第6話 夢の異世界生活②

 もともと王家に仕える侍女だったノートは魔力がとても低かった。この国では生まれてすぐに魔導書に触れる。魔導書には第一階位から第九階位まであり、第一階位は魔力が無いものでも開ける。第九階位の魔導書は存在こそするものの、この国に開けた者は歴史上一人としていなかったらしい。王族や特級階級の者でさえ第六階位の魔導書が開けない者も多数いる。そして、ノートは世にも珍しい第一階位の魔導書しか開けない者だった。魔力で優劣が決定するこの世界において、ノートは最低の存在だった。本来、王城で働けるものは少なくとも第三階位の魔法が使える必要がある。従者や兵士、雑用であっても然りだ。しかし、国一番の絶世の美人だったノートは王の目に留まり、その権限で城で王の側遣いとして召し上げられた。当然、魔力の持たないノートは城では皆に疎まれていたそうだ。

 

 ある日、酒に酔った王に手籠めにされたノートは子供を授かった。そして生まれたのが俺だ。兄が三人、姉が一人、妹が二人の計七人の異母兄弟の四男としてこの世界に生まれたのだ。通常、高い魔力を持つ者同士からしか高い魔力の子供は生まれない。それなのに第一階位の魔力の母から生まれた俺は何故か異常に高い魔力を持っていた。俺達の国は基本的には生まれた順に王位継承権が上位になる。俺は父親から見ると四男に当たるから、普通ならそのまま第四位の王位継承者だ。だが、ありがた迷惑なことに、この国では年齢以上に魔力が強いものが何より優遇される。魔力の持たないノートから、何故か異常な魔力を持つ俺が生まれた。間違いなくエンマが操作したせいだろう。そうして魔法が使えない従者だったノートは第四夫人になり、息子で四男の俺は第一王位継承者となった。


「僕はエンマに願った通り生まれつき異常に強い魔力を持って生まれることができたらしく、王である父上は僕に第一位王位継承権を与えた。そうなれば当然面白くない連中が出てくる。そう。兄さん達とそのお母君達だよ」


 俺たち異母兄弟の長男で本来の第一王位継承者であるキャンバスと、長女に当たるイーゼル。そしてその下に年の離れた三女で僕の妹に当たるパレットの三人の母である第一夫人は王家に次ぐほどの貴族の令嬢で、高い魔力を持っているエリートだ。クリップの母である第二夫人は一般の家系に生まれたが、とても高い魔力を持った娘で、王に見初められ第二夫人となった。第二夫人にはもう一人、クリップの双子の弟で第三王位継承者に当たるステープラが居る。第三夫人も貴族の出で、一人娘で次女に当たる俺と同い年の妹、ペンシルが居る。そして、第四夫人は僕の母親であるノートだ。


 言葉を覚えるまで気づけなかったが、驚いたことにこの国の人の名前は日本語で文房具とよく似た発音だった。これは偶然? いや、幽現界の奴らが意図してそう名付けたのだろう。神のいたずらとでも言えばいいのか、名前なんてどうでもよかったのか……。何にしてもふざけた話だ。 


「クク……。これなら世界のどこかに野菜の名前の戦闘民族が居ても不思議じゃないな」


 思わず声が漏れた。三人は困惑した様子で僕を見つめていたが一つ咳ばらいをし、構わず話を続けた。


「自分の意志とは無関係に第四夫人になったノートにとって異常な魔力を持ち第一王位継承者となった僕の存在は足かせでしかなかっただろうね。ただでさえ魔力が小さく王城に居る事さえ分不相応だと蔑まれていたノートは俺を産んだことでそれまで以上に皆の母君に迫害され、王からは次期王の母として重圧を掛けられていた。そんな時、唯一の支えである一人息子が三歳になって急に不気味な言語を話す様になったんだから胸中穏やかではなかっただろう」


 だが、実際は逆だった。俺が意味の解らない言葉を話す様になったことがきっかけで俺は本来の第四位王位継承者となった。まともにしゃべることができない者を王にはできないということだ。それからは周りの人間はノートを同情し、優しく接してくれるようになったらしい。


「それからのノートは比較的穏やかに過ごせていたようだ。それでも必死で僕に言葉を教えてくれたのは僕を再び第一王位継承者にするためじゃない。 ノートはただ、僕に普通に生活をしてほしかっただけだったんだ。それなのにノートは死んだ……。 ノートのなにがいけなかったんだ?」


 俺は空に向かって言った。エンマにこの声は届いているだろうか?


「僕は言葉がしゃべれなかったけど小さい頃は楽しかった。この世界にある色々な遊びを兄さん達に身振り手振りで教えてもらって一緒に遊んだよね。だんだんと言葉が分かるようになって言語能力も五歳頃には他の子供達と大差の無い会話力を身に付け、六歳頃になってようやく他の子供達より高度な文法を習得できるようになった。言葉を理解できるようになれば大人の記憶を持った俺の方が当然理解力は高い」

 

 そしてもう一つ、生まれ変わるときにエンマにお願いした通り身体能力も人間としては極めて高かった。言語の時とは違い、身体能力に関しては過去の記憶や経験は大いに役に立った。ただ棒を振り回すだけでも棒の握り方、身体に合わせた正しい体重移動や必要なトレーニング方法など。にわかにではあるが、知っている知識と経験がある。生まれ持った身体能力の高さも相まって他の子供達より遥かに成長が早かった。ただ、残念なことにこの世界ではどれだけ体術が卓越していても、それは魔法を使う為の補助でしかないということだ。前衛に立つ者が身を守り時間稼ぎをするための技術であり、攻撃というより防御の為の技術だ。必殺技と言えるような技もなければ、人間を軽々と飛び越えるような跳躍力もない。あくまで人間としての常識の範疇での能力でしかない。とは言え、魔力、知力、身体能力ともに人並み外れた能力を持って生まれてしまった俺は、十四歳の頃には王国で歴代最強と称されていた八歳年上の長男、キャンバスに全ての面で上回っていた。この時になってようやくわかった。エンマは俺が願った全てを与えてくれていたことに。それなのに俺は生まれて間もなく言語が理解できない事、簡単に魔法や武器を使いこなせない事で最初はエンマを恨んだ。騙されたんだと。でも、普通に考えれば全く文化の違う異世界で三歳の子どもとして生まれ変わって同じように生活できるわけがなかった。そんな当たり前のこともわからないほど、あの頃の俺は平和ボケしていたのだ。生まれ変わったことを後悔し続け、ノートに支えられながら、それでも誰よりも必死にもがいて生きてきた。今なら心からエンマに感謝できる。彼女は俺に全てを与えてくれた女神だったんだ。


「言葉をしゃべれるようになり、全てが人並み以上になった時、僕は再び第一位王位継承となっていた。そして、独りになっていた。人間ってやつはどんな世界でも一緒だ……。相手が自分より劣っていると感じれば同情や哀れみの感情を持って優しく接してくれるが、身近にいる自分より優秀で恵まれた人間には妬み、嫉み、僻みの感情を持つ。特にそれが競う相手であればなおの事だ。エンマは生物は競い争うものだと言っていた。だが、野生の動物なら勝負に負ければ強者に従うかその場を去るだろう? 人間は平気で嘘をつき、人を陥れる。欲しい者の為なら死すらいとわずに……」


  こんなことになるのであればこんな並外れた能力なんて持つんじゃなかった。そうすればノートはきっと死なずに済んだはずなのに。

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