2007年——メアドのなかった君の記憶。

ししおういちか

盛るといえばプリクラのことでした

 出勤中。ふと、私は足を止めた。


 電車からぞろぞろと出てくる、大勢の人たち。その中には、とっくに過ぎてしまった青春を今まさに謳歌する年代の子も混ざっている。


 ——フリーのWi-Fiは危ないよ。


 別に中高生に限った話でもないけれど、多くの人はスマホ片手に電車に乗っていた。あの子たちも例外じゃない。かくいう私だって、意味もなくSNSのタイムラインを徘徊しているうちに気がつくと降りる駅、というのが日常だった。


 目が行くのは、女子高生グループの一人が持つ、スマホからぶら下がるストラップ。


 ——あれだけゴテゴテついてるの、今や少数派よね。なんか懐かしいなあ……


 よくわかないゆるキャラやらVtuberのアクリルキーホルダーやらがついたスマホが、今にも少女の手から振り落とされそうなほど揺れている。


 すると急に、私の視界がゆっくり動き始めた気がした。


 もう十五、六年も前。ちっぽけな記憶のカケラが、脳裏に浮上してくる——


 ***


 正直、ジャスコくらいしか集まる場所がないのだった。女子も男子も。


「これ。タツヤの彼女」

「え、可愛くない? マジであのタツヤが?」

「らしいよ」


 マミのケータイに映っている子は中々の可愛さだった。私は記憶を辿る。確か水泳部の子だったような?


 私たちがいるのは、ジャスコにあるゲームコーナーの側。ベンチに意味もなくたむろしている帰宅部連中の中に、よく混ざっていたものだ。


 五十円玉を入れると出てくる、やっすいガムと同じくらいちっぽけな会話かもしれない。でも、当時の私たちにとっての思い出は、半分くらいがここに占められている。


 過去と現在が入り混じる中、


「カホは?」

「……私?」


 文脈は当然、私には相手がいないのか? ということだろう。


 でも……


「いる。けど、わかんないの」


 そう。わからない。


 しかし友人たちにとって、私の答えこそ意味がわからないだろう。重ねて聞いてくる。


「いやいや、どゆこと」

「てか、いんの!? 誰、誰」

「やっぱり、ユウキ?」


 違うってー、とずいずい顔を寄せてくるカナのほっぺを掴み、押し戻す。


 ちなみにユウキというのは小学生からの幼馴染、もとい腐れ縁だ。


 まあ、それ以上でも以下でもないんだけどね。


「あいつカノジョいるし。そうじゃなくて、その……卓球部の」


 しどろもどろな私の答え。しかし友人たちはピンと来たようで、


「——あー! そっち行く?」

「ありそうで、あるわぁ」

「カホっぽ〜い」


 ……こんな会話、男子は十秒と耐えられないだろうな。


「でも、ケータイ持ってないっぽくてさ。メールもないしモバゲーもできないし」


 そう。君はメアドを持ってない。実はこの話、モバゲーで他校の子にベラベラ話しちゃってるけど、知りようがないよね。


 座るのも飽きてきた私たちは、恒例とばかりにプリクラをばちばちと撮る。別にどこにも貼らない、当時最先端だった「相互監視」の証。


 さりげなく中央に居座ったマミを見つつ、ふと思う。


 付き合えたらアドレスにカレシの名前入れて、別れたらまたアド変したりすんのかな、と。当時のカップルがやりがちだったやつ。









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