009 川辺の小屋
川辺の小屋は、俺たちが拠点としているものより小さかった。
おそらく中は4畳かそこらだろう。
「どうする? 雅人君」
「もちろん入る!」
俺たちは小屋に近づいた。
念のため外から「すみませーん」と声を掛ける。
案の定、反応がなかったので「ではでは」と勝手に入った。
小屋と同じく鍵のない扉なのでピッキングの必要もない。
「これは……作業スペースだな」
大小様々の工具が壁に飾ってある。
金槌やノコギリといった大工系の道具が大半だ。
作業小屋として利用していたのだろう。
紛らわしいので、生活に使っている小屋は「家」と呼ぶことにする。
「見て見て、石臼があるよ!」
「おお!」
石臼は、分厚い石の円盤を二段重ねにしたような圧搾道具。
上段の石に穴が開いており、そこに材料を入れ、ハンドルを回して使う。
平たく言えばすり鉢を大型化・効率化した物だ。
「家には貫頭衣しかなかったのに、こっちはずいぶんと現代的だね」
「たぶんこっちはてこ入れ用に後から用意したんだろうな」
「視聴率が振るわなかったわけだ!」
「無人島でサバイバル生活をする番組なんて真面目にやっても地味だろうからな。バブル期って無駄に華やかなイメージあるし」
蒸し暑い作業小屋をくまなく見ていく。
そして、壁に沿って置かれた作業机の下に隠れていたブツを発見した。
「うお、エロ本だ!」
「エロ本!?」
伊織も食いついた。
「すげーな、俺たちが生まれる以前に出版されたエロ本だぜ」
「私、エロ本なんて初めて見たよ!」
「俺もだ。今では絶滅危惧種だが、かつてはコンビニでも売られていたらしい。親父がガキの頃は河原に捨てられていることもあったそうだ」
昭和のエロ本は衝撃的だった。
どう見ても40~50台のババアがセーラー服で決めている。
見出しに「現役女子校生」と書いていた。
「どう見ても高校生じゃないだろ」と笑う俺。
「違うよ雅人君。この人、女子
伊織が「校」の字を指した。
「本当だ。小賢しいことをしてくれるぜ」
俺たちは好奇心からエロ本をめくっていく。
「なんでエロ本があるんだろ?」
「そりゃムラムラした時にスッキリするためだろ」
「だったら家にあるものじゃない? タンスに隠せるし」
「家は定点カメラで見張られていたのかも」
「なるほど! それなら納得!」
学校一の美少女とする会話ではない。
そんなことを思っていると――。
「やっぱり雅人君もムラムラしてスッキリすることあるの?」
伊織がとんでもないことを尋ねてきた。
答えはもちろん「ある」だが、彼女には言いたくない。
かといって、「内緒」と言っても嘘がバレバレだ。
「昭和のエロ本ってすげーなぁ! ちょー新鮮!」
俺は聞こえていないことにした。
伊織は「もー」と言うが、再び尋ねてくることはなかった。
その後も俺たちはエロ本をめくり続け、ついに最終ページに到達。
「あ! 雅人君の推測が当たっていたね!」
「ああ、そうだな――ここはバブル期に使われていた島だ」
エロ本の発行日が1988年だった。
バブルの真っ只中、日本が世界経済の中心にいた頃だ。
「さて、そろそろ戻るとしよう」
「ここにある物はどうする?」
「持って帰りたいが全部は無理だし、そこに置いてある空の工具箱に詰めて、その分だけ持って帰ろう」
「石臼は? 雅人君、石臼を見た時に目をキラキラさせていたけど」
俺は「バレていたか」と笑った。
「石臼も持って帰りたいが重いからパスだ。別の機会にしよう」
「了解!」
俺たちは手分けして工具箱に必要そうな物を入れていく。
何が使えるか分からないので、基本的には直感で決めた。
「これでよし」
パンパンの工具箱を両手で抱えようとする。
だが、伊織が「ダメ」と止めてきた。
「これは私が持つよ」
「なんで? 重いぞ」
工具箱の総重量はおそらく10kgを超えている。
か細い腕の俺たちが片手でひょいと持ち上げられる物ではなかった。
「でも雅人君には手ぶらでいてもらわないと。猛獣が出た時に鉈を振るってもらうんだから!」
「それもそうか」
納得したので、それ以上は食い下がらなかった。
「すまんな、重い物を押しつけて」
「気にしないで! それにしても本当に重いね!」
「苦しくなったらいつでも言えよー」
「分かった!」
俺たちは作業小屋を出て、狼煙を頼りに家を目指した。
◇
問題なく家に到着した。
井戸水でしっかり水分補給をすると、昼食がてら果物を食べる。
家の中は熱が籠もっていてヤバいので外で済ませた。
「さて、次はいよいよ釣り竿の製作だ」
伊織が「やったー!」と両手を上げる。
「元々は適当な木の枝を竿にする予定だったが――」
俺は工具箱に入っているノコギリを見る。
「――ノコギリが手に入ったしクオリティを上げていくか」
「と言いますと!?」
「アレだ」
俺は西を指した。
知らない種類の木々があり、その向こうに竹林が見える。
「竹を伐採して竹竿にしよう。よくしなっていい感じだよ」
「おー!」
竹林までの距離はここから50メートルあるかどうか。
もしかしたらもっと近いかもしれない。
「じゃ、サクッと竹を調達しに行こう」
「イエッサー!」
俺たちは意気揚々と竹林を目指す――はずだった。
「つぅ……!」
何歩か進んだ時、伊織が顔を歪めた。
「どうした?」
「な、なんでも! 何でもないよ!」
明らかに何か隠している。
「本当か?」
尋ねつつ、俺は彼女の脚を見た。
これといって怪我をしているようには見えない。
脚フェチが見たら舐めたくなるレベルの綺麗な脚をしている。
(道中で足首を挫いたか?)
いや、それはない。
もしそうならその時に気づいている。
「本当だよ! 本当に大丈夫!」
伊織は強がっているが、どこか傷めているのは確実だ。
歩いていて痛がったところを見ると、足のどこかで間違いない。
(脚は綺麗で、足首も無事となったら――)
そこまで考えた時、俺は原因を特定した。
「伊織、座って靴を脱いでみろ」
「え……」
「いいから早く」
「…………分かった」
伊織は観念したような顔で腰を下ろした。
俺に言われた通りローファーを脱ぐ。
裸足だからか脱ぎにくそうにしていた。
「俺の予想が正しければ――」
伊織の正面に回り、彼女の足を調べる。
「――やっぱりな」
彼女の負傷部位は足の裏だった。
何本かの指の腹に水ぶくれができていた。
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