性が生まれるんだ。あとは想像力だね。明確に魔法の効果をイメージできれば基本的になんだってできるよ。そんなことよりこっちに来て」


 俺は部屋の奥の扉を開けて三人をテラスへ連れて行った。そこからは先ほどのファームを一望することができた。その形はほぼ正方形だった。


「この試作のファームを僕は箱庭って呼んでる。本番では地形や環境に応じて作らないといけないからこんなに綺麗な四角には出来ないけどね。それであの一番奥の場所がインフェルノドラゴンの墓場さ。良く見えるでしょ? ここからああやってドラゴンの死骸を見ている内に奴らに対する恐怖心は日に日に薄れて言ったよ」


 三人もテラスの手すりにつかまってその情景を眺める。


「確かに、ここからこうやってみるとちっぽけに見えるな」


「どんなにすごいものでもね。見え方や考え方を変えるだけでどんなものにもなり得るんだよ。より強大な存在にすることも、こんな風にちっぽけな存在にすることも自分自身の心次第なんだ。相手を自分より凄い、怖い、大きいと感じれば決してそれに勝つことは出来ない。確かに僕たちはこの世界ではちっぽけな存在なのかもしれない。でも自分たち自身がそう思い込んでしまえば決して相手に勝つことは出来ないんだ。この小さくてかわいいヴェノムウルフがいい例だよ」


 そう言ってナイフの頭を撫でてやる。


「そうね。今となってはもうこの子たちの事を怖いなんてちっとも思わないわ」


「ヴェノムウルフへの恐怖心がこの子達の存在を大きくした。そして、それは恐らく世界共通であり、その恐怖心こそが最大の武器なんだ。この子たちを危険視すればするほどそれを使役できる僕たちの存在は強大になる。でも、それを危険と認識していない者とってはただの可愛い小動物でしかないんだ」


「そうか……確かに。お前がコイツを連れているのを最初に見た時は恐ろしくてたまらなかったけど今は何とも思わないな」


 キャンバスはナイフの頭を撫でながら言った。


「あ、ちなみにこいつらの事は今日から犬って呼んでね。ヴェノムウルフって名前はいちいち長いから」


「いぬ?」


 そう。この子達は犬、それもチワワによく似た姿をしている。成犬になると前世のチワワに比べれば少し大きめではあるものの、目が大きく鼻が短めで子犬の時のような丸みを残した顔立ちは成犬になった今も実に愛らしい。なぜこの残酷な世界でこの攻撃性のまるでない容姿で生まれ、そのくせこれほどまでに恐れられているのか今となっては甚だ疑問ではある。もっと生きやすい進化もあったろうに……。


「それで兄さん。僕の部屋は前のままかな?」


「ん? あ、ああ。……変わっていないはずだ」


 少し含みを持たせた返事をするキャンバスに少し苛立ちを覚えた。恐らく俺の部屋の事なんて気にもしていなかったのだろう。元々侍女であったノートが住んでいた物置のような部屋だ。誰一人近づきもしていないだろう。だがかえって好都合だ。


「じゃあ、このログハウスと城の僕の部屋を結ぶゲートを創るよ。一瞬で移動できる」


「そ、そんなことまでできるのか!?」


「うん。言ったでしょイメージさえできれば何でもできるって。逆に行ったことのないところはイメージができないからゲートは作れないけどね」


「へー……。なんかいまいちピンとこないな」


「だよね。まぁみててよ」


 そう言ってログハウスの空き部屋の壁手を付き”トランスファゲート”と叫んだ。するとそこには大きな黒い穴が出現し、その奥には薄暗くジメジメした懐かしい自室が姿を現した。


「な! マジかよ!? 別の部屋が見えるぞ。……え? こ、これ、お前の部屋か? ……と、とにかくスゲーな! 普通に移動すると三日は掛かる距離なのに」


 俺の部屋に入ったことのない三人は明らかに動揺している。


「汚くてゴメンね。……でもここしか誰もいない場所が思い浮かばなかったんだ」


「そんなことねーよ……。それよりこの魔法は俺にも使えるか?」


 期待を込めた目で俺を見つめるクリップに遠慮をすることなく答えた。


「それは無理だよ。これはかなり高位の魔法だからね」


「……やっぱり無理か……」


 落胆するクリップの肩に手を当てて言った。


「……高位の魔法ほど使いどころが難しくなる。誰でも簡単に使えるようなら国ごと滅んじゃうよ。使えないのであればその方が幸せなんだよ」


 そういう俺の言葉は三人の心には響いてないだろう。『お前はどうなんだよ!』そう彼らの目は訴えている。その言葉を発した俺自身がそう思っていないのだから当然だ。


「あ、移動する前にまずはこの頭蓋骨を家の前で元に戻して置いておこう。そうだね。ここまではキャンバス兄さんが魔法で運んだことにしようか。後で物を運ぶ魔法も教えるよ。それから僕のログハウスは他の人達に見られたくないから隠しておく。箱庭に続く別の道も必要だね。あとは……負傷した僕が今まで過ごしてきたログハウスの代わりの住処か……」


 そうつぶやきながら色々イメージを膨らませる。先ずはログハウスを「”インビジブル”」で隠す。この魔法は物や自分自身を認識できないようにすることができる。さらに、置き換え魔法「”リプレイス”」でログハウスを囲うように、近くに生えてる木を移動させ箱庭に続く道を切り開いた。これでログハウスは隠せたし道もできた。あとは……。


「”ケーブ”。よし、これでいいや。……それじゃあ帰ろうか。僕たちの家に」


 そう言って奥にある崖に洞窟を造った。俺のイメージした通りちょっとした寝台とテーブル代わりの台が出来上がっている。


「お前の魔法ってもう何でもありなんだな」


「そんなことは無いよ。後で説明はするけど色々と制限はあるんだ。出来ることは限られるよ。想像力と解釈次第だけどね」


 そう言って隠れたログハウスに戻り、自分が作ったゲートを通って城の自室に入った。三人も不安そうに俺の後に続く。こうして俺は三年ぶりに我が家に帰省した。

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