第15話

「これは……」


通された広間は書斎と言っていいほど本に埋め尽くされていた。

壁面には本棚が設えられており、中央のテーブルにも読み止しの本が何冊か積まれている。

老女は小さく微笑むと、ソファに座るように私たちを促した。

先ほどの家政婦がお茶と菓子を運んでくる。

私はジュールから預かった紙袋を老女に渡した。


「ありがとう。医者の薬より、私にはこれがよく効くのよ」

「私は医学を否定しない。自分の好きな方法を選ぶといい」


老女は少し驚いたように目を見開いたが、すぐにほほ笑むと、テーブルの近くのゆり椅子に腰かけた。

老女はせもたれにゆったりと身体を預け、窓から庭を眺めている。

ミミは出された菓子に夢中だ。

老女はこちらに手招きをすると私を近くに呼び寄せた。


「あなた、素敵な髪の色をしているのね。まるで月の光を集めたみたい」

「詩人のような物言いだな」


そう答えると老女は嬉しそうに笑った。


「あなたくらいの子どもは、もうこの地に残る魔女伝説は知らないかしら。

私はね、母から、あなたと同じ髪を持つ魔女の話を聞いて育ったのよ」


私は黙っていた。

老女は遠くを見るようなまなざしを窓の外に向けていた。

その目にはまるで遠い過去が映っているようだった。


「母はその話をするときずっと苦しそうだった。

 すごく後悔していたのね。自分たちは人殺しだと言っていたわ」

「……その魔女を憎んでいたのではないのか」


老女は静かに首を振った。


「本当は魔法なんて、呪いなんて存在しないと思っていたのね。

 けれど、あの時代、誰もが恐怖におびえていた。

分からないものが怖かった」

「愚かな話だ」


そうね、と老女は深くうなずいた。

庭は暖かい日の光を受け、黄色っぽく輝いている。

クリーム色の秋薔薇が小さく風に揺れていた。


「……なぜその話を私に?」


尋ねると、老女はなぜかしら、と小さな声で呟いた。

老女がどんな顔をしているのか、私には見えなかった。

私は少しためらい、それから続けた。


「その、あなたも魔女と呼ばれていると聞いたが」


老女ははっとしたような顔でこちらを見上げた。


「――誰から聞いたの」


低い声が皺のよった口元から吐き出される。

私は思わず身を引いた。

老女のうつろな、それでいて鋭い瞳がこちらに向けられる。


「えっと、その――」


老女はゆったりとした動作で立ち上がった。

背中に窓をせおっているため、その表情は影になり見ることができない。


「やはり、そのまま返すわけにはいかないわね――」


私はミミの方を振り返った。

ソファの上にだらりと伸びた白い腕が見える。


「ミミ!!!」


老女の手が私の顔に向かって伸びる。

私は目を見開いた――


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