035 一ノ瀬雅人

 病院を出た俺たちはタクシーに乗って自宅へ帰る。

 そして両親との再会を果たして感動の涙を流す。

 ――はずだった。


 現実は全く違っていた。


 病院を出た俺たちはパトカーに乗って警察署に行った。

 そして、ドラマでよく見る取調室で聴取を受けることになった。

 両親との再会や感動の涙はない。


「親御さんには了承を得ているので安心してね」


 そう言ったのは向かいに座る笹岡だ

 取り調べを担当するのも彼である。

 他にも、この場には複数の刑事が同席していた。


「えーっと、それで、俺たちが何かしちゃいましたか?」


 俺たちと言っているが、この場には俺しかいない。

 伊織は隣の取調室で聴取を受けている。

 おそらくこちらと同じような状況だろう。


「そう緊張しなくても大丈夫だよ。君たちに何かしらの容疑がかかっているわけじゃないから」


 柔らかい笑みを浮かべる笹岡。

 思えばいつの間にかフランクな口調になっていた。

 刑事のテクニックなのだろうか。


「ではいったい……?」


「君たちが救助要請に使ったスマートフォンについて教えてほしいんだ」


 笹岡の目が一瞬にして鋭くなる。


「え? スマホ?」


「そう。あのスマホはある暴力団員のものだ」


「――!」


「といっても、ヤクザはスマホの契約ができないから、名義人には別の人間を立てている。ただ、実際に使用しているのは暴力団の連中だ」


 わざわざ丁寧に教えてくれた。

 俺の顔に「ヤクザはスマホの契約ができないんじゃ?」と書いていたのだろう。

 伊織にもよく「雅人君は顔に出やすい」と言われていた。


「それで本題だが、あのスマホを入手した経緯を教えてくれないか?」


 俺は心の底から安堵した。

 これならどう転んでも俺たちが逮捕されることはない。


「分かりました!」


 俺は膝の上に拳を作り、緊張しながらもありのままを話した。

 ヘリが死体を遺棄したこと、その死体がスマホを持っていたこと。

 さらには遺棄された死体の場所なども。


 笹岡や他の刑事は俺の情報に飛びついた。

 誕生日プレゼントを貰ったかの如くウキウキでメモをとっている。


「ありがとう一ノ瀬君! とても参考になったよ!」


 聴取は何の問題も終わり、今度こそ俺たちは解放された。


 ◇


 それから数日間は面倒なことになった。

 マスコミが家に押し寄せてきたり、小中学校時代の大して仲が良くもないクラスメートから大量の連絡が来たりしたからだ。


 だが、世間の注目というのは熱しやすく冷めやすい。

 退院から一週間もすると、テレビでは全く取り上げられなくなった。

 マスコミも来なくなり、陽キャ並みに届いていた連絡もなくなった。


 そうなると、残っているのは夏休みだけだ。

 事情を考慮して、俺と伊織は宿題をしなくてもいいことになった。

 それはとても嬉しかったが、一方で悲しいこともあった。


 伊織との連絡手段が何もないことだ。

 電話番号はもとよりチャットアプリでも繋がっていない。

 俺に至っては伊織だけでなく高校の誰とも繋がっていなかった。

 さらにどちらもSNSをしていなかっため、SNS経由の連絡も取れない。


 結果、伊織とは夏休みが終わるまで話せなかった。

 つまり、1ヶ月以上も話せない期間があったということだ。


 無人島で過ごした時間より、話せない時間のほうが長かった。

 そのため、夏休み中は気が気でならなかった。


 ◇


 落ち着かない夏休みが終わり、学校が始まった。


「出た! 一ノ瀬だ!」


「一ノ瀬君! テレビ見たよ!」


「すごいな一ノ瀬! 二階堂を担いで海を泳いだんだって!?」


「無人島で過ごしたって話も信じられねー! すげぇ!」


 朝、教室に入るなりクラスメートに囲まれた。

 半数が同じ組というだけで名前すら知らない連中だ。

 それでも皆に囲まれると照れくさかった。


「ま、まぁ、人間ってのは窮地に陥れば力が漲るものさ」


「「「かっけー!」」」


 適当なやり取りをしつつ、俺は教室内を見渡す。


(いた!)


 伊織を発見した。

 彼女ほうも俺と同じく囲まれている。

 いや、包囲網の厚さは俺の比ではない。

 彼女を囲めなかった負け組が俺を囲っていたのだ。


「あ!」


 伊織は俺に気づくと立ち上がった。

 包囲網を掻き分けて近づいてくる。


「おはよ! 雅人君!」


 それは無人島で過ごしていた時の彼女だった。


「あ、ああ、おはよう……!」


 俺は笑顔でペコリと頭を下げる。


「いやー、連絡先の交換を忘れていましたなー!」


 伊織は皆の目など気にせず話してきた。


「ははは、そうだな」


 俺は周囲の視線がきつくて緊張している。

 日頃から囲まれている彼女との経験値の差を痛感した。


「えー、伊織と一ノ瀬君、夏休み中ずっと連絡していなかったの?」


 伊織を囲っていた女子が「しんじらんなーい!」と盛り上がる。


「だから連絡先を教えて! 雅人君!」


「お、おう」


 震える手でスマホを取り出し、伊織と連絡先を交換した。


(まずい……! これでは告白以前の問題だ。全くもって男らしくない。クソみてぇな陰キャ野郎だ)


 俺は自分の不甲斐なさを呪った。


 ◇


 どうにかして伊織と二人きりになりたい。

 そう思うが、他の連中はそれをさせてくれなかった。

 休み時間になると瞬く間に伊織包囲網が完成するのだ。

 二人きりどころか、そもそも話すことすらできない。


(まずいまずいまずい! このままじゃ伊織に嫌われちまう!)


 俺は焦っていた。

 そんな時、伊織が包囲網の中から俺を見てきた。


 互いの目が合う。

 伊織はニコッと可愛く微笑んだ。


 対する俺はペコリと頭を下げるのみ。

 直後、彼女の顔は包囲網に飲まれて見えなくなった。


(やばい! どうにかしないと! でも、どうすれば!?)


 俺の心臓は今にもはち切れそうだった。


 ◇


 昼食の時間になった。


(よし、メシに誘おう! ここで挽回だ!)


 俺は立ち上がった。


「いお――」


「伊織ー! 一緒に食べよー!」


 女子の声が俺の声を掻き消す。

 伊織は「いいよー」と承諾し、その女子とメシを食い始めた。


「一ノ瀬、俺たちとメシ食おうぜー」


「無人島の話とか聞かせてくれよー!」


 同じクラスのモブ男子どもが誘ってくる。

 もっとも、正確には彼らよりも俺のほうがモブだ。

 彼らは陽キャで俺は陰キャである。


「あ、ああ、分かった」


 仕方ない、今はこの陽キャどもとメシを食うか。

 そう思い彼らの傍に座った――その時だ。


「キャー! 神崎くーん!」


「カッコイイ! 神崎様ァ!」


 廊下から黄色い声が聞こえる。

 バスケ部のエースこと三年のイケメン・神崎がやってきたのだ。

 奴の目的は分かっていた。

 伊織だ。


「二階堂、二人きりで話をさせてくれないか」


 神崎はあっさり言ってのけた。

 俺が言いたくても臆して言えないでいたことを。


 奴は一度、伊織に告白して振られている。

 それなのに、皆の前で堂々と伊織を誘っていた。

 明らかな強者のムーブだ。


「今度は二階堂もOKするんじゃねー?」


「神崎先輩、顔もいいけど家柄も最強だからなー」


「しかもバスケの実力はプロ級なんだろ? 反則だわ反則」


 俺をメシに誘った男子たちが羨望の言葉を漏らしている。

 もはや完璧過ぎて嫉妬すらしていない様子。


「神崎先輩……」


 伊織が立ち上がった。

 皆の注目が彼女の言動に注がれる。

 そんな中――。


「伊織ィ!!!!!!!!!!」


 俺は叫んだ。

 居ても立ってもいられなかった。

 気がつくと立ち上がっていた。


「なんだ!?」


「一ノ瀬!?」


「どうしたんだ!?」


 誰もが驚いて振り返る。


「雅人君、どうしたの!?」


 伊織も驚いている。


 伊織に向いていた視線が俺に集まった。

 恥ずかしさを筆頭に色々な感情が込み上げて顔が赤くなる。

 それでも、動き出した以上は止まれない。


「伊織! お前が好きだ! 俺と付き合ってくれ! どこにも行くな!」


 衆人環視の中、俺は人生初の告白を行った。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る