第14話

「スコットさんはね、すっごいお金持ちなんだよ」

「それはいいが、その手を放してくれないだろうか……」


ミミは私の手をしっかりと握ったまま歩いていく。

右手に荷物、左手をミミに掴まれているので、脱げたフードを被ることもできず、私はそわそわと周りを見回していた。

ミミは聞いているのか聞いていないのか手を離す気配はない。


「おうちは大きいけどうんと古くてね、どんなに昔のことも知ってる魔女のおばあちゃんがいるの!」


「魔女」と聞いて私は顔をしかめた。

この時代に生き延びた「魔女」がいるというのだろうか。


「魔女のおばあちゃんはね、こーんなに腰が曲がってるんだよ」


そういうとミミは殆ど前屈するように腰を折り曲げた。

それでも手を離さないのだから大したものである。


「なあ、頼むからこの手を……」

「ここだよ!」


ミミは一軒の邸宅の前に来ると立ち止まった。

ミミの言う通り、それは立派な屋敷だった。

前庭にはよく手入れのされた低木が植えられており、低い塀の奥にこげ茶の屋根の邸宅がそびえている。

重厚な木の扉に金の呼び鈴がついていた。


「こんにーちはー!」

「あ、おいまて!」


止める間もなくミミが呼び鈴を鳴らす。

しばらく待つと、奥から使用人とみられる男性が現れた。

20歳くらいだろうか、若い男だった。


「まだ約束の時間には……、おや、ミミお嬢さんでしたか」


使用人の男は手に持った懐中時計のふたを閉じると、ミミに向かってほほ笑みかけた。

懐中時計の銀の蓋にはミモザの花が刻まれている、高級な品のようだった。


「こんにちは!」


顔なじみなのだろう、ミミは明るく挨拶を返した。


「そちらのお友達は?」

「……エマです。ジュールの使いで薬をお届けに」

「森の? そうですか……」


そう言うと使用人はいぶかしげに私の顔を見つめた。

居心地の悪い感じがして私は視線を逸らす。


「……大奥様は留守にされております。薬は私が受け取りましょう」

「ええー! 魔女のおばあちゃんいないの?」


ミミが不服そうに頬を膨らます。

使用人は「すみません」と困ったように微笑みつつ、こちらから目をそらさない。

失礼な男だが、使用人としては優秀なようだ。


(仕方がないな……)


私はミミをなだめつつ、持っていた紙袋を渡そうと抱え上げた。


「こら、あまりそのように人を見るものじゃありませんよ」


その時、家の奥から柔らかい声がして使用人が慌てて振り返った。


「大奥様!」

「こんにちは、小さなお嬢さんたち」


奥から現れたのは小柄な老人だった。

品の良いグレーのドレスを身に着け、肩にレースのショールをかけている。

年おいてはいるものの、色の薄い瞳に思慮深さをたたえた女性だった。


「魔女のおばあちゃん!」


エマが嬉しそうに声をあげた。

とすると、この老女が。

私は老女を見つめた。

まさか本物の魔女がこの世に存在するとは思わないが――


「大奥様、大変失礼いたしました」


使用人の男が深く頭を下げる。

老女は使用人に向かって思慮深い一瞥を投げかけた。


「私は自分が誰と会うべきか、自分で決めることができますよ。

さ、お茶の支度をお願いね」


使用人は再び頭を下げると、家の奥へと姿を消した。

老女は私の方に視線を戻すと続けた。


「失礼を許してやってね。

 私のためを思ってのことでしょうから。

どうぞ中へ、お菓子を出してあげましょう」

「やったー!」


両手をあげて喜ぶミミに続き、促されるままに私は玄関をくぐった。

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