第27話

 日没まで残り3時間30分。


 タルティーニは、ロゼッタの疑いを晴らすため、アロンツォの部屋を訪ねた。

「王太子殿下、書類を用意したのは、モディリアーニ教王ですか?ならば、信憑性が薄いです。今一度ご考察ください」


「馬鹿を言うな。死亡診断書を誤魔化すなど、できるはずがないだろう。あの女は魔族で間違いない」


「ですが、ロゼッタ様はずっと監視対象でした。亡くなったのなら、当時監視していた騎士が、気づいていたはずです」


「それは、騎士の怠慢だろう。見落としがあったに決まっている」


「あり得ません。四六時中、聖道具を使って録画していたのです。見落とすなど、あり得ません。断言できます」


「ならば、この死亡診断書はどう説明する。騎士団長!」

 アロンツォは、タルティーニにロゼッタの死亡診断書を突き出した。


 先程、エルモンドの顔が蒼白だった理由が分かった。愛する者の全裸の死体など、偽物と分かっていても、心穏やかではいられないだろう。


 別人であったとしても、ロゼッタそっくりな女性の裸体を見るのは、不敬に当たる気がして、タルティーニは目を背けた。


「相手はあのモディリアーニ教王です。こんなもの、どうとでもなります」


「教会はあの女が、魔族だと証明する証拠を出してきた。お前は、あの女が魔族ではないと証明することができるのか?どちらが真実か、簡単に分かりそうなものだが、お前もあの女に惚れたか?」


「何を言うのです。バカバカしい、彼女は娘ほども歳がはなれているのですよ、戯言はよしてください。そんなことより、ロゼッタ様を一刻も早く解放しなければ、日没が迫っています」


「それについては問題ない。ドナが聖獣を召喚したからな」


「部下から報告を受けました。獰猛な聖獣だそうですね。ですが、ロゼッタ様は訓練されて、ここまでお強くなられたのです。ドナテッラ嬢は、訓練を受けていません」


「彼女は元々、治癒の力がある。訓練など受けなくても十分に戦えるはずだ」


「はずでは困るのです。ロゼッタ様には、何度も演習にお付き合いしていただいて、騎士たちとの連携を図ってきました。ドナテッラ嬢のことを、私はほとんど知りません。どんな戦い方をするのか、それによって、守りかたが代わります」


「さっきから聞いていれば、ロゼッタ様にドナテッラ嬢?どうやら、騎士団長は何か勘違いをしているらしい。ロゼッタは魔族で、ドナが聖女だ!王国の騎士団長であるお前は、聖女に礼を尽くす義務がある。よく考えろ」


「では、王太子殿下に問います。ロゼッタ様が魔族だとするなら、投獄された今、なぜ魔術で我々を襲ってこないのです?」

 タルティーニは最大の疑問を、アロンツォに投げかけ退出し、ロゼッタが投獄されている地下牢に向かった。


 アロンツォは書類を床に叩きつけた。


(くそっ!なぜ信じないんだ、こんなにも明らかな証拠が揃っているというのに!)


アロンツォは手のひらを、額にあてて天井を仰ぎ見た。


 この1年、頭痛に悩まされている。宮廷医師に相談しても原因はわからず、疲労のせいだと言われ続けている。薬を飲んでも良くならず、民間療法も試したが、全く効果が無かった。


 昼頃からひどくなり始めた頭痛が、今では、頭が割れそうに痛み、思考がはっきりせず、イライラさせられる。


 ドナがマッサージをしてくれると、治癒の力が働くようで、頭痛は不思議と良くなった。

 アロンツォは侍従に命令した。「ドナを探して連れてきてくれないか」 


「承知しました」


 侍従が部屋を出ていくと、アロンツォは椅子にどさりと座った。


 目を瞑りタルティーニとの言い争いについて思考を巡らせていると、ドアをノックする音に続いて、愛しい顔が現れた。


「アロンツォ様?お呼びになりました?」


「ああ、こっちへきてくれ、マッサージをしてもらいたいのだ」


「また頭痛ですか?可哀想なアロンツォ様、すぐに楽にして差し上げますからね」


 ドナテッラはアロンツォの背後に回り込み、首筋を揉んだ。


「やはり、ドナの手は気持ちがいいな。治癒師で聖女だからな、当然だな」


「喜んでいただけて、嬉しいですわ」


「私は幸せ者だよ。治癒師であり聖女でもある。そして、民からも慕われている君と、結婚できるのだからね」


「私もですわ、国の太陽の伴侶になれるのですもの。生涯お支えすると誓いますわ」


「ロゼッタの投獄を、タルティーニが良く思っていなくてな、反発している」


「なぜです?魔族なのだから、投獄するのは当たり前でしょう?」


「タルティーニは、ロゼッタが魔族だと信じていない」


「あれだけ確かな証拠があるというのに、騎士団長様は頭が悪いのかしら。彼は伯爵家の4男でしょう?アロンツォ様が命令すれば、逆らえないのではないですか」


「たとえそうでも、騎士団を敵に回すわけにはいかないさ。ドナ、ロゼッタが魔術を使って攻撃してこないのは、どうしてだと思う?」


「仲間の到着を待っているのではないでしょうか?さすがに、1対100では不利だと思って、大人しくしているのでしょう」


「確かにそうだ、いくら魔術を使えるとはいえ、100人の騎士を相手にするのは、分が悪いだろうな。魔物が思った以上に強かったから、勝手に魔族は、それ以上だと思ってしまっていた」


「ロゼッタは仲間の魔族を手引きし、王都を攻めようとしていたのだと思います」


「魔族はもう、王都に侵入してしまっているだろうか?」


「おそらく、まだ王都まで侵入できていないのではないでしょうか?だって、もしも近くに仲間がいるのなら、今頃ロゼッタを、救助しに来ているはずでしょう?」


「そうだな——仲間との接触は、これからなのだろう。急いで王都へ戻り処刑せねばな」


「王都に連れて行くのは危険です。道中逃亡の恐れがあります。ここで処刑してしまえば良いのでは?」


「一応裁判が必要だし、王都の処刑台でなければ、何人たりとも、処刑してはいけない決まりだ」


「では、あの侍女が言ったように、魔族の大陸に送り帰してしまうのはどうです?」


「ヘリオトープに?行ったら最後、帰ってこられないよ。可愛いドナ」アロンツォはドナテッラの手にキスをした。


「海に落とせばいいのです。後は自力でヘリオトープに帰るでしょう。魔術を使って」


「なるほど、いい案かもしれない。ドナは美しくて賢い女性だな。ますます惚れてしまいそうだよ」


「嬉しいわ、アロンツォ様。ここで魔族の上陸を、アロンツォ様が防げば、英雄ですわね」


「——そうだな、海岸の警備を強化しよう」


「実は、まだ試験段階なのですけれど、私の父が、人族でも使える魔術を考案したのです」


「それは本当か⁉︎」


「でも、大量生産には、少し資金が足りなくて——」


「それは王室が支援しよう。早速陛下に手紙を出し、報告せねば。ああ、ドナ、君は私の戦いの女神だ」


 アロンツォはドナテッラを膝の上に座らせ、唇に濃厚なキスをした。

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